自己紹介をやってみる。

若者もすなる自己紹介といふものを、おばはんもしてみむとてするなり。

思えば毎年なにかと目新しいことが起きる人生です。

基本、怠け者でできるだけのんびりしていたいし、人見知りなので「おれ、わたしできるからできるから!」と自分を売り込んでいくほうでもなく、集団行動を好まない動物です。

が、臆病なくせに、新しいもの好きで好奇心つよいから、気づけば「これ!」と思ったもの、興味をもったことに鼻つっこんで火傷したり、まあいい経験になったり、を繰り返してきました。
また、怠け者のわたしに経験させるためでしょう、いろんな出来事がむこうからやってきたりします。

なにから書きましょうか。

若干時系列ぎみに書くと、

21歳のときに25歳年上の在日韓国人の元やくざのおっさんの子孕んで入籍。しかし、「家族の幸せより、世間体のほうが大事なのではないか」と思えた実家からすると、よほど人間的に思えたおっさんはただの下品な暴れん坊で、そりゃ、地元限定ではあるけれど名のある(笑)チンピラだったのでそれなりのおもろい経験さしてもらいましたけど、結局、わたしと知り合ったときはやめていた覚せい剤を再開して、どもならんかったのと、わたしの名義で買ったものの支払いを滞らせてわたしが借金を負わされたこと、その他まあいろいろありまして、子どもが一歳のときに、逃げ出しました。本気で逃げ出すまで、何度か逃げ出しては、彼に必要とされている自分を知りたくて舞い戻っていましたが、とうとう、
「『俺にはおまえしかおらんのや』と言ってるけど、実際のところ、こいつはお母ちゃんさえいればよく、女は誰でもいいんだ」
とようやく自分に言い聞かせることができ、きっぱり逃げ出せました。
わたしの前にも3人ほど、それぞれ別の女性に子どもがいましたが、わたしが逃げ出したあとも、韓国人との間にひとり、女の子をもうけたそうです。

妊娠したのは大学在学中で、「大学だけは、卒業する」という親との約束もあり、復学しましたが、おっさんと一緒になったことで親から「今後の学費はもうみない」と言われたため(当然ですが)大学に通いながら学費、生活費、負わされた借金の返済…を稼ぐために、当時伝説と言われたSMクラブで働き始めました。

お金が必要だったものの、自分の性格から、ヤンキーとかきゃぴきゃぴした子が多そうな普通の風俗では難しいだろうな、ということで、自分で言うのもなんですが、お客も嬢も知的なひとが集まりそうなところとして、また当時、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが好きだったことから、SMの世界(Venus in Furs)も知っておくべきだろう…と思い、そこで働きはじめました。

その選択は間違っておらず、もちろん若くてスタイルのいいきゃぴきゃぴした子が好きなお客さんもありましたが、普通の風俗よりは、心の交流や、知性のある女の子を求めているお客さんが来られたので、地味な雰囲気のわたしでも、それなりに引き合いはありました。たのしい思いも、嫌なおもいもしましたが、とてもよい、その時にしかできなかった経験をさせてもらったと思います。いまでも、当時一緒に働いていた女王様のお店にたまさかお邪魔させてもらったりします。

ただ、男嫌いにはなったようです。
お金をもらって言うことをきくこと、に心の底で嫌な思いがあったらしく、当時つきあっていたアメリカ人の彼に「男なんて、バカだから」というセリフが多いと指摘されました。
だから、その仕事を辞めたあとは、男はわたしを楽しませるためにあります。お金はもらわないかわりに、わたしの気にくわないことをする男は遠慮なく切ります。その自由がとてもうれしい。

元気だったなあと思うのですが、当時、SMクラブで働きながら、気分転換で仕事あとよく飲んでいた木屋町で知り合った、イケメンNY出身アメリカ人男と美人カナダ人のカップルと、SM3Pをして遊んでました。3人ともバイで、わたしはむしろ男より彼女のほうが好きだったので、とても楽しかったです。仕事の都合で彼女が帰国したあと、その男と遊んだりしましたが、背の高い甘いマスクのイケメンなのにMで、女性のおしっこを飲むのが大好きという変わった奴でした。
一緒に外で飲んでいて、「あんたにおしっこ飲ませるために、いっぱい水分とっとくわ」と言うと、「ああマリ、君はなんて僕をひきつけるんだろう!」なんてワクワクしていました。左乳首にピアスをしていて、セックスの最中に引っ張られるのが大好きなわりには、イったあとに「痛い~」とか言ってる、バカで可愛い子でした。

SMクラブを辞めて、大学を無事卒業して、仕事を探そうとしたとき、当然ながら大変でした。既に25歳で子連れ、これといった資格も経験もなく、それなのに自意識ばかりは高くて、おばさん呼ばわりされて撃沈したり、在日韓国人や当時は今以上に社会環境の厳しかったシングルマザーや、リストラされたおっさんばかりを集めた英語教材販売の会社に一瞬就職して、ひどい目にあったりもしました。

