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リノベーション(=保守主義の設計手法)はリベラルと健全に戦いながら,建築と都市の進路を決めていく─『新建築』2018年4月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!
(お知らせ:2018.6.5 下記URLより引用した図中の図版をひとつ削除修正しました.─ウェブ掲載時にデジタルコンテンツ事業室の判断のもと,引用したものですが,雑誌掲載時の状態に準じるよう修正しました.)
「法」と「制度」から建築を考える


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評者:饗庭伸
目次
●「保守主義」ってどういうことだろう?
●リノベーション=保守主義の設計手法
●スクラップされやすい「普通」の建築
●異なる制度と接続するためには
●リノベーション(=保守主義の設計手法)はリベラルと健全に戦いながら,建築と都市の進路を決めていく


「保守主義」ってどういうことだろう?

ここのところ,政局があまりにも混迷しているので,「保守主義」ってどういうことだろう,と勉強しています.雑誌『現代思想』の2月号が「保守とリベラル」という特集を組んだのですが,そこで政治哲学者の宇野重規は保守主義を

「歴史の変化に対して非常に自覚的であり,それを一度認めた上で,同時に守らなければいけない過去からの伝統も発見し,そうした伝統を踏まえながら漸進的に現状を改革することを志向するという立場」

と解説しています.

これはもちろん政治学で限定された定義なのですが,建築の設計を,建築の内部空間の政治と,建築を使う人たちの圏域における政治のそれぞれを,空間を使ってささやかながら再編成するもの,と捉えれば,本号のテーマであるリノベーションは,まさしく保守主義の設計手法と捉えることができます.


リノベーション=保守主義の設計手法

これまでの拙評の言葉を使うと,法と制度のうち,リノベーションの対象となる空間における制度を発見的に読み込み,何らかの歴史の変化を自覚して,漸進的に新しい空間と制度をつくっていくことがリノベーションということになるでしょうか.
リノベーションを手法として選んだ時点で,歴史の変化とは?伝統とは? 漸進的な改革とは? という問いが立てられるわけです.

近三ビルヂング(旧 森五商店東京支店)──竹中工務店(原設計:村野藤吾)

近三ビルヂング(旧 森五商店東京支店)は,保守主義の本流という印象です.リノベーションという言葉が使われる以前より,修繕や営繕といった行為として細かく積み重ねられた意思決定がまさしく「漸進的な現状の改革」であり,それは発注者一族の制度に支えられています.変化の激しい日本橋の街並みの中で,他の開発が見習うべき,尊重すべき伝統をつくり出しているのではないでしょうか.


スクラップされやすい「普通」の建築

同じオフィスビルのものづくり創造拠点 SENTAN御堂ビルイノベーションスペース整備計画武蔵小杉のオフィスビル増築を並べて考えてみます.近三ビルヂングや後述する歴史的な建築に比べて,これらの建築はスクラップされやすい「普通」の建築であり,そこで何が伝統として見出されたのでしょうか.

ものづくり創造拠点 SENTAN──豊田市都市整備部公共建築課+丹羽英二建築事務所

SENTANはそれまでの役所建築の痕跡を外観以外はほぼ消去して新しいオフィスをつくったもので,そこには伝統の発見も,漸進的な現状の改革もありません.その意味で,これはリノベーションとはいえ「保守主義」ではなく,対極の「リベラル」ということなのでしょう.

他のふたつには既存のオフィスの空間も残っており,リノベーションにあたってそれが持っていた制度(企業の内部制度と言ってもよいかもしれません)を漸進的にどう改革したのか,その検討がどうなされたのかが気になりました.

御堂ビルイノベーションスペース整備計画──竹中工務店

御堂ビルはいかにも植木等が踊っていそうな高度経済成長期の王道のようなビルであり,そこにはわが国の建設業を先導した確かな制度があったと考えられるわけですが,そこに差し込まれた新しい空間と共に加えられた「情報発信タッチパネル」や「BIMコンシェルジュ」といった道具立て(それはSENTAN的な道具立てなのですが)が伝統から乖離しているように思いました.
保守主義を突き詰めた先に,別の解があったのではないでしょうか.

