たたえ合おう
ここのスーパーのお会計は、いつも電子マネーで済ませている。
有人レジが5台前後稼働している中規模スーパーは、「キャッシュレスレジ」と「その他レジ」に分けられていて、私はその他レジに並んでいた。
今まで複数回、私はこの電子マネーのカードを紛失している。
それが故に、一度に大金をチャージすることは一瞬で大金を失う可能性を孕むので避けていて、お会計の際に毎回こまめに現金チャージをしながら支払っている。
現金払いよりも時間はかかっているが、私は小銭すらもよく床に落とす。
結果電子マネー払いがスムーズということになる。
キャッシュレスレジは、現金チャージも許されない。
だから私は現金チャージ+電子マネー払いができるその他レジに並んでいる。
夕方時、レジを待つ客が増えてきた。
私は今、お会計真っ最中の人の後ろの後ろに立っている。
すると、一つ隣のお休みをしていたレジが開けられ、店員さんが、お会計中の人と私の間にいるマダムに声をかけていた。
「こちらで精算いたします」
マダムは断っていた。
なぜならマダムのお会計はその場でもうすぐ始まりそうだったからだ。
店員さんの視線は私に移った。
「こちらでどうぞ」
私は疲れていた。
なんとも形容し難い苦手な香りの空間の中に小一時間滞在し、そこをようやく出たら、次は見知らぬ建物の訪問。
嗅覚がやられた後に、視覚を使い、迷子にならないよう頭を使い。
私がボーっとしている間に買い物カゴに入れていた商品が次々スキャンされていき、そこで初めてこのレジを俯瞰で見た。
[ここはキャッシュレスレジです]
私は想定外の状況に若者言葉の「やば」が出てしまった。
私はキャッシュレスレジ対応型人間ではない。
「すいません、チャージできてないのですが」
電子マネーを店員さんに提示する。
店員さんにはおそらく、私がキャッシュレスレジ対応型人間に見えていた。だからこそ事前の注意喚起なく、私をキャッシュレスレジに誘(いざな)ったのだ。
事前の確認を怠るミスをした店員さんの顔は、明らかに引きつっていた。
「そ、それでは、あちらでチャージしてください」
いつも、変なところに置かれたATMだなとは思っていた。
そのATMは銀行のように使える上に、このような状況の時に緊急で電子マネーのチャージもできるものだったのだ。
電子マネーチャージ対応型ATMには、私の前に一人銀行として利用しているような人がいて、私はお札と電子マネーを取り出して順番待ちをした。
お会計、いくらって言ったっけ?私はいくらチャージすれば良いの?
疲れた頭が緊急事態に対応できない。そりゃAIに仕事は取って代わられるよなあ。
ATMに向かって順番待ち、自分の番になって数千円をチャージしてレジに戻る、この間、2分ほど。(内、前の方が1分半くらい)
レジ業務の経験がある私は、てっきり私のスキャンをキャンセルし、次の人のお会計をサクサク進めているものだと思っていた。
経験があるからこそ一般の人がスーパーでそんなに使わない「スキャン」という言葉を私は積極的に用いている。これは正式な業務用語だ。
レジに戻ったら、私の後ろに並んでいた老紳士は、まだ待ちぼうけを食らっていた。
私のお会計はキャンセルされていなかった。
老紳士と店員さんは、どんな気持ちで2分間を過ごしていたのだろう。
私は疲れ切った頭を下げ、深く謝ったが、老紳士は元々怒る気も無さそうな落ち着いた方だった。
トラブルにならなくて良かったと安堵しつつ、あのCMが疲れた脳裏を横切った。
ACの、「たたくより、たたえ合おう」
人には思想の自由、言論の自由があり、「人を褒めたたえる自由」も持っている。
店員さんが確認ミスをすることだってあるさ。そんなことより働いてて偉いよね。
キャンセルせずに待っていただいたおかげで、私はレジで電子マネーをタッチするだけ、1秒で精算が終わった。ありがとう。
今日というハードな1日を頑張った私も偉いよね。
偉いからもっと頑張って、褒めたたえてもらえるような仕事をしよう。
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