縁があってよい会社に拾ってもらったものの、そこで現在の夫と知り合い、すぐ妊娠してしまって、しかも相手が妻帯者だったため退職。その後、あれこれの仕事を経験して、ある時期から英語を使う事務に就くようになりました。それ以前は、英語を使う事務を探そうとしても、なかなか見つからず、派遣会社でも「ないですよ~」と言われましたが、3年ほどたつと、だいぶ変わっていました。また、その直前に受けてみたTOEICで925点取れたことから、英語を使う事務職につくことができ、それからいろんな職場を渡り歩いてきましたが、いずれも英語を使う仕事です。英語だけでなく、怠け者のわたしが縁があって否応なく放り込まれた環境で非常に貴重な経験をさせていただき、いろんなことを学べてきました。現在は、英語を使いつつ、自分の経験と臨機応変に動けるところを評価していただき、力を発揮できていると感じています。

フルタイムの仕事はほぼいつもしている状態ですが、ボランティアや副業として、通訳や翻訳、ベリーダンスイベントの運営やったり、自分がベリーダンサーとして踊ったり。ベリーダンスを習っているときは、トルコでアメリカ人主宰の10日間ほどの国際合宿にも参加しました。それも、ダンス、文化に触れるだけにとどまらない、いろんな経験ができました。有料無料のセミナーやワークショップにもあれこれと参加して、好奇心を満足させています。

男関係は順調に、現在の2番目の夫と仲良くしつつ、常に彼か遊び相手がいる状態で、これもなかなか、ひとつひとつのエピソードがいろいろとあります。ぼちぼちと、「えろいすえっさむ」に書いていきましょうか。
そのなかでも、やくざの彼との6年間は、大事な時間でした。女としての喜びも悔しさも経験させてもらった…。
組関係のことや女関係のことで、急に連絡とれなくなったり、約束の場所・時間に現れないこともちょくちょくあり、わたしが激怒しては、言い訳はしないけど、ごめん。という彼を許しては逢瀬を続けていましたが、あるときは警察につかまっていた…という彼から手紙が届き、留置場に面会に行ったりしたこともありました。彼からきいた話は多くは墓場まで持っていかなければならないものですが、彼とあったことは、注意深く選びながら「悪いひとが好きです」に書いていこうかな、と思っています。

そんな母親ですから、当然ながら、元やくざとの子である上の子は、10代後半、荒れました。何度も補導されましたし、しまいには、昔でいったら子ども同士の喧嘩みたいなことで逮捕されてしまいました。警察は嫌いでしたが、そのときの刑事さんたちは親切だった。留置場や少年鑑別所に面会に行き、国選弁護人がつき、適当な打ち合わせがあり、審判にのぞむという、普通にはできない経験をしました。刑事さんたちも保護観察がつくと思い込んで「いい薬になったんとちゃいますか」と言っていたのですが、中等少年院送致となりました。少年院への面会、活動の見学など、「いい経験させてもらったわ」と言うと、娘に「そうやろ」と言われました。

地方のきまじめな家庭で育ちましたので、刑務所やら少年院やら入ったら、人生終わりくらいに考えていたので正直、非常にショックだったのですが(6年つきあったやくざの彼とはそのころ、優しく慰められたのもあり、関係がはじまった)、あとから思えばあのとき、少年院に行ってよかったと思うし、本人もそう言っています。親では抑えられないくらいになっていて、本人もそうとういきがっていた。それが、否が応でも規律に従わなければならない、非常に制限された環境のなかで行動し、考える時間がたくさんでき、いろいろとこれまでのことを振り返り、考えたそうです。夜、布団にはいったら、考えるのは食べ物のことばかりだったとか。

判決では一年でしたが、それが通例らしい、半年後、自分の誕生日に出てこられました。手紙ではしおらしいことを言っていたのに、出たその日に髪を金髪に染めたので、泣いてしまいました。それでも、少年院送致になる前からつきあっていた彼と結婚して子どもができ、すっかり落ち着いていまでは3人の子どものいいお母さんです。お母さんになって、わたしの気持ちをわかる部分もでき、またいろんな経験をして大人になったこともあり、会うと女子会のように話が盛り上がり、思い出話をしては仲良く過ごしています。孫たちもとてもなついてくれており、ちょっと変わったおばあちゃんを楽しんでいます。

上の子の父親である、前の夫は、上の子が出院した直後に亡くなったようです。

大学生である今の夫との子である下の子とは同居で、いまだにしょっちゅう諍ってますが、まあなんだかんだ仲良くやっていると思います。

現在の夫とはとても仲良いですが、彼はここ10年ほど、定職をみつけられていません。それでも、機嫌よく家にいて穏やかに相手してくれて、これはこれで幸せだなあと思っています。金銭的に大変なのはたしかなのですが…。

ただいまも現在進行形で新しいパターンの万丈事が起こっており、いつかネタになる日がくるやもしれんと、ちくちくつけていこうと思っています。

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ありがたきしあわせ。
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しのぎん

こんにちは!京都に生息する篠木マリです。大学生のときに元やくざの在日韓国人と結婚して親から勘当、別れて復学、負わされた借金返済、授業料、生活費を稼ぐためにSM嬢。それからもいろいろと経験していまがあります。それらをもとにした、あるいは妄想の虚々実々を発信していきたいと思います。

えろいすえっさむ

エロは普遍です。無理せずエロを楽しみたい方にお楽しみいただければ。
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