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時代を横断する視点で美術の新しい魅力を発信─細見良行(細見美術館 館長)

京都大学平田晃久研究室と京都の建築学生,新建築社で,建築学生のための拠点づくり「北大路プロジェクト」をスタートさせました.本プロジェクトは既存住宅を建築学生のシェアハウスへと改修する計画で,改修設計とそこでの住まい方,さらにはそこを拠点としてどのように使っていくかという運営までを含め,学生自身で考えながら進めています.その思考を広げるため,学生によるさまざまな専門家へのインタビューを行い,連載として紹介します.
細見美術館館長の細見良行さんにお話を伺い,自身のコレクションを魅力的に発信するその手法から,人を惹きつける企画とは何か探っていきます.
インタビューの聞き手は,大須賀嵩幸さん,志藤拓巳さん,吉永和真さん(京都大学 平田研究室M1 ※所属は雑誌掲載時のもの).(編)


目次
●京都の街自体がホワイエになる
●時を超えて連綿と繋がる文化としての琳派
●多角的な視点がたくさんの企画を生む

京都の街自体がホワイエになる

──1998年に京都に「細見美術館」を開館されましたが,敷地を岡崎とされたのはどうしてですか?

細見 当時は美術館の建設ブームで,さまざまな候補地をたくさん見て回っているうちに,東京の上野公園と京都の岡崎が日本における2大文化ゾーンだと気付きました.上野では,「東京国立博物館」や「国立西洋美術館」,「東京藝術大学美術館」などがあり,一方で岡崎には「京都市美術館」や「京都国立近代美術館」があり,さらにはどちらにも動物園と野球場があります.

美術が好きな人がどれだけその土地を訪れてくれるかが大切なので,美術館というのは,単体より集合体の方が運営しやすいのです.そこで,文化施設の集まる岡崎を敷地として選びました.

「細見美術館」外観. 撮影:新建築社写真部

また,美術館を訪れる際には「今日は文化ゾーンに行く」という気持ちをつくることが大切です.そのために通常は,美術館にホワイエや庭をつくるのですが,京都では,阪急電車や京阪電車といった電車がアプローチとなり,京都の街自体がホワイエとなり,移動しているうちに自然と文化に触れに来る気持ちができ上がるのです.これは,他の街にはない京都のよいところであり,特に岡崎はより強くそういう気持ちにさせてくれる場所なのです.

動線の集まる中庭.右手にカフェのテラスが見える. 撮影:新建築社写真部

大須賀 これはきっと美術館だけに限ったことでなく,建築をそれ単体で考えず,周辺の施設と一緒になって,さらには街全体で考えることで,人を惹きつける施設の可能性が広がるのですね.僕たちの進めている「北大路プロジェクト」でも,京都の建築学生の拠点としたいと考えているのですが,そのためにはもっと京都の街にまで広げて空間を考える必要がありそうです.


──細見さんは,東京と京都を行き来するお仕事をされていますが,東京と京都の違いについてどのように感じられていますか?

細見 京都は歴史をバックボーンとしたすごい力を持っている場所だと思いますが,やはり東京はパワーとスピード感があり,革新的なことがたくさんあり,進んでいるように感じますね.

また,京都に建築を学べる大学がたくさんあることをみなさんにお聞きして非常に驚きましたが,美術系の大学の数も東京に次いで多いのです.しかし,そんな街にも関わらず,京都には現代美術館がないのです.その点だけをとっても,京都は他の街に比べてとても遅れていると思います.

これだけ美大があり,名和晃平さんのようなコンテンポラリーな美術は既にたくさん出てきているのに,生きている人の作品を展示する場所がないのです.これは,単純に現代美術館を新しくつくればよいということだけではなく,これだけたくさんの観光客が訪れる京都なのですから,今も過去も含めた京都の美術を一緒に鑑賞できる場所やそういった展覧会を企画しなければいけないと思います.


時を超えて連綿と繋がる文化としての琳派

──「細見美術館」の代表的なコレクションとして,京都で培われ現代に至るまでさまざまなジャンルで引き継がれている「琳派」が挙げられますが,琳派の作品についてどのような点でコレクションされたのですか?

細見 琳派とは,400年前に本阿弥光悦(1558〜1637年)と俵屋宗達(生没年不詳)が創始し,そこから長い時間を経て私淑により連綿と繋がった様式や美術家・工芸家のことを言います.といっても,実は琳派という言葉は後からわれわれ現代人が付けた名前ですから,本人たちには琳派という流派に属している意識はありません.

