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失語症患者が仮説を評価

 僕の仮説では、血液脳関門によって守られた脳室という低雑音環境のなかで、言葉の音韻波形を抗原提示するマイクログリアが、海馬で五官の記憶を記銘して、大脳皮質に着床する。そして、その抗原と特異的に結合する抗体をもつBリンパ球が、脳脊髄液中を浮遊して、言葉の記憶を司る。

 街でばったり昔の知り合いと顔を合わせたとき、顔は覚えているけど、名前が出てこない現象を説明できる。視覚入力でマイクログリアが保持する顔の記憶は活性化する。だがマイクログリア膜上の抗原は、Bリンパ球によって認識されないと、マイクログリア自身ではその名前がわからない。

 「三音節だった」、「珍しい漢字だった」、「ナ行で始まった」というおぼろげな記憶は残っているのだが、それはかつてBリンパ球に認識されたときの記憶なのだ。あれこれと考えてみるが、正しい名前の気がしない。正解にあたると、「これだった」とピンポン、すっきりする。

 

脳出血リハビリ患者の前で講演 

 僕の脳室内免疫細胞ネットワーク仮説は、脳内に実在する組織と細胞とその分子構造にもとづいて、言語や知能の様々な現象を説明できるが、それを研究会や学会で発表しても、質問ももらえないし、賛成とも反対ともいわれず、検証できない状態が続いていた。

 日本高次脳機能障害学会(かつては「失語症学会」だった)の事務局に連絡をとって、仮説を検証することはできないかと相談したが、学会は臨床にしか興味はなく、研究の場ではないというつれない回答をもらってがっかりした。

 2021年5月、福岡市内に出張中に電子情報通信学会のMEとバイオサイバネティックス研究会があったので、Wi-Fi環境をもつ妻の友人宅で、研究発表することになった。その友人は、その3年前に脳出血を起こして、リハビリを受けていたのだが、本人のやる気とボバース法が功を奏して、驚くべき回復ぶりを示していた。その彼が僕の発表を聞いてくれ、自分がリハビリで経験してきたことと非常に重なるというコメントをくれた。

 それがきっかけとなって、大分でボバース法の勉強会をしている若い方々にコンタクトして、話を聞いてもらうことになった。講演の後、正常圧水頭症の患者で、脳室から腹腔にシャント手術をした後、失読症を伴う失語症を発症したことを聞いた。「表出は錯語あるが可能、理解は日常会話レベルは可能、読み書きは不可能、復唱は可能」という。

 ある程度話せるし、聞き取りもできるのに、言葉が失われていく。これは、超皮質性失語と呼ばれている症状だ。読み書き能力も失うのはどうしてだろう。言葉を司る細胞(Bリンパ球)が、文字列に対して、肯定的(〇)な評価を記憶することで、「読む」という現象が生まれるのではないか。読み書きの記憶も、Bリンパ球のネットワーク記憶として保持されているのだ。

 

脳脊髄液喪失と超皮質性失語症例が対応

 脳脊髄液は、脈絡叢でろ過されて脳室内を循環し、くも膜顆粒に吸収されて静脈に排出される。水頭症はその排出が滞るなどのために、脳室内に脳脊髄液が多く溜り、脳を圧迫して悪影響を与える現象である。シャントは脳室カテーテルを挿入し、余分な脳脊髄液を主として腹腔に流して圧を下げる治療法である。

 シャントは、脳脊髄液をくも膜顆粒の関門を経由せずに排出する。脳脊髄液といっしょに言葉の記憶を司るBリンパ球を排出するから失語症が生まれるのではないか。シャント術はいまや世界的に行われているので、失語症も増えている可能性がある。実験がむずかしい分野なので、仮説と臨床知見をすり合わせることで、これまで気づかなかった病因に気づくのではないか。もし仮説が正しければ、シャント手術そのも のを見直す必要が生まれる。


トップ画像は、MBE研究会で使ったスライドのうちの一枚

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