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Encounterを聴いて受け取ったこと

(注:この記事は先日発表された、ボカロPのOrangestar氏の新曲「Encounter」の内容に大きく触れているので、未聴の方は楽曲を聴いてから読むことを推奨します)

何ならこんな記事読まなくて良いので曲だけでも聴いて下さい↓

2024年2月16日18時30分、YouTubeのプレミア公開で初公開
(十分遅れてニコニコ動画でも公開、翌日0時0分から各サブスクの配信も開始)
された、Orangestar氏の1年10ヶ月ぶりのNewシングル─
であり、「ポケモンfeat.初音ミク Project VOLTAGE」(以下ポケミク)十二番目のオリジナル楽曲─「Encounter」。

(ポケミクについて詳しくはこちら↓)


↑ポケミク公式X掲載の本人コメント。
主人公と相棒ポケモンが伝説のポケモン・ルギアと
邂逅する一瞬を切り取った楽曲となっている。

単純に私の感想だけで言うと、文句が付けられないくらい良い。
心がキュッとするような切なさとノスタルジー、壮大さや神秘さ、そしてほんのり香る希望。そんな印象。じんわり心に来る一曲だった。

アレンジは打ち込みピアノとシンセサイザーがメインで、曲調もあり中々にEDM色の強いもので、昨年8月に発売された最新アルバム「And So Henceforth,」を思わせる。
彼の曲には珍しく100を切ったbpmと合わさると、今までの曲には無かったチルい雰囲気も感じる。布団の中で聴くと安心して眠れそう。

そこに加わる遼遼氏が奏でるアコースティックギターの音色は異物かと思いきや、清涼感と神々しさのあるシンセと温かく爽やかで風のようなアコギの生音は絶妙に噛み合っておりこのバランスも素晴らしく、曲のコンセプトにばっちりだった。

一番を決めろ、二番を決めろ、と言われたら一日使って悩むくらいOrangestar氏の楽曲はどれも大好きな私だが、今回の新曲はトップ10入り確実なくらい好きかも知れない。

これは「Encounter」に限らずOrangestar氏の楽曲全般に言えることだが、
歌詞の言葉選びが本当に秀逸。

ルギアが海から上がってくる表現が印象的なイントロの15秒が明けると、初音ミクの優しい掠れ声が、くぐもった低音でこう歌い出す。

懐かしい海の香りに足を止める
あの頃より少しは強くなったね
未だに僕たちじゃ
どうしようもないことばかりで

風にさざめき立つ波と気まぐれな通り雨に
耳を澄ましている
それは穏やかな夢みたいで

もう、良い。めちゃくちゃ良い。
初めて聴いた時、言葉選びの美しさに叫びたい衝動を堪えて悶絶していた。好き。
“未だに僕たちじゃ”で一気に高い声になるの、ずるい。この人の初音ミクの声って本当に消えちゃいそうだ。気持ちよく胸が締め付けられる高音。

“懐かしい海の香りに足を止める”
ということは、

歌詞中の「僕」=本人コメントでの「主人公」=ゲーム内でプレイヤーが操作するトレーナー

は、過去に一回は今いる場所=海のそば に来たことがある前提なのだろう。「あの頃」というのは、以前この海辺に来た頃で間違いない。

“あの頃より少しは強くなったね”と昔に思いを馳せ、自分と相棒ポケモンの成長を認めながらも、
“未だに僕たちじゃどうしようもないことばかりで”
と、いくら自分達が成長しても変えられない現状があることを憂う歌詞。

この二フレーズ、ものすごくOrangestarを感じた。
いくら強くなっても、成長しても、人は常に悩みや壁にぶつかり続ける。完璧な存在になど誰もなれやしない。そんな切なさ。
Orangestar氏の楽曲の中で何度も表現されてきた、彼の哲学の根本である「人間の未完成さ」がここでも登場している。

ちなみに、この曲のタイトル「Encounter」は英語で「出会う」「遭遇」「鉢合わせ」「開戦」という意味の名詞で、ポケットモンスターとの実質的なコラボ曲に名付けるには最高の単語なのだが、
動詞として使われる場合の意味の一つに「困難に直面する」というものもある。
これは主人公の
“どうしようもないことばかり”
の現状を表しているとも受け取れるが、深読みのし過ぎだろうか……。

“風にさざめき立つ波と”
から曲調は少し変化し、本人コメントにもあった、ゲーム内のルギアを呼び出すためのアイテム「うみなりのスズ」の音が規則的に聴こえ始める。
同時に、低かったミクの声が段々高くなっていく。主人公のテンションが少しずつ上がっているようにも捉えられる……。

ここでの“気まぐれな通り雨”は、本当の通り雨なのか、それともルギアが海から上がってきたために降り注いだ無数の水しぶきの喩えなのだろうか。どちらにしても良い喩えだ。

