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じいちゃん、いってらっしゃい。

2月26日 12時22分
弟から電話があった。

「じぃじが倒れた…!」

夜からの泊まり勤務に備えて2度寝し、3度寝しようかとまどろんでいた所に、開口一番この一言。

正直、頭の回転が追いつかなかった。
「じぃじ?じぃじってどのじぃじだ?いやそもそもじぃじはじぃちゃんのことで合ってるのか???」

何とか頭を整理しながら、詳細を聞く。

どうやら、買い物に向かう最中に「胸がおかしい…」といってうずくまり、そのまま救急搬送されたらしい。

倒れたのは母方の祖父。
うちはまだ4人とも祖父母が健在だったので、どっちのじぃちゃんが倒れたかも聞いた。

出かける準備をしながら会社に電話をかける。
「祖父が倒れたと連絡がありまして…お休みをいただけないでしょうか。」
慌ててるはずなのに、自分でも驚くほど冷静な声が出た。
「祖父が倒れた」なんてフレーズを、まさか自分が発することになるなんて。
そう思いながら許可をもらい、取るものも取りあえず家を飛び出した。

東急東横線から東海道新幹線に乗り継ぎ、一路名古屋へ。

電車に揺られていた12時54分
祖父が息を引き取ったと、連絡が入った。

普段はBGMでしかない、無機質に鳴る電車の音が、やけに身体に響いたあの瞬間を、忘れることは無いだろう。

新幹線に揺られながら、忘れたくないこの日のことを書き留めたいと思い、スマホを開いてnoteを書き始める。

私は今、じぃちゃんを見送るために名古屋に向かっている。
自分の中で、死を確定させるために。
正直、向かっている途中では実感が全くと言っていいほど湧かない。
シュレーディンガーの猫のように、生と死が混ざっているような感覚。
現実を受け止めるために、私は箱の蓋を開けに行かなければいけない。

じいちゃんとの思い出が浮かんでは消え、涙が零れた。

イヤホンからは乃木坂46の「サヨナラの意味」

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名古屋駅に着いた。

救急外来という、出来れば見る機会なく過ごしたかった部屋のドアを開ける。

「救急で運ばれた○○(祖父の名前)の身内なのですが」

ここでも淀みなく言葉が出る。
本当に自分の言葉なのかと思うくらい、無機質な声だった。

「レイアンシツに御案内します。」

レイアンシツ………霊安室。
聞きなれないその言葉を飲み込むのに、数秒かかった。

薄暗い地下の扉を開けて

医療ドラマや刑事ドラマで見たようながらんとした部屋に

白いベールを纏ったじぃちゃんがいた。

横にいた、真っ黒なスーツを着こなした送り人が、深々と礼をしてくれた。

正月以来、3ヶ月ぶりにみたじぃちゃんの顔は、今までに見たことがないような、優しい顔で眠っていた。

亡くなった人の顔を形容するのに「今にも起きてきそうな顔で」
なんて言葉を使ったりするけど、まさにそう。
「おぉ、亮太よくきたな。」
なんていつもの声で話しかけて来るんじゃないか。
そんな顔だった。

病院から葬儀場に移動して、焼香をあげる。
病院と違い、揺らめく煙越しに見たじいちゃんは、中身のない、器だけのように見えた。
魂という本質の剥がれた、入れ物のような。
空っぽの人の肌ってこんな色になるんだなと、率直に驚いた。


住職のお経ってすごいな。なんとなく心が落ち着く気がする。
そんなことを思いながら、南無阿弥陀仏を聞いていた。

お通夜、そして告別式には本当にたくさんの人が訪れて

厳しかったじいちゃんの、教育者としての一面が垣間見えた。

正直、全てを終えた今でも実感はない。

火葬場で骨になった姿を見ても。

家を訪ねたら、いつもの席に座ってるんじゃないかと。

そう願わずにはいられない。

家に遊びに行くと、難しい顔で新聞を読み、ナンプレを解いていたじいちゃん

大学で教鞭をとり、名誉教授にまでなったじいちゃん

天皇陛下から叙勲を受けたじいちゃん

同じ日に生まれ、毎年「おめでとう、お互いにね。」と言い合うのがお約束だったじいちゃん

カメラを始めた私に、オールドレンズを譲ってくれたじいちゃん

これから少しずつ時間をかけて私は、祖父の死を身体に刷り込んでいくのだと思う。
誕生日、電話をかける相手がいないと気付くたびに。
譲り受けたオールドレンズ越しに、世界を覗くたびに。

祖父が見ることのできなかった新しい時代で、祖父と同じ日に歳を刻む。
祖父が見たであろう時代のガラスと共に、世界を切り取る。

じいちゃん、今までありがとう。本当にたくさんのものを貰いました。
次に会うときは、貴方に負けないくらい大きな男になって会いに行きます。

いってらっしゃい。

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