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北を走る太陽

今日行かないと終わってしまう。
これは絶対に見た方がいいぞと脳からの謎の指令も出ているし、お昼ご飯を食べたあと早速車に飛び乗りお目当ての場所へと向かった。

無趣味で唯一の楽しみが仕事終わりのビールくらいという人間なので、芸術的なものに触れる機会はほとんどと言っていいほどない。
散歩していたらなにやらアートな感じのものに出くわす都会に住んでいるわけでもないし、自ら出向いていかねば一生飲んだくれて終わるだろう。
今回はラッキーなことに隣町でとびきり素敵なアートな展示があるという。でも今日で終わるらしい。大げさに言うとまるまるいちにち休みが取れるのが月に2~3回だ。今日行くしかない。

事前に見た情報だけではその個展の内容はよくわからなかった。絵画なのか切り絵なのか彫刻なのかちぎり絵なのか。断片的にsnsで流れてくる情報だけではよくわからない。よくわからない部分がほとんどだけどリアルで見たい。

そろそろ芸術に触れねば自分の中の何かが枯れていきそうだ。

会場に入り最初に目に飛び込んできた壁面にはsnsで何度も見かけていたシンボル的な展示物。近くまで行ってこの目でじっくりと凝視する。
そうかこういう風に壁に貼られていたのか。ひとつひとつが単独の作品なのか。
そんな準備段階のことまで気にしつつじっくり拝見させていただいた。
今まで長い事生きてきて初めて見るタイプの作品たち。圧巻だった。

その作品を作られた作家さんはその日在廊しておりまさに今新しい作品を描いている最中だった。作家さんの体全体から繊細さがにじみ出ているようなたたずまい。決して見えないけどオーラが出ている。(興奮気味なのでそんな気がする)気軽にお声をかけられない。製作現場をただただ見ていた。贅沢すぎる時間だった。

冬と春のあいだで道路脇の雪山は確実に溶けてきているのに目の前のオホーツク海には流氷がぷかぷかと浮かんでいた。会場の窓から見える線路越しにキタキツネが散歩している。午後からの陽射しがやわらかく差し込んだ展示会場の床に書きかけの絵と作家の姿。その後ろでは家族連れだったりお一人様だったりカップルが各々自由に展示を鑑賞していく。決して騒がしくもなければ静まり返った緊張感もない。美味しい珈琲を淹れてもらって2階の海が見える席でゆっくり腰掛けながら作品を鑑賞した。最高か。

今まで使ってこなかった脳のある場所が確実にその日はカタカタと動いていた。素晴らしい作品を見て素晴らしいと感じられるコトが単純にうれしくなった。自分にもまだそんな感覚が残っていたのかと思えた。
そんな空間が近くにある。唯一無二の場所。都会も田舎も関係ない。
素晴らしい才能の作家さんがいて、誰でも触れられる空間があって、それを見て「あーいいなあ」とぼんやり過ごせる時間がある。それだけで明日からもがんばれそうな気がする。


製作中の作家越しの走る動物たち


感じたことを忘れないうちに書き留めておこうとしても言葉にした瞬間からなにかが違うものになっていくけどそれでも書かないよりも書きたいと思った心に素直に。
あのような場面では写真や動画を撮ることに抵抗があるけど残しておきたくて数枚撮った。撮ってよかった。見たら少しだけあの時間に戻れる。

*「北を走る太陽」~2023.2.24~3.5
網走のマ・シマシマで開催されていた熊谷隼人さんの個展


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