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曲線たちを引く道具─『新建築』2018年6月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!


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評者:中山英之(建築家)


コンパスと鉄道定規.どちらも私たちのデスク回りから姿を消しつつある製図道具です.CADにも円弧を定義する手順は複数あって面白いですが,原理をそのまま体現した道具のかたちには,引かれた線にその原理性を息付かせるようなところがある気がします.


たとえばコンパスの円弧と鉄道定規の円弧.前者が空間上の任意の点から等距離にある点の集合であるのに対して,後者は空間上を進む点に,そのベクトルに直交する力が常に作用し続けた軌跡.だから結果的に引かれるのが同じ円弧でも,その線にみなぎる質がまったく異なるように思うのです.6月号の手塚貴晴+由比さんによるふたつの保育園は,その例証として読むことができるかもしれません.

むく保育園|手塚貴晴+手塚由比/手塚建築研究所  大野博史/オーノJAPAN

むく保育園は,囲われた領域の内側にコンパスの針が常にあるプランニングです.配置図は林のそれのようですが,周辺の木々とは違って,建築の中心に実体としての幹は存在しません.けれども園児たちの動きには,この見えない焦点を引力にスイングバイを繰り返しながら,複数の惑星間をスリングショットする宇宙旅行のような力学が思い浮かぶ.運動を止めれば,惑星の重力圏に柔らかく捕獲される.かたちの持つ焦点性が場にもたらすそうした静動を,全感覚的にプランニングへと落とし込むことのできる,建築家の分厚いフィジカル体験の蓄積を感じずにはいられません.直径を変えながらくるりくるりと重力場を描いて回る,コンパスの動きが目に浮かぶようです.

Fuji赤とんぼ保育園
手塚貴晴+手塚由比/手塚建築研究所  大野博史/オーノJAPAN

Fuji赤とんぼ保育園は,その簡潔さが際立っています.建築家が目線を園児に揃えようと努め,そこから何をか汲み取ろうとしたジェスチャーは,目立って前景化することはありません.しかし,と言うかだからこそ,この保育園がそうである以前にまず建築であろうとしている,そのことに惹かれます.

そう書きつつも,正直に言うと,テキストが終始「飛行機乗りのファンタジーの世界である」調の弊衣破帽を気取ったふうなところには,鼻白むところがなくはありません.モチーフが軍用練習機なだけに,「進取の精神」といった言葉の選択も僕にはなじみません.けれども,大野博史さんによる明晰な解説文と,素晴らしく洗練された構造図がそこに続くのだから,両翼揃ってふわっと離陸する.これはずるい.


そういえば建築家はロンドン・ヒースロー空港の主担当者でもあります.そればかりではなく,戦中に開発され,後に国を代表するマス・プロダクトとなった大衆車やアーミーナイフを,同じ建築家が思想の拠所に挙げている文章をどこかで読んだことを思い出せば,立川飛行機を出自に持つ企業による保育園の構想に複葉機の翼を想う,その思考に一切の異論はありません.飛行場へ行ったら,今や片持ち80mの翼を纏った旅客機が飛ぶ時代.翼の構造史に照らしてしまえば,この建築を「三丁目の夕日」的ノスタルジーとあげつらうこともできるかもしれません.それでもなお,この保育園を6月号きっての建築にしていると思わせるのは何なのでしょうか.

Fuji赤とんぼ保育園の複数の円弧による屋根(翼)のアウトラインのうち最大半径のものは,ひろびろとした外構の,さらに遠く外側にコンパスの針を刺さなければ引けないほど大きな円の,ほんの一部分です.かつてならここで鉄道定規の出番.鉄道軌道の設計製図にちなんでこの名前で呼ばれる,木箱に納められた大半径円弧の高価な定規セットは,コンパスにも増して,いまや取り出す機会のほぼ消滅した道具です.けれども,緩いカーブに精度よく加工されたこの道具にみなぎる,疾走する鉄道とそこに働く遠心力の拮抗をそのまま体現したような緊張は消えません.


長さ50mに対して矢高1mにも届かないであろうカーブを,保育園の屋根に選ばなければならない論理的な説明など,あるはずもない.けれどもその曲線が,6月号に散見される園児目線を意識したアルコーブやアーチ開口の曲線に比して,もっとずっと建築的な言葉を得ているように感じられるのは,この建築家がその頭の中で,コンパスや鉄道定規といった道具に宿る力学を,自在に使い分けられているからではないか.うんと遠くから作用する力にかすかに引っ張られながらも,オンザレールで突っ走るような力学を,園庭を駆け抜ける園児たちもきっと,感知しているのではないか(空想でこんなことを書くことは批評でもなんでもありませんが,建築家の説明も説明なのだから許されますよね).複葉の下翼にあたるデッキは,その張り方向がカーブに直行するよう,コーナーで切り返されている.天地いっぱいの引き戸は,クリープ変形が最小化する構面に集められている.素材の張り方向や可動部にまで,乗り物やプロダクトのそれに通底する合理が貫かれています.

すばる保育園|藤村龍至/RFA+林田俊二/CFA

同じように大きな曲線が使われたすばる保育園はどうか.手品のような構造でコーナーを横切る水平連続窓が見事なパノラマを切り取り,そのために付けられたシェルのむくりが遠景の山並みに呼応する.平面形を鋳型に形づくられたふたつの園庭は,それぞれ異なる隣接環境に導かれて,性格の違いを際立たせる.先述の2作品とは打って変わって,明晰な解説文にはその手順が詳らかに,私たちの前に開かれてあります.プランニングの補助線に,円弧と楕円,その同心円及び法線,さらに直交座標を混在させたこと由来する,室名のふられていない謎の変形個室群を除いては,説明のつかない不要な手数がどこにも見当たりません.

けれどもどうしてか,この曲線たちを引いた道具が浮かばない.ひとつらなりの空間と,そこでの活動の偏在について考える時,その線を引かせた道具に内在する原理が,プランニングの先にある運動系を呼び覚ます.その力学が誌面から,もうひとつ響いてこないのです.だからといって,「フィジカル体験の蓄積が足りない」みたいなことが言いたいわけではなくて,この建築家ならではの力学とその発動のさせ方を見てみたいと思うのです.


城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブ
原広司+アトリエ・ファイ建築研究所

最後に,巻頭の原広司さんによる城西小学校屋内運動場・幼稚園・児童クラブについて触れなければなりません.言いにくいことですが,これがオリジナルの小学校と同じ設計者の仕事であるとは,どうしても信じられません.それでもたいへんに難解な巻頭論文に食い下がり,時間をかけて読み解こうと苦心した末に分かるのは,この仕事が師匠である池辺陽さんと,プロデューサーであった知念盛信さんの「教え」を未来に投資する,その回収期間が育むであろう環境についての計画が.強く意図された実践であるということです.だとするならば建築家は,前述のふたりに自らの名を上乗せして,新たなベンチャーへの投資に賭けるべきだったのではないか.こちらの強すぎる憧れが言わせている,そのことは強調しておきたいけれど.



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