私淑とは,直接的に教えを受けるのではなく,個人的にその人物を慕い,模範にして学ぶことで,光悦や宗達といった先人たちの作品を一度自分の中に取り込み,自分なりに表現することでずっと続いてきた文化なのです.

それは完全な模写を行ってそのまま表現するのではなく,作品を咀嚼して,違うものが出てこないといけないのです.鈴木其一(1796~1858年)なんかはかなり革新的で,その最たる例でしょう.そういう意味では,琳派は日本の文化の中で最も熟成され傑出したものであり,かつての平安時代の日本人の美意識が何度も見直された結晶であると言えます.純粋培養の日本人の美術なのです.

この「細見美術館」の設計も,同じように京都の街の構成や京都らしさに習い,それをフェイクの瓦や障子などを使って京都風に表現するのではなく,設計者の中で一度咀嚼して,縦に広がる中庭やそこに人びとの活動が集まる構成などで表現していただきました.

また,書院の襖や屏風にも絵を描いているのは,日本人ならではの美術文化と言えるでしょう.相国寺の承天閣美術館へ移設された,伊藤若冲(1716〜1800年)が描いた金閣寺の障壁画では,書院すべての部屋に絵が描かれ,襖の裏表や部屋同士で絵が繋がっていきます.中国にも少しそういった文化はありますが,部屋全部というわけではありませんし,もちろん西洋では額縁やガラス,天井など囲われた一部分にしか絵を描きませんよね.イタリア・ポンペイの遺跡で,壁画がずらりと描かれているのを見たことがありますが,僕がこれまで見た中で,一面の絵の中で暮らしていたのは,古代ローマの人たちと日本人だけだと思います.

大須賀 「北大路プロジェクト」では,屏風のようにひだをつくりながら立体的に本を展示する空間を計画しています.金閣寺の書院の襖絵のように,本にぐるりと囲まれた空間は,実は日本人ならではの伝統的な感覚と言えるかもしれません.


多角的な視点がたくさんの企画を生む

──ご自身のコレクションを,どのように公開し発信されているのですか?

細見 うちは私設美術館ですから,国公立美術館との差異化を図る必要がありました.

僕たちの利点は,毎年同じテーマで展覧会ができるということでした.国公立の美術館ではそれができないのです.ですから,まずはうちのコレクションにあった琳派を軸として,毎年1回琳派関連の展覧会をしようと決めたのです.今回の「鈴木其一 江戸琳派の旗手」で19回目です.名品展ばかりではおもしろくないので,常設展ではなく企画展のみとすることで,テーマ性を持ち,かつうちのコレクションが主となる展覧会ができたと思っています.

京都の人にとって琳派はとても身近で,和紙や蒔絵,工芸品,着物など現代においてもあらゆる分野で琳派の表現が取り入れられているので,わざわざ展覧会をする必要もないくらいだったのですが,企画性を持たせたところがよかったのだと思います.


──琳派だけでなく,現代美術などの展覧会も企画されていますね.

細見 美術に,戦後や明治以降,江戸時代,室町といった時代区分を設けたのはわれわれ現代人です.しかし,本来は美術に境目はないというのが僕の持論です.個人的には,現代美術も大好きですし,平安美術も大好きです.

美術館の開館当初は,「あの美術館へ行けば日本美術の名品を見ることができる」というイメージをつくるために必死でしたが,ようやくそのイメージが定着し,ここ2〜3年になってようやく,時代区分にとらわれない日本人の日本美術の展覧会が企画できるようになりました.現代も古近代も,元を辿れば僕たちと同じDNAを持つ人たちがつくってきた文化なので,時代ごとで切る必要もなく,連続しているものなので,取り上げ方にもルールはないと思っています.

志藤 美術を時代区分で考える必要はないのですね.僕たちは京都で建築を学ぶ中で,それぞれの大学内だけで閉じた活動が多いと感じていて,「北大路プロジェクト」では,大学の枠を超えて,京都のいろいろな建築学生が集い交流できる場をつくりたいと考えています.そこではきっと,それぞれの大学内だけの視点では生まれなかったアイデアやイベントが出てくるような予感がしています.

本日はありがとうございました.

(2017年1月27日,細見美術館にて 文責:『新建築』編集部)




細見美術館詳細は下記URLへ





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