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  多義語(over)の意味の展開        ~なぜ "start over" が「やり直す」になるのか~

John Lennonが1980年に射殺される直前に発表したアルバムDouble Fantasyの冒頭曲は、”(Just Like) Starting over" というタイトルでした。この "start over" は、「やり直す」という意味です。40歳という人生の折り返し点を迎えた John が、オノ・ヨーコと新しい出発をするという決意をこめて作ったアルバムだったのです。

英語の勉強をするときに、たくさんの意味を持つ言葉を、どのように捉えていけばよいのでしょうか。ここでは、認知意味論の枠組みを使って考えていきます。 "over" という単語を例に意味展開を見ていきましょう。

参考・出典:Lakoff, G. (1987). Women, Fire, and dangerous things: What categories reveal about mind. Chicago: The University of Chicago Press.
Brugman,C. (1981). Story of over.  M.A.Thesis. Berkeley: University of California.


【イメージ①上方を横切る】


様々な意味の一番中心にあるのは、「上方を横切る」というイメージです。
[イメージ①上方を横切る]

図1The plane flew over the city.

飛行機が町の上空を飛んだ

図2 The plane flew over the hill.

飛行機が丘の上を飛んだ

図3 The bird flew over the wall.

鳥が壁の上を飛んだ

[イメージ①の展開形1;接触]

上にある移動するものと下のものが接している場合(図4)はイメージ①と同じ捉え方ができます。

図4 Sam drove over the bridge.

サムは車で橋を渡った

図5 Sam walked over the hill.

サムは丘を越えていった


[イメージ①の展開形1;終末焦点]

イメージ①は、超えていったその先に焦点をあてると少し違った意味に
展開されます。

図6 Sam lives over the hill.

サムは丘を越えたところに住んでいる

図7 Sausalito  is over the Golden Gate Bridge.

ソーサリートはゴールデンゲートブリッジを渡ったところにある



【イメージ②上にある】


上で動くものが静止してもこのイメージは有効です。これを2つ目のイメージとします [イメージ②上にある]

図8 The picture is over the fire place.

絵が暖炉の上にある

図9では、電線が畑の上に静止状態であります。 [イメージ②上にある]

図9 The power line stretches over the yard.

電線が畑の上を通っている



【イメージ③覆う】


上にあるものが下のものを覆っている場合をイメージ③とします。
 [ イメージ③覆う ]

図10 The board is over the hole.

板が穴を覆っている

図11では、地面の上にたくさんの人がて、人を結んだ面が下の丘を覆っているとイメージしています。[ イメージ③覆う ]

図11 The guards were posted all over the hill.

衛兵たちが丘一面に配置された


図12では、歩いた軌跡を面と捉えて、軌跡が丘を覆っているとイメージしています。 [ イメージ③覆う ]

図12 I walked all over the hill.

私はその丘一帯を歩き回った


図13では、上が下を覆う関係が90°回転しています。

図13 There was a veil over her face.

彼女の顔をヴェールが覆っていた



【イメージ④再帰(自分自身の上を横切る)】


丸太が転がるとき、自分自身の上を横切ると考えることができます。このようなイメージ④を「再帰」と名付けます。

図14  Roll the log over.

丸太を転がせ


図15のように、ページをめくるのも再帰イメージです。[ イメージ④再帰 ]

図15 Turn the page over.

ページをめくれ


フェンスが倒れるのも同様です。[ イメージ④再帰 ] 図16のようにイメージしてください。

図16 The fence fell over.

フェンスが倒れた



【イメージ⑤超過】


川の水が堤を超えるのが、イメージ⑤です。

図17 The river overflowed.

