ワークプレイスはどう変わっていくのか?(提供者側から)─『新建築』2018年7月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)


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評者:楠本正幸
目次
●企業が自社の労働生産性と従業員満足度を高めるためにオフィスを一新し,対外的にも企業イメージの向上を図る事例
─三菱地所新オフィスMEC PARK
─エイベックスビル
─ワコール京都本社
●デベロッパーがテナントビルの一角に共用部として新たなワークプレイスを設け,ビルの競争力や付加価値を向上させる事例
─新宿パークタワーラウンジ
●事業者がそれ自体をビジネスとして,主にベンチャーやスタートアップ企業を対象にサービスメニューも備えたワークプレイスを提供する事例
─G-BASE田町
─LIFORK
●msb Tamachi 田町ステーションタワーSについて


7月号のメインテーマはワークプレイスである.
欧米では既に10年ほど前から,WeWorkに代表されるような新しいワークプレイスの提案が数多くなされているが,日本でも先日「働き方改革法案」が国会を通過したところでもあり,企業や社会全体にとって今後の成長戦略を語る上でのきわめて重要なテーマとなってきている.

本号においてもさまざまな取り組みが紹介されているが,提供者側の目的という観点で眺めると,
1:企業が自社の労働生産性と従業員満足度を高めるためにオフィスを一新し,対外的にも企業イメージの向上を図る事例,
2:デベロッパーがテナントビルの一角に共用部として新たなワークプレイスを設け,ビルの競争力や付加価値を向上させる事例,
3:事業者がそれ自体をビジネスとして,主にベンチャーやスタートアップ企業を対象にサービスメニューも備えたワークプレイスを提供する事例,

等々のパターンに整理できる.


●企業が自社の労働生産性と従業員満足度を高めるためにオフィスを一新し,対外的にも企業イメージの向上を図る事例

─三菱地所新オフィスMEC PARK

MEC PARK|
メック・デザイン・インターナショナル 三菱地所設計

三菱地所新オフィスMEC PARKは上記パターン1の事例であり,デベロッパーとしてのショーケースという役割も担っている.どちらかというと保守的なイメージが優っていた業界盟主による新たな自社オフィスということで,そのメッセージ性は非常に高く一般メディアにも大きく取り上げられた.全体を「公園」に見立てて4フロアにわたりさまざまな「場」がちりばめられているが,特にインフォーマルコミュニケーションの重要性に着目し,カフェテリアをレイアウトの要に配している点や,中央の内部階段に単なる縦動線機能以上の効果を狙っているところが特徴的である.この取り組みによって企業風土や社員の価値観がどのように変化し,デベロッパーとしてのアウトプットにどう現れてくるか,注目していきたい.

─エイベックスビル

エイベックスビル|設計施工 大林組

エイベックスビルは老朽化した既存本社ビルの建て替えプロジェクトであり,日本を代表するエンターテインメント企業にふさわしい,非常にユニークでイノベイティブなワークプレイスが実現されている.
「人に自慢したくなるオフィス」というキーワードを掲げ,フロアごとにデザインテーマを変えた執務スペースや人気レストランと比べても遜色のない社員食堂など,ワーカーが個性と創造性を最大限に発揮でき,さらにはここで働くことに誇りを持てるような空間デザインとなっている.
一方,建築については,常に進化し続ける企業活動を支えるプラットフォームとして,比較的寡黙で寿命の長いデザインで徹底されている.
広場やエントランスホールに関して言えば,もう少し企業の「らしさ」が見えてきてもよいのではという印象を持ったが,それも今後の使われ方や空間演出の中で豊かに色付けがされていくのであろう.

ワコール京都本社

ワコール新京都ビル|
総合監理・設計監修 ユウ・コーポレーション

ワコール京都本社は京都を創業の地とする老舗企業の新しい自社オフィスである.世界への企業イメージの発信と,地域への社会貢献というコンセプトを,デザイン的にもコンテンツとしても非常に高いクオリティで実現している.1〜2階のスタディホールは,女性を対象とした,見た目だけではない「美しさ」を学ぶためのスペースであり,スクール,ライブラリー,コワーキングスペース,ギャラリー等で構成されているが,講師の中に特別な知識や技能を持っている自社社員を選ぶなど,単にCSRの意味合いだけではなく社員のモチベーション向上も含んだブランド戦略が明確である.
さらに,徹底的に白を基調とした外観やインテリアのデザインは,上品でかつ先進的な企業イメージを効果的に表現している.



