note月評用5f

修繕行為の創意工夫─特集:アクティベートの手法─『新建築』2018年4月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!


新建築2018年4月号(Amazonはこちら
新建築2018年5月号(Amazonはこちら


評者:深尾精一
目次
●アクティベートの手法
●「リビング・ヘリテージ」─意欲的なリノベーション・コンバージョン─港区立郷土歴史館等複合施設(ゆかしの杜)
●「リビング・ヘリテージ」─人と組織の繋がりが生み出した「幸せな建築」─近三ビルヂング(旧 森五商店東京支店)
●煉瓦壁と白いヴォールト天井の対比─北菓楼札幌本館
●建築に関わる法規制のあり方─太陽の塔内部再生プロジェクト


アクティベートの手法

4月号はリノベーション特集である.といっても,近年多く見られるようになった,典型的なリノベーションというよりは,修繕行為の創意工夫の紹介といった趣である.特集のタイトルがアクティベートの手法と名付けられたのには,おおいに共感する.15年前に,われわれの既存ストックの活用に関する研究グループは,それに「賦活」という用語を用いていた.リノベーションのタイポロジーが必要な時代なのであろう.


「リビング・ヘリテージ」─意欲的なリノベーション・コンバージョン─港区立郷土歴史館等複合施設(ゆかしの杜)

港区立郷土歴史館等複合施設(ゆかしの杜)は,内田祥三のゴシックが歴史的建造物のコンバージョンの対象となったという点で,感慨深い.私事であるが,類似の建築である東京大学工学部一号館で建築の勉強を始めたのが1969年である.
1935年に竣工したその建築は,その時点で34年しか経っていなかったにもかかわらず,古い(様式的な)建築という印象であった.それから50年が経とうとしているが,同じ印象である.時間の流れには濃淡があることを感じざるを得ない.建築に携わる者は,その濃淡を意識することが必要であろう.

工学部一号館の3年後に竣工した国立公衆衛生院は,内田ゴシックとして,より完成度が高まった建築であろうが,近年の「リビング・ヘリテージ」の考え方に沿って,意欲的なリノベーション・コンバージョンがなされている.戦前の建築であるが,2階以上の階高が3,700mmと意外に低く,梁せいは高いので,設備計画を含め,そのリノベーションには困難があったに違いない.
ヘリテージの活用計画としては,見事であるが,そのとっつきにくい外観の建築が「区民の憩いの場」として親しまれる建築になるのには,今しばらくの時間の流れが必要なのかもしれない.この記事で印象的だったのは,その設計チームの構成である.想像は膨らむが,編成の経緯を知りたくなった.興味本位からではなく,どのような組織であたるかが,このような仕事を成功に導く鍵と思うからである.


「リビング・ヘリテージ」─人と組織の繋がりが生み出した「幸せな建築」─近三ビルヂング(旧 森五商店東京支店)

近三ビルヂング(旧 森五商店東京支店)は,二代のオーナーへのインタビュー記事が興味深い.

ヘリテージとなる建築を維持していくためには,人と組織の繋がりがポイントであることを再認識させてくれる内容である.1965年改修時の村野藤吾の提案も,当時としては画期的なものであったに違いない.BELCA賞も受賞しているが,まさに「幸せな建築」である.ただ,BELCA賞をロングライフ部門で受賞しているように,リノベーションの事例というよりは,適切な修繕工事の積み重ねなのであろう.


煉瓦壁と白いヴォールト天井の対比─北菓楼札幌本館

北菓楼札幌本館は今年度のBELCA賞ベストリフォーム部門の受賞建築である.しかし,これもリノベーションの典型かと言われると,ちょっと違うかなと思わざるを得ない.

というのも,ほとんど外壁のみの保存だからである.
歴史的建築物の保存を第一とする立場からは否定される手法であろう.ただ,誌面では詳しくは書かれていないが,土地・建物の売却にあたって,北海道庁によって行われた,外壁の一部保存を要件とした公募型プロポーザルの結果であると聞いている.その条件の下では,きわめて優れた改築であると言えよう.
記事でも取り上げられているが,竹中工務店が得意な,煉瓦壁への鉄筋挿入補強が採用され,ほとんど解体しての補強であり,他の事例ほど難しいことではなかったはずである.この建築は煉瓦造であったが,外壁は石とタイルで覆われ,内壁にも煉瓦は現れていなかった.倉庫建築などと異なり,その時代の煉瓦造としては当たり前のことである.その内壁を,剥き出しにすることにより,歴史的建造物であることを意識させるということに,時間の流れを感じざるを得ない.その煉瓦壁と新たに設計された白いヴォールト天井の対比が見事である.


建築に関わる法規制のあり方─太陽の塔内部再生プロジェクト

太陽の塔内部再生プロジェクトも筆者が建築学科の学生であった時の建築であるが,こうなっていたのか,と改めて認識したという意味で,すこぶる興味深かった.30cmの厚さのコンクリート壁が今回20cm増し打ちされたとは.下部から鉄骨の張りぼてだと思っていたのは,認識不足であった.

建築基準法上の不適合箇所の捉え方が,地上2階建てと考えることにより,さまざまなことが免除されるという記事は,建築に関わる法規制のあり方を考えさせるものである.これに限らず,リノベーションの際の法規制の課題は,現行の建築基準法は新築時にコントロールすることを前提として規定されており,本来,ストックの時点でもあるべき姿を示しているはずのものが,そのように機能していないという問題である.もちろん,工学的進歩により規制内容が変化することは否定できないが,そろそろ,既存ストック主体の法規制に変わるべきであろう.



東京タワー平成の大改修も,機能に大きな変化がないという点で,リノベーションというよりは,平成の大修繕であろう.


神奈川県庁新庁舎免震改修+増築 神奈川県庁本庁舎・第二分庁舎改修は,1966年竣工の新庁舎の改修がメインの記事であるが,大規模災害時の事業継続性の強化の流れの中で,さまざまな手法が取り入れられており,免震化もそのひとつである.クリスタルガラスの光天井は見事であり,その耐震化は喫緊の課題であったろう.


アジール・フロッタン再生プロジェクトは,その用途・構造ともに特殊な建造物をル・コルビュジエの下で前川國男も改修設計を担当したという稀有なヘリテージであり,その公開が待たれていた.筆者は,昨年の6月に現地を訪れ,隣のボートホテルで一泊して,アジール・フロッタンを眺めながら朝食を取ったばかりである.内部を見てみたかったのであるが,今年2月のセーヌ川増水のニュースと映像に驚愕したものである.今回の新建築に掲載された内部写真は,あまりにタイムリーすぎるものであった.今後の復活を祈りたい.


木造のリノベーション事例も4作品ほど紹介されているが,まったく異なる面白さの,別の世界である.構法がきわめて多様なわが国において、リノベーションという概念を捉えることが難しい一因であろう.

御堂ビルイノベーションスペース整備計画は,近三ビルヂングと並べて紹介するのがよかったのではないだろうか.

なお巻頭に,くまのもの−隈研吾とささやく物質,かたる物質に対する原広司先生の素晴らしい紹介文が掲載されている.さすがの,原節である.
この月評が掲載される号が書店に並ぶ時は,展覧会が閉じる直前であるが,一読されて訪れることをお勧めしたい.



新建築2018年4月号(Amazonはこちら
新建築2018年5月号(Amazonはこちら

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?