武蔵小杉のオフィスビル増築──古澤大輔/リライト_D

武蔵小杉は既存のオフィスをほぼそのまま引き写した増築です.
既存のオフィスは決して豊かな設計には見えないので,そこに対する改革に注目しました.建物の隙間をコアに転換したこと,そこから玉突き的につくり出された南側の開口は面白いと思いましたが,コアがコアになりきれていないこと(たとえばPSが分散してファサードに出てしまっていること,ふたつのオフィスの繋ぎ目の通路の扱いが吹き抜けと絡まず中途半端なことなど)が気になり,コアと南側開口がどのような意図をもってオフィスを改革したのかが分かりませんでした.


異なる制度と接続するためには

歴史的な価値があると言われるくらい長く使われた建築は,それを支える制度が長い時間の中で痩せ細っていることが多いので,異なる制度と接続しないと維持することができず,特に地方都市では制度をかき集めないと建築を支えることができません.家や宗教の制度が使えないのならば接続先は公共か市場しかなく,港区立郷土歴史館等複合施設(ゆかしの杜)宇和米博物館 LOCAアクティベーションプロジェクトは郷土歴史館,子育て関連施設,インキュベーション施設といった公共の制度と接続すること,

港区立郷土歴史館等複合施設(ゆかしの杜)
──日本設計(基本設計・実施設計監修・監理) 
大成建設 香山壽夫建築研究所 ジェイアール東日本建築設計事務所(実施設計)

宇和米博物館 LOCAアクティベーションプロジェクト──齊藤正轂工房

海野宿滞在型交流施設 うんのわは宿泊・飲食施設といった商業の制度と接続することが答えでした.

海野宿滞在型交流施設 うんのわ──児野登/アーキディアック 土本俊和/信州大学

建築は本来は制度を支えるためにありますが,歴史的な建築を支えるために制度がかき集められる,という逆転したことが行われています.これは建築ならではの保守主義の一種であると考えられ,そこでこれから制度がどのように育っていくのか,それを受けて建築がどのように再解釈され,来るべきリノベーションが準備されるのかに興味があります.
その時に,宇和米で掲げられた「もともと小学校だったこの建築は,学校に戻りたがっている」というような言葉が重要だと思いました.
かき集められた新しい制度を使っている人たちが,建築の意志(そんなものはあるわけないので,あくまでも仮定されるものとして)に耳を傾けながら,制度を変形させて建築を埋め尽くし,隅々までを解釈した上で漸進的な提案をし,建築そのものを変形させていく,そんなことが次の時代に起きたら素晴らしいと考えました.


リノベーション(=保守主義の設計手法)はリベラルと健全に戦いながら,建築と都市の進路を決めていく

ただ一方で,かき集められた制度が,パブリックやシェアといった耳当たりのよい,ニュートラルな空間ばかりを志向すること,それらが近三ビルヂングのように永遠に生き残ることを仮定していなさそうなことが気になります.先行きが見えにくい時代なので,こういったニュートラルな空間を暫定的につくって様子を見る,という戦略なのかもしれないのですが,そこからは伝統というものが,将来の建築の設計者が発見するに足る制度が何ひとつ生み出されないかもしれません.
そうなると建築が関与する保守主義が育たない,ということに繋がります.
建築論壇:未来に向けた時間の継承で堀部安嗣が指摘するようにリノベーションは建築家の設計の幅を広げますし,大津百町スタジオは大工の技術継承の場としての役割をはっきりと意識したものでした.

リノベーションは保守主義を育てることが使命であり,そこで育った保守がリベラルと健全に戦いながら,建築と都市の進路を決めていく.そのことが,政局ほどではないけれども混乱した都市を整えていくことに繋がっていくのだと思います.




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