●デベロッパーがテナントビルの一角に共用部として新たなワークプレイスを設け,ビルの競争力や付加価値を向上させる事例

─新宿パークタワーラウンジ

新宿パークタワーラウンジ|
リビングデザインセンターOZONE+中川エリカ建築設計事務所

新宿パークタワーラウンジは,築24年の大規模オフィスビルにおいて新たに整備された共用スペースで,パターン2の典型である.設計者の「幾重にもムラを重ねてまだらなひとつの系をつくる」という意図は,同フロアの多少時代を感じる共用部を抜けてこの空間に至った瞬間に,心地よい到達感と共に明確に体感できる.均質性を崩したライティングと高さや大きさの違う天板の組み合わせのデザインによって,全体としての上質なまとまり感を保ちながら多様で選択性の高い空間が生み出されている.



●事業者がそれ自体をビジネスとして,主にベンチャーやスタートアップ企業を対象にサービスメニューも備えたワークプレイスを提供する事例

G-BASE田町

G-BASE田町|
設計施工 清水建設

G-BASE田町は,不整形な敷地を巧みに活かして計画されたパターン3に近い賃貸ビルである.従来のオフィスビルの概念から脱却したコンセプトを掲げ,建築デザインのみならず不動産商品としても高い完成度で具現化されている.昨今のワークプレイスへの意識の高まりにもかかわらず,特に賃貸オフィスビルに対するデベロッパーの認識はまだまだ保守的である.基準階は標準仕上げのできるだけ均質なユニバーサルスペースが基本であり,共用部も含めてリーシングしやすい,すなわちどんなテナントのニーズにも合わせやすい没個性的な計画になりがちな中で,本件における事業者の試みは高く評価できる.
一般的なテナントにとって場合によっては負担になるかもしれないスケルトン天井を標準仕様とし,また通常はマイナス要素である中央の柱も空間の焦点として積極的な活用を提案している.さらに無機的になりがちなアプローチやエントランスも,周辺の都市環境にも配慮しながらヒューマンスケールで密度の高いデザインでまとめている.
コミュニティの場としての屋上テラスや自転車利用者を想定した共用設備も最近のトレンドではあるが,商品企画の一貫性ゆえその実効性はより高いことが想像される.

─LIFORK

LIFORK|
企画・監修 NTT都市開発
設計 シナト(sinato) コクヨ 
トランジットジェネラルオフィス(デザインディレクション)

LIFORKはパターン3の事例であるが,同時に2の意味合いも併せ持っている.筆者は本件の当事者でもあるので批評する立場にはないが,今後の展開の中でどのようなオリジナリティとブランド価値を創出できるかが課題である.


msb Tamachi 田町ステーションタワーSについて

msb Tamachi 田町ステーションタワーS|
三菱地所設計・日建設計

最後に,大規模駅前再開発プロジェクトであるmsb Tamachi 田町ステーションタワーSに触れておきたい.現時点ではホテルをはじめ多くの店舗が開業前であり,またII期工事が2020年竣工を目指し進行中なので,想像を交えての論評となるが,今まで東京都心の山手線駅前でありながらやや郊外風だった都市景観が一変することは間違いない.

計画の中心軸である歩行者デッキは,周辺の保育園や公園等を結びながら北側の「みなとパーク芝浦」まで至り,立体的な都市回遊動線を構築する.さらにはエリア全体のエネルギーを効率的かつ安定的に供給する「スマートエネルギーネットワーク」の導入は,次世代の都市開発事例として興味深い.

ひとつ気になったのは,新たにつくられた都市的スケールの大空間と,本来長い時間の中で醸成されていくべきヒューマンスケールの界隈性との乖離である.
たとえば,隣接する「なぎさテラス」との関係を見ると,別個の再開発事業にもかかわらず一体的に計画された点は評価できるが,デッキ下に2フロア挿入されていることもあり,そのスケール感のギャップや動線の不自然さは,来街者にとってのストレスになるかもしれない.また,デッキや広場を覆うガラス屋根についても,そのディテールも含め若干大味な印象は否めないが,今後歳月の中で育まれる賑わいや活気,そして成長した樹木の豊かな情景がそういった乖離を埋めつつ,この街の主役になっていくことを期待したい.




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