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英語と子供と辞書とランチ (その4)

いよいよランチについて書いておきたい。純ジャパニーズな私がカリフォルニアで、働いて2年半。アメリカで仕事をしていなくても役立つと思うし、新しい話ではないかもしれないが、実体験なので、サンプルの一つにでもなれば幸いです。

あれはアメリカに移籍して初めてのHRのマネジメントとミーティングだった。彼は私に仕事の話はほとんどせずに「ランチをできるだけ色んな人と食べて」とだけお願いしてきた。「さあ、アメリカでの仕事を頑張るぞ!」と意気込んでいた私はすこし拍子抜けした。ネットワーキングが大切なのはわかるけど、「日本から来たけど、本当にこいつは仕事できるのか」といったなめるような視線を勝手に感じていた私はまずは仕事で認められたいと思っていた。結果、あまりランチに行かず、昼も働いて仕事の成果を積み上げていくことにした。また、やっぱり知らない人をランチに誘うのにはエネルギーがいる。一度勇気を出して知らない人を誘ったがランチでも会話が弾まずに、何か申し訳ない気持ちになった。そのうちEMBAも始めて、ますます忙しくなったので、ランチはもう月に数回知っている人と行くだけだった。

ところでIMDのEMBAで習ったことにBARTがある。これは人の集まりにおけるBoundary、Authority、Role and Taskの略で、これがはっきりしていればしているほど、人間は安心する。逆にこれが曖昧であるほど人間は創造的でAdaptiveになる。という理論で、細かい話は省くが、人間は数人集まると自然と不安を減らすために境界線(Boundary)を引き、敵と味方のようなグルーピングをしたがるのである。リーダーはこのBARTを意識して、効率的で、結束を高めるのか、自律的で創造性を求めるのかを臨機応変に判断してチームを作っていかなければならないとのこと。

この授業を受けたときに、アメリカでは私の周りはBoundaryだらけだなと痛感した。Boundaryは場所や部門などの物理的、明示的なものから無意識のものまであるが、人間が数人集まれば無意識のうちにBoundaryを作り出しているのである。私は日本からきた社員なのでそもそもBoundaryが周りにできやすいし、自らもBoundaryを設定して、文字通り殻にこもっていたところがあった。そして変革をリードするリーダーになるためにはこのBoundaryを乗り越えて、書き換えていかなければならない。ここではじめて、なぜアメリカにやってきた私にHRのマネジメントがランチを色んな人と食べることを勧めてきたのかが理解できた。

EMBAの山場を越えた私は、時間もあったし、Boundaryを乗り越えるべく、もう一度ランチを考えることにした。シンプルに「毎週少なくとも3回は行くこと」「職位に関係なく、誘うこと」「最初になぜランチに誘ったかを説明すること」という方針を立て、Boundaryを乗り越えてネットワークを作ることを目的に据えた。3週間分くらい先までランチの予定を入れて、知らない人とランチに行く。大体20回のランチを色んな人といったことで見えてきたことがある。

まず、Boundaryを超えてネットワークが広がるということの意味を実感をもって理解できた。ネットワークが広がるのは基本的にはいいことだ。ただし広いだけでは意味がない。広げたネットワークに何を乗せるかが非常に大切だ。私の場合は「日本人である」「スイスでEMBAを勉強している」「もっとアメリカに溶け込みたい」「新しいチャレンジがしたい」という自分の要素や悩みをランチで伝えることにした。こうするとランチの会話も弾むし、自分というブランドのイメージを相手に整理して伝えられる。自分の悩みのようなものを話しているので相手との距離も一気に近づく。暫くすると、「XXから聞いたけど君は今ヨーロッパでEMBAをやっているんだってね。」と知らない人から声をかけられたり、新しい会議に呼ばれたりする。つまりランチによりネットワークが広がり、かつそのネットワークに自分というものをポジティブに、整理して乗せることができると、より組織に溶け込めるし、今まで見えてなかったものが見えてくる。これがランチ効果その1である。

次のランチ効果はメンタリティである。英語をやっているとなんだかすんなり英語が話せるときとすんなり話せないときがある。これは日本に居たときは二日酔いのせいだと思っていた。ただ、アメリカでは飲みに行くことが皆無なのに翌日スラスラと話せるときと話せないときがあるのはなぜだろうと考えた。私はこれは自分が話す状況にとらわれているか、いないかの違いであると思う。心理的な問題で、緊張しているか、緊張していないかということだ。自分の思っていること、考えを英語で伝えるときに緊張や物怖じしているとそっちに脳のエネルギーが使われてしまい、すんなりと英語が出てこない。逆にリラックスしていると自分でも驚くくらい英語がスムーズに話せる。もちろん毎回良く知らない相手とのランチは緊張する。場数を踏むことで緊張しなくなるという効果はまだ実感できていない。ただランチを重ねるとこの自分の緊張による英語への影響が観察できるようになる。「まだ、緊張しているから英語がすんなり出てきていない」とか「緊張が解けてきたから英語が滑らかになってきた」といった具合に自分のメンタリティと英語の関係が見えてきて、思うように英語が出てこないときの対処方が分かってくる。これがランチ効果その2である。

最後は記憶の定着である。シンプルにうろ覚えな単語がランチでの会話に出てくると辞書を10回引くより記憶に残る。また実際の使い方や発音も記憶に残る。そして勉強した単語を聴いたり、使ったりしていると英語を勉強している成果があったかのように思え、報われた気分になる。これがランチ効果その3である。

長々と書いてきたがランチは色んな可能性を秘めている。よく知らない人をランチに誘うのは相手に断られる可能性もあるので、勇気のいることであり、自身をVulnerableにする。またランチを食べる暇もないくらい忙しいときもあるだろう。ただ目的を持ってランチに臨み、ある程度まとめて続けてみると英語も含めて色んな効果が期待できる。今はCOVID-19のせいでランチプロジェクトは中断しているが、また落ち着いたら再開してみたい。そして組織の、国のBoundaryを乗り越えられるビジネスパーソンを目指すのだ。








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