川の水があふれた。

このイメージ⑤が「超過」の意味に展開されます。
I overate. (食べ過ぎた)
Don't overextend yourself.(あまり頑張りすぎるなよ)



【イメージ⑥反復】


Do it over. (やり直しなさい)の文の over は反復の意味を持っています。それでは、この反復の意味はどのようにして生まれたのでしょう。
 この文章の最初に書いた、John Lennon の "starting over"とう表現には、
Life is a journey. (人生は旅である)という metaphor (隠喩)が使われています。図18に示すように、今までの人生が「最初の旅」で、やり直すのが「2番目の旅」で、その上方をもう一度移動するのです。

図18 Let's start over. [ イメージ④反復]

やり直そう



【イメージ間の関係】


以上、"over" の持つイメージを6つに分けてみてきました。そのイメージ間にはどのような関係があるのでしょうか。一番典型的なイメージ①を真ん中に、少しずつ違う意味を持つイメージ②~⑥が周りを取り囲むように広がっています。

図19 the relationship among the images①~⑥


イメージ①~⑥の関係


【各イメージにメタファー(隠喩)を加えて新たな意味を生み出す】

”Starting over”で説明したように、[ イメージ①上方を横切る ]、に「人生は旅である」というメタファー(metaphor; 隠喩を加えると、「反復」という意味が生まれます。

図20では、[イメージ①上方を横切る] に「選ぶことは触れること」というメタファーが使われています。

図20

サムは昇進を見送られた

つまり、サムは、「君が次期課長だよ」と肩をたたいて(選んだことを触れることで示す)示されなかったのです。



図21では、[イメージ①上方を横切る] に「人生は旅」というメタファーが使われており、離婚はその旅の途上にある障害物だと捉えられています。

図21 Harry hasn't got over his divorce.

ハリーは離婚の痛手から立ち直っていない


図22では、[イメージ④再帰] に「考えることは調べること」というメタファーが使われています。問題を物と捉え、それを回してあらゆる角度から見て調べているイメージです。ですから、「問題をじっくり考えている」という意味が生まれるのです。

図22 He turned the question over in his mind.

彼はその問題をじっくり考えた


図23では、[ イメージ①展開形2;終末焦点 ] に、「活動は道を歩いていくこと」というメタファーが使われていると考えられます。「道を歩いていく」という活動が終わり、その終わりの地点に活動があるのです。

図23 The play is over.

その劇は終わった


図24では、[イメージ②上方にある ]に「支配力は上」というメタファーが使われています。

図24 She has a strange power over me.

彼女は不思議な力で私を支配している

以上みてきたように、中心から展開したイメージに、様々なメタファーを組み合わせることによって、様々な意味が生み出されているのです。


【最後にアドバイス】



英語学習で大きな問題である多義語を考えるときに、上に示した認知意味論的アプローチは大変有用なものです。出会った文の中での単語の意味と自分の知っている意味が違う場合、なぜそうなるのかを考えて、もしつながりがつけられれば、多義語の意味のネットワークが頭の中にしっかりと残ることになります。それは、英文を作る時にも武器になります。
 しかしながら、残念ながら、すべての多義語の意味が簡単に関連付けられるとは限りません。メタファーには文化的違いがありますし、言葉には数学的な緻密な論理では説明しきれないあいまいさが残るのも事実だからです。そういう時は、とりあえず、別々の語義がある、と思っておくしかありません。後々、「あ~そういうことだったのか」と思えることを期待して。言語の学習には、そのような「曖昧さ」に対して寛容であることが求められます。万事、理想と現実には、バランスが必要です。
 

【参考文献】


冒頭に示した、この文章の元ネタ以外に参考書を示しておきます。最近ではこのような本がたくさん出ていますので、本屋で手に取ってみてください。

辞書:『Eゲイト英和辞典』田中茂範、武田修一 川出才紀 編著 2003 
     ベネッセ

専門書:
『心の中の身体~想像力へのパラダイム転換~』マークジョンソン著   
    菅野盾樹、中村雅之訳 1993      紀伊国屋書店

一般向け図書:
『認知言語学の基礎』川上誓作 編著 1996 大修館
『英語のパワー基本語 基本動詞編』田中茂範 2011 コスモピア
『英語のパワー基本語 前置詞・句動詞編』田中茂範 2011 コスモピア



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