ホンダについての私的な想い

(Facebook でのあるホンダファンとのやりとりから)
じつはですね、この手の話題を書くとき、佐藤さんが頭に思い浮かぶんですよ。なんというか、本当にホンダを好きなひとの代表として。ホンダを貶して申し訳ないなぁ、と思ったりしてるんですが、あくまでも自分の(勝手な)イメージとしてのホンダとかけ離れてしまった、という感じなんです。
NSX は2代目も含めてもちろんだし、シビックなんかも乗ればいいクルマなんだろうと思うんですよ。もしかしたらイメージ的にスポーツとは思えないいくつかのホンダ車にも、ちゃんと DNA は受け継がれてるかもしれないとも思います。
でももう、デザイン的にもそうだし、僕には良さが伝わってこないんですよね。
そう思うと、初代を売ってしまったのがかえすがえすも悔やまれたりもします。機会があればまた手に入れたくなってます。
約3年前にデトロイトやダラスのNSXオーナーと交流してきましたけど、アメリカにはある意味日本以上のファンがいて、とても心強かったのを思い出します。

ホンダの方向性ですけど、じつは僕は「たぶん正しい」と思ってるんですよ。かなり確信して。
(僕の求める)スポーツカーの方向性ではないんですけど、ある意味アレは他社に先駆けてかなりドラスティックに「いまあるものを捨てる」決断なわけで、新しいものに挑戦する、という意味ではもしかしたらすごくホンダらしいのかもしれないですよね。
本田宗一郎が嘆く、なんて書いてるのも見ますけど、もしかしたら僕は天国で拍手を送ってるのではないか、とすら思ってたりするのです。
ちょっと話が違いますけど、スティーブ・ジョブズが亡くなったあとも、Appleって僕には一本筋が通り続けてると思ってるんですが、本質を見ない人たちが「ジョブズが見たら泣く」みたいなことを書いている。「ちがうんだよなぁ」と思いながら読んでたりする。まぁ、僕が偉そうにそれを評価するほどの見識もないんですが。

なにが言いたいかというと(相変わらず書くと長いw)、「僕のホンダ」(笑)つまり僕がイメージし望むホンダではなくなってしまいつつあるのを、残念がってるだけなんです。
ほんとはね、いまのAppleの話と同様、だからここで佐藤さんを思い起こすんですが、佐藤さんみたいにスポーツカーをあれほど突き詰めてチューニングし、乗りこなしている人でもないのに、「オマエがスポーツカーのなにを語れるの?」って自分でわかってるんです。

そんな思いが伝わればいいなぁ、と思います。
まぁ、残念ではあるんだけど、偶然フェラーリ・ローマをネットで見て、(まぁ、これも実際に走らせたわけでもないわけですけど)、なぜかふと「あ、これぞ僕が求めるスポーツカーかも!」と思えてしまったわけです。
歳も考えるともう何台も乗り継ぐわけにもいかないかなぁ、と思うと、そう思えるクルマが他社であっても出てくれたことをうれしく思ってたりします。
あとは、初代 NSX といすゞ117クーペがほしいなぁ(笑)
NSX の2代目も、いまだにいいなとは思うんですけどね。

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