不意に空高く巻き上がった一陣のそれに

一気に盛り上がりを見せる、人間には歌い辛い高音のパート。
“不意に高く巻き上がった一陣のそれ”というのはルギアを指している事で間違いない。

この曲の歌詞のすごい所は、上記のフレーズを始めとして、ポケモンに登場するワードが一つも入っていない所にもある。全て比喩に置き換わっている。
ぶっちゃけ、何も知らない人が楽曲のジャケットやMVのサムネを見ないで聴いたら、ポケモンとのコラボ曲だとは思わないだろう。
きっと、“あの頃より少しは強くなったね”も主人公=プレイヤーや手持ちポケモンの成長の事だとも思わないだろうし、いずれかのポケモン作品に触れたことのない人には “あの頃より〜強くなったね” の「エモさ」も十分に伝わらないだろう。
逆にポケモンやり込み勢が聴けば、散りばめられたポケモンらしい歌詞に必ずグッと来るはずだ。
「ポケモンとのコラボ曲」という意味では正統派の作詞ではないかも知れない。
しかし、Orangestar氏の持ち味の一つである美しい言葉による綿密な表現を活かすという点では、最高のバランスだと思う。
仮に、この曲の中で思い切り直接的にポケモンのワードが使われていたら、運営側がそれを強制してきたとしたら、Orangestar氏の作家性の一つが失われていたことになるのだから。
ここで、週刊ファミ通が「ポケミク」企画陣に行ったインタビューより、クリプトン・フューチャー・メディア佐々木渉氏の言葉を引用させて頂く。

コラボ楽曲をお願いするにあたって、もっとも気を付けたのはボカロPさんたちの作品の制限とならぬよう、持ち味を最大限活かしてもらうことです。語弊を恐れずに言えば、ポケモンのテーマソングらしさを重視するあまり、そのボカロPさんの持ち味が少しでも失われるようなクリエイティブをさせてしまうことは、絶対にあってはならないと考えていました。もちろん、ここまでのお話を聞いてご理解いただいていると思いますが、ポケモンさんも理解していてくれていたので、実際のところ大きな心配はなかったです。

ファミ通.com

私は前回のnoteで、
「Orangestarがポケミクに参加するとか無いと思ってた」
理由を拙い文で書いたが↓
このインタビュー記事を先に読んでいれば意見は少し変わっていたかも知れない。

作りたいものと個性重視の、ただのコラボとはひと味違う企画だ。
Orangestar氏が受けたのも頷ける。

Encounterの一番は、

言葉は出ないまま

という一節の後、ドロップが入って終わる。

ドロップというのは、EDM系の楽曲に多く登場する、その楽曲が一番盛り上がって曲調が変化する部分のことだ。
「サビ」との違いとして、歌詞の入らないインストゥルメンタルで表現されるという特徴がある。

同じOrangestar氏の楽曲の中では、「And So Henceforth,」収録曲の「Pier」にもこのドロップが使われている。

話を戻そう、つまり“言葉は出ないまま”というフレーズを最後に、本当に言葉=歌詞が途切れるのだ。

海から上がってきた伝説のポケモンと予期せぬ遭遇(Encounter)を果たし、その神々しさに強い畏怖を抱き、体を動かすことも、頭の中で言葉を紡ぐことすらも忘れて見入っている主人公の姿を、一番盛り上がる場面に歌詞をつけないことで聴き手に伝えて来る、センスしか無い。

ドラマの重要なシーンで音声を切って映像だけ流して(もしくは映像とBGMだけ流して)、登場人物の無我夢中さや、目の前で起こっている一つのことだけに集中するさまを表現する手法と似たものを感じた。

仮にこの曲に対して、間奏が長いだとか、サビに歌詞を付けた方が良かったとかの感想が寄せられたなら、それは全くお門違いな意見だ。
ここまでも一番盛り上がる部分でインストだけを使うのが正解な曲、そうそう無いと思う。

懐かしい海の香りと誰かの声
「あの頃よりあなたは強くなったね」

“あの頃より少しは強くなったね”と違ってかぎ括弧に括られているということは、主人公では無い誰かの声という解釈で良いだろうか。
その誰かというのは、例えば主人公の友人や家族のような、歌詞には登場しない誰かの可能性もある(し、そもそもOrangestar氏は特定の誰とは定めずに書いたかも知れない)が、やはり海から上がってきたルギアの言葉と考えるのが妥当な気がするし、私はそっちの説の方を信じたい。

テレパシーか何かで主人公の脳に直接語りかけていて、主人公も受け取れているメッセージなのだろうか。
もしくは、ルギアはそんな意味合いのことを主人公に伝えようとしているが、人間の言葉は使えないので主人公には届いていない……のかも知れない。

