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進化を生み出す力は1億倍(+80dB)

対数目盛の能力向上

 厳しい生息環境のなかで突然変異的に、細胞膜、核膜、脳室、子宮などが生まれた。そしてそれらは、その後跳躍的な進化を生み出す可能性を与える。その威力は、どれくらいのものだろうか。

 通信理論にもとづいて考えてみたい。送信機から送り出された信号は、距離の2乗に反比例して減衰する。一方、アンテナ利得は面積に比例する。だから、深宇宙を航行するハヤブサ2からの微弱な信号を受信するためには、直径の大きなアンテナを用いる。この信号電力と距離とアンテナ面積とは別に、信号は通信回線上にある雑音の影響を受ける。これは目に見えないけれど、非常に大きな影響を与える。

環境雑音は目にみえないけれど、通信に大きな影響を与える

「信号対雑音比(S/N, Signal to Noise Ratio)」という通信理論の古典的な指標は、信号電力(S)を雑音電力(N)で割り算してえられる値で、電力(w)を電力(w)で割り算するので単位がない。 信号強度と雑音強度が等しい(S=N)とき、S/Nは1になる。Nがかぎりなく0に近づくと、S/Nは無限大(∞)になる。0から∞まで実にダイナミックに変動するのがS/Nの特徴である。
 ダイナミックな数値なので、対数(常用対数、10の何乗かを示す)を10倍してデシベル(dB)で表すのが一般的である。3dBは実数で2, 10dBは10, 20dBは100, 30dBは1000、60dBが百万、80dBが1億である。デシが10倍、ベルは10の何乗かを示す。(ベルは、電話機を発明したグラハム・ベルへの敬意である)
 通信では、信号強度を10倍にすること、アンテナ面積を10倍にすること、S/Nを10倍にする(dBが10増える)ことは、同じ効果をもつ。S/Nが向上すればその分小さな送信電力やアンテナで通信が成り立つ。だから雑音の影響を受けないようにする(S/Nを良くする)ことは極めて重要になる。

スマホのアンテナピクトはS/Nを表す

 S/Nと言われても、なじみがないと思う方も多いだろう。じつは、雑音によって学習効率が違うことをみんな知っているのだが、それを数値化することは難しい。
 携帯電話やスマホの画面に示されるアンテナピクトは、アンテナ本数でその時のS/Nを示している。図で示すように、通信が成り立たない圏外とかろうじて最低限の通信が可能なアンテナ1本の間に1万倍(40dB)の差があり、アンテナ1本と最適な環境を示す5本も40dBの差がある。圏外とアンテナ5本の間では1億倍(80dB)の差がある。アンテナ5本だと、速度も速いし、複雑な処理ができる。
 雑音とは主に熱である。太陽からの放射熱も雑音だから、夜は雑音が低い。またスマホ自身の発熱も雑音であり、保冷剤を巻き付けて温度を冷やしてやると、通信速度が上がる。
 
 

アンテナピクト数とdB値(DOCOMOの5本と圏外の差は80dB)

大量絶滅を乗り越えた力が進化を生み出す

 進化研究においてS/Nの問題は、これまで誰も気づいていなかったことだ。細胞膜や核膜、脳室や子宮といった低雑音器官が、大量絶滅の際の突然変異によって生まれた。それらのおかげで、環境危機が過ぎ去ったとき、これまで思いもよらなかったダイナミックな進化が可能になる。
 おおざっぱな比較になるが、その威力はスマホの「圏外」から「アンテナ5本」の差に匹敵し、80dB、つまり1億倍程度の余力を生命に与えたと考えてよいのではないか。原核生物の誕生、真核生物の誕生、脊椎動物の誕生、哺乳類の誕生は、それぞれが前の段階から1億倍くらい複雑な生物への進化である。
 ヒト以外の哺乳類の音声コミュニケーションに比べて、人類の言語活動や文明活動、科学の発達が桁違いの複雑さと多様性を示すのも、学園や僧院といった低雑音環境のおかげではないか。


トップ画像は、ネパールのカトマンズでみた朝日。2019年11月著者撮影
 



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