「上を目指す」考

漫画「スラムダンク」では、勝つための努力をしない、ぬるいメンバーに苛立ち、一人で努力する様が描かれている。同じ作者の「リアル」でも、確かそうした場面があった。上を目指さず、今をそれなりに楽しめていたらそれでいい、というぬるさを嫌う悔しさが描かれている。

他方、私は、いわゆるお勉強ができない子どもの面倒を見てきて、知らぬ間に「上を目指す」的な発言を自分がしなくなっていることに気がついた。
学年最下位の子らだけでなく、偏差値50以下の子らは、「上を目指す」という言葉を聞いた途端に「ああ、しんど」となってしまうから。

いわゆるお勉強の苦手な子、とされる子どもたちは、上に引っ張り上げようとする大人たちの性急さに疲れ果てている。「さあ立て、歩け、走れ!」と急き立てられ、やらされ感がものすごい。大人たちに常に先回りされ、辟易している。「上を目指す」ことに。

そういう子どもたちはいろんな「呪い」がかかっているので、まず解除する必要がある。まず必要なことは、今のままを是認すること。是認するだけでなく、面白がること。「君、おもろいこと言うなあ!」「お前、なかなか面白いやないか!」と、ともかく面白がる。今を否定しない。むしろ面白がる。

「上を目指す」の類の言葉、姿勢、接し方は、子どもにある裏のメッセージを伝える。「今のお前はダメだ」、ということ。今の自分を否定的に捉えられ、だから努力しろ、上を目指せ、と言われる。今の自分を否定されたところで、気力がなえる。やる気が失われる。

しかし、子どもの「今」を面白がると。子どもは、今の自分を肯定されているばかりか、なんなら面白がられる形で大いに価値を認めてもらえている感覚になる。すると、楽しい気分になる。物事を楽しく取り組めるようになる。すると自然、学ぶことも楽しくなる。学べば当然、発見がある。

「へーっ!お前、やるやないか!」「おいおい、どうしたどうした、これできるんか、やったやんか!」とさらに面白がり、楽しんでいると、子どもも学ぶのが楽しくなってくる。発見が楽しくなってくる。工夫が楽しくなってくる。すると、自然に「できない」が「できる」に塗りつぶされていく。成長する。

「上を目指す」というのは何のことだが私にはよくわからないが、「今」の子どもを面白がり、その子のやることを面白がると、子どもは学ぶ楽しみを取り戻し、成長を再開する。すると、みるみる子どもが変わっていく。それに驚き、面白がっていると、加速していく。

「上を目指す」なんてことを意識しなくても、面白がっているうちに、楽しんでいるうちに、いつのまにか以前の子どもではなくなり、びっくりするほど成長する。そうした子どもたちを見てきた。だとしたら、「上を目指す」なんて忘れてしまい、楽しんでしまってもよいのではないだろうか。

なんかね、「上を目指す」場面がややもすると、ハイハイし始めたばかりの赤ちゃんに腕立て伏せをしろ、立て、走れ!と先回りし、追い立てている感じを受けることがある。それじゃ、子どもは疲れ果てて当然。先回りされたら楽しめるものも楽しめなくなる。推理小説の犯人を読む前に教えられた感覚。

子どもの「今」を面白がる。そのうえで、「今」が少し変化したことに驚き、面白がる。工夫したこと、発見したことにともに驚く。すると、子どもは工夫すること、発見することが楽しく、勝手に成長し始める。

「上を目指す」という言葉や姿勢は、ある程度高みにすでにいる人が、無意識のままに子どもを下に見ていて、引き上げようとしている構図なのだと思う。子どもはその構図に無意識のうちに気づいていて、その構図自体が気に食わないのでは。今の自分を見下げていることを感じて。

私は、今を面白がり、変化を面白がっていれば、いったい子どもはどこまで変化し、伸びていくかわからないと思っている。しかしその際、「上」はちっとも意識していない。ただ、今を面白がり、何か変化が起きたらそれも面白がるだけ。すると、どんどん変化する。それがたまたま、成長と呼ばれるだけ。

上?どっちが上だか、本当のところはわからない。とぐろを巻いて、成長していないように見える時期も、何かしら学んでいる。とぐろを巻くという興味深い経験を面白がればよいのだと思う。まっすぐ進んでばかりはつまらない。退歩もまたよし。それも貴重な経験。

「上を目指す」人から見れば下降に見えることも、「これはこれでどんなことが起きるのか観察してやろう」と楽しめばよいのだと思う。そこで面白がったことが、貴重な学びにもなる。どんなところでも学び、面白がることができる。

面白がっているうち、知らず知らず高みに立っていることもある。でも、高みに立つのばかりが芸ではない。楽しむのが目的なんだから、高みは楽しみの一つではあっても、すべてではない。降りるのも楽しみの一つ。そうしたゆとりが、停滞したかに見えた子どもの変化を促すのではないかと思う。

追記。
「上を目指す」は「助長」なのだと思う。隣の畑より育ちが悪いのに腹を立て、苗を一本ずつ上に引っ張って上を目指すのを助けたら、翌日、根が切れて全部枯れた話。上を目指せば上に行くと思ったら、「助長」と同じで意欲の根を切ってしまう。

苗がスクスク伸びるように、農家ができることは何か?適度な肥料と水が根に行くようにすること。過度もないように、適量を。成長するかどうかは苗に任せる。後は祈るのみ。すると苗は自分の力で成長する。
「面白がる」は、子どもの意欲を取り戻す水であり、肥料。後は祈るのみ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?