どちらにせよ、この歌詞がルギアの台詞に当たるならば、以前この場所に来た時にも主人公はルギアと会っていたと受け取れる。
ルギアが主人公が“強くなった”ことを知っているということは、主人公の以前の(ポケモンバトルでの)強さを知っていることになり、もしかすれば主人公は以前この場所でルギアに会った時、ルギアを捕まえようと(もしくは伝説のポケモンに挑んで自分の力を試そうと)バトルを挑んだのだろうか。
一番の“あの頃より少しは強くなったね”という歌詞から想像するに、その時は勝利は出来ていないのでは無いか。

この辺りは考えだしたらキリがない上、細かい部分の正解はこれといってないだろうし、Encounterという楽曲においてストーリーや背景はそこまで重要では無いのでこれ以上は省く。

大人になったって 何も変わりやしないこと
ばかり? ねぇ

作詞にしても、小説や漫画にしても、エッセイなんて一番露骨で、
言葉を使う創作というのは、作品の皮を被ってぼやかされているが、作者自身の気持ちや趣味や思考といった内面を鏡のように優秀に映していて、時折それらは分かりやすく主張してくる。
そもそも創作というのが、作者自身の内面から直接抽出されているようなもの達なのでそうなるのは当たり前だ。

“大人になったって〜”を聴いた時も感じた。
Orangestar氏がEncounterを作っていた時に思っていたこと、丸っきりそのままなのでは無いかと。
そう考えてみると、“あの頃より〜”や“未だに僕たちじゃ〜”等のフレーズも、ゲーム内のトレーナーの事という設定ではあるが、現実世界に暮らす私達の感情にも重なってくるし、最初からそういう意味も込めて書かれていたのでは、とも思う。

各ボカロPが今回依頼を受けた際、まず自分にとって「ポケモン」と言えば何か、楽曲として膨らませられそうなテーマは何か、思いを馳せただろう。
それがOrangestar氏の場合ルギアだったのは明らかだが、Encounterが生まれるまでには、そういった自身が持つポケモンの思い出を掘り返す工程、そのものが重要だったのではないか。

何となく、「Encounter」全体から滲み出ている「冒険を終えてしばらくした日に追憶に浸る主人公」感と、
「ポケミク」の依頼を受けたことをきっかけに、子供の頃のワクワクするポケモンの思い出たちを掘り返すボカロP達は重なって見えるからだ。

Encounterのどこかノスタルジックで切なさ漂う世界観や、「懐かしい海の香り」「あの頃より」「未だに」「大人になったって」といった「過去と今」を連記させるフレーズ達は、
Orangestar氏が今までのポケモンの思い出、そしてそれに紐づいているその時々の自分を振り返った時、自らの中に生まれたもの達から直接抽出されている気がしてならない。

何も言葉はいらないよ
晴れ渡る青い空に 僕が願う通りの
鮮やかなイメージだけ

この“何も言葉はいらないよ”は一番の“言葉は出ないまま”との対比となる一節だろう。

“僕が願う通りの鮮やかなイメージだけ”と併せて、難しいことは考えなくて良い、思うままで良いんだよと自身に呼びかけているような、もしくは、「それで良いんだ」と気付きを得たような、ニュアンスに読める。

打って変わって前向きさを感じるのは、“晴れ渡る青い空”がまさに希望の象徴だからというのもあるだろう。Orangestar氏の楽曲の中でも快晴や夜明けは頻繁に希望・光として描かれている。

常時曇天のMVへのカウンターのような、そして確実にこの後この空が『霽れ』るんだろうと信じさせてくれるようなこの一節に、
ファンなら思わず「青空待ってました!」と心のどこかで嬉しくなったはずだ。

遠い空高く舞い上がった一瞬の風に
何処までだって

ボーカルチョップを挟んで、この一節がもう二度繰り返されて曲が終わる。

清々しさを感じさせてくれる締めだ。
共感出来る後ろ向きさがありながらも最後には希望を残して終わっていく構成は実に彼の曲らしく、聴く者の背中をじんわり押してくれる。

完全に前を向きれたわけじゃないしこれからも俯くことは分かっているけれど、それでも歩いていこうと言いたげで、「空奏列車」「CITRUS」「DAYBREAK FRONTLINE」のような力強さはない雰囲気は、「Nadir」や「ノクティルーカ」や「Aloud(及びAloud ASH,ver)」等に似ている。

これら3つ(いずれも2021〜2023年発表)のような最近の彼の楽曲群は、高校生の頃に作られた「未完成エイトビーツ」や「未収録OSC」の収録曲達が含んでいる若さ故の青々しさやみずみずしさ、純粋さは影を潜め、落ち着いた雰囲気やおしゃれさ、ダウナーさがより濃くなっていると感じる。

一方、2021年発表で比較的最近の曲である「Surges」はまさに全力の青春を歌った曲ではあるが、
“君も知らぬ君はそこにいつだってその先を目指している”のような歌詞や、
タイトルのSurgesが「ほとばしる」「逆