note月評用3

『新建築』2017年12月号を評する─『新建築』2017年12月号月評

2018年の月評を担当することになったが,のっけから難しい作品に当たってしまった.


ガンツウ

ガンツウはまことに論評しにくい作品である.

船員室などの下層の上に載っているのは,紛れもなく建築のつくり方による構造物であるが,建築として評価するのは適切ではないであろう.船舶の標準的な設計の際の要求条件を知らないので,嵐の時の風荷重はどうなるのだろうなどと考えてしまう.穏やかな天候であれば,最上階は確かに気持ちよさそうである.ただ,作者が力を入れたであろうその部分と,1・2階の客室の構成とのバランスは,建築として見ても違和感を覚えざるを得ない.


小田原文化財団 江之浦測候所

小田原文化財団 江之浦測候所は,杉本博司氏がテキストに書いているように,建築的なスケールのアートである.

この作品も,一般的な建築として評価するには難しすぎる.理屈付けられたさまざまな仕掛けが織りなす場は,是非ともそこに身を置いてみたいと思わせる装置である.その時点で,作品としては成功していると言ってよいであろう.ただ,再訪したいかどうかを以って,建築として評価したい.待庵の空間を体験できるのだとしたら,それだけでも行く価値はあるかもしれない.しかし,なぜ待庵の写しが併設されているのかは,誌面からは理解できなかった.


Tree-ness House

Tree-ness Houseは,実物を体験したいと思わせる,構成として魅力的な建築である.

ユニット化された「ひだ」と作者が呼ぶパーツの構法が,意欲的で面白い.鉄板とコンクリートやモルタルの付着には,どの程度期待しているのであろうか.鉄筋と異なり,鉄板は両方向に効く引張り材であるから,さまざまな可能性を秘めた手法である.一方で,熱環境の点では心配なことも少なくない.鉄筋コンクリートによって多様なバルコニーが可能になって百年余り.それが熱伝達の観点から日本でも曲がり角にきている.この建築が,そのことにより将来どのような評価を受けることになるのか,大きな関心事である.


ミキモト銀座本店

ミキモト銀座本店のキラキラする外壁は,外装デザインを担当した内藤廣氏の狙いであろう「海の輝き」を見事に表現しているようである.

ガラスの使い方として例がないわけではないであろうが,マリオン材に交互に取り付ける手法などは興味深い.H形鋼によって階の中央で支持することにより,マリオンを極限に細くして透過性を高めるなど,単にファサードデザインではないところに建築チームの力量を感じる.一方,ガラスの清掃をどのように考えているのかが誌面からでは分からない.ガラスを内側にわずかに傾けているのが,水の滞留を嫌っているのか,キラキラの効果を高めるためなのかなど,解説がほしかった.


プラネットジャパン関東支社

プラネットジャパン関東支社は,住宅に近いスケールでまとめられた作品である.

作者の言う「日常的な生活を感じながら働く場をつくる」という意図が果たされているのではないだろうか.鉄筋コンクリートと太目の木材やLVLが溶け合っているのは,設計者の力量であろう.空間構成としても鉄筋コンクリートの扁平梁が効いているが,床版が抜けている部分の多い架構の中で,水平剛性からも有効なのであろうか.鉄筋コンクリートの最も有効な使い方は床版であると評者は考えているが,その展開であると考えたい.一方で,東側の鉄筋コンクリートの壁体が外部に面しているのが残念である.誌面としては,LVLの列柱が垂木まで伸びているという解説が,写真では上手く表現されていない.また,木材を多用した内部空間の写真は,実際の色調とは微妙に違っていることが多い.体感してみたい建築である.


漱石山房記念館

漱石山房記念館は,誌面の写真からの印象では,端正なディテールで納められた建築の中に,それとは異なる雰囲気の記念館が納められている.その対比からくる効果を狙ったのかと思わせるが,中川武先生の文から,この建築の背景を読み解くことができ,誌面として理解を深めるのに成功していると感じた.


矢吹町第一区自治会

矢吹町第一区自治会館は機能の単純な空間の組み合わせの建築であるが,意欲的な構造架構によって,その単位を明快にすることに成功しているのではないだろうか.この矢吹町プロジェクトの小特集は,木造のさまざまな可能性が示されていて,とても興味深い.一連の復興活動が紹介されているが,そのプロセスの説明がより丁寧になされていると,記事として親切なのではないだろうか.『新建築』らしいレイアウトなのであろうが,見開きの大きな写真と小さな写真や図面の組み合わせが,この一連の記事では「ものがたり」を薄めているように感じられた.


特集:地域医療福祉の拠点が担うもの

後半は地域医療福祉の拠点が担うものという特集である.ただ,地域医療福祉拠点という用語はUR都市機構が盛んに用いている言葉で,具体的な狙いも持ったものであり,この特集で紹介されている事例は必ずしも当てはまらないのではないだろうか.特集を見ると,医療施設がここまで多様化しているのかということが,明確に伝わってくるので,記事の順番など,もう少し工夫ができたのではないかと思わせる

大規模な専門病院や地域の中核医療施設は,医療の高度化と共にますます複雑化しており,組織設計事務所や総合建設業設計部の専門家の舞台のようである.

ところで,医療機器の発達や医療の考え方の変化に伴い,病院建築は,その機能的耐用年数がもっとも短い種類の建築になっているようである.そのような観点からすると,このように完璧につくりこまれた施設のライフサイクルをどのように考えればよいのか,心配にならざるを得ない.

今回紹介されている病院も,敷地を変えての建て替えや統合による新しい建設である.敷地に選択の幅のある公立の病院はともかく,一般的な病院は,要求機能の変化への対応をどの程度考えておくべきなのであろうか.今回紹介された病院は,将来再び移転するのであろうか.疑問,懸念を感じさせる紹介である.

一方,マギーズ東京は,さまざまなことを教えられる記事であった.

このような活動を「建築作品」として紹介することができることに,建築に携わるものとして,素晴らしい仕事であることを再確認することができた.ただ,この建築が2020年までの仮の建築だと聞くと,その機能と共に考えさせることが大きすぎる建築でもある.建築の行く末を考えなくてはいけないのは,一般の病院なのではないだろうか.



「月評」は前号の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者が批評するという『新建築』の名物企画です.「月評出張版」では本誌と少し記事の表現を変えたり,読者の意見も受け取ることでより多くの人に月評が届くことができれば良いなと考えております!


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