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90分、ゆっくりと組み上げるナラティブ。ボン・イヴェールの来日公演を見て

大学のときにダンスサークルに入ってた僕は、先輩のヨシキさんの選曲がすごく好きだった。あるとき、ヨシキさんがセレクトした曲を焼いたCDをくれた。

その中に入っていたのがSquarepusherの『Iambic 9 Poetry』だった。

シンプルに始まるドラムとキーボードは、ゆっくりと複雑になっていく。約7分間、1曲としては長めの時間をかけてだんだんと坂を登っていくような曲だ。

4年ぶりに来日したボン・イヴェールの来日公演を見てきた。彼らは『Iambic 9 Poetry』のように、ゆっくりとじっくりと時間を使い切った。

まるで、情報が目まぐるしく生み出されて、数分しか集中力が持たないインスタントな社会へのアンチテーゼのようだった。

「僕の心の底からの願いは、自分以外の誰かに対する共感する力を持った誰かが、この音楽の中に自分自身を見出してくれることなんだ。でも、それは高望みだと思ってもしまうんだよ」と、自らのアートの目的について訊かれたヴァーノンはこんな風に謙虚な言葉を綴った後にこう続けた。「だからこそ、僕はただ、人々が個人としてより力強く感じられて、ひいてはコミュニティやサブコミュニティとしてより力を感じられるよう願ってるんだ」。
 
それゆえ、ここからは自らがそんなコミュニティの一部であり、フロントマンとして前に出ることを望まないヴァーノン自身の願いを尊重する上で、敢えて発言者の名前を記さずにすることにしたい。すべてはボン・イヴェールという名前のコミュニティからの「声」だと思って欲しい。現在、彼らのショーでは、家庭内暴力の問題を抱える人を助けたり、ジェンダーの平等性を推進する地域組織と協力し合う2・ア・ビリオン・キャンペーン(https://2abillion.org)を行っている。これもまた、彼らが作品やライヴ・ショーで目指しているのと同じ、比較的恵まれた境遇にいる人々と、様々なマイノリティや移民、虐げられた人々との間に存在する不平等や格差を是正しようとする動きがどこか階級闘争や世代闘争にすり替えられてしまった分断と衝突の時代に対する取り組みにほかならない。

ライブを見ながら、ずっと朝焼けの空を見ているようだった。一番美しい空の色をした20分が、1時間半に引き延ばされたようなライブ。

ゆっくりとスタートして、ゆっくり、ゆっくりナラティブができあがっていく。焦らない。安易に答えを求めない。

今年の年末年始に見た「ゲーム・オブ・スローンズ」もそうだった。これまで2時間でまとめるしかなかった映画から抜け出し、全73話・約70時間をつかってゆっくりと壮大なナラティブを組み上げていく。その説得力たるや。

ジャーナリズムの世界でも、インスタントに情報を伝える形から抜け出すあり方が模索されている。

情報過多な海に飲み込まれ、自分が漕ぐボートじゃ常にひっくり返される毎日。一喜一憂のサイクルだって速度が上がってしまう。

それでいいんだっけ?と考える人たちのスローな挑戦は、さまざまな世界で始まっている。音楽も、ゆっくりとナラティブを紡いでいくことが必要なのかもしれない。


将来的に「フェスティバルウェルビーイング」の本を書きたいと思っています。そのために、いろんなフェスに行ってみたい。いろんな音楽に触れてみたい。いろんな本を読みたい。そんな将来に向けての資金にさせていただきます。