杉岡先生の講義録を読んでいたら。目から鱗の文章。教行信証の解釈について。創造的解釈というのは恣意的で、勝手気ままな解釈を許すことではないという。勝手気ままで恣意的な解釈ということではなくて「作品それ自身がもっている可能性としての多様性であるというところが大事」。これはとても身につまされる。自分の場合、まさに勝手気ままで、恣意的な解釈ではないか。一方で、教行信証をもっと、一般の方たちにも開いていかないといけないという指摘がなされる。専門家の中に教行信証を閉じ込めてはいけないと。これも身につまされる。教行信証は確かに大切だ。しかしその大切にする仕方が、権威づけることばかりだと思っている。そうではない。一般の方にも開いていくことが大事だという言葉はすごく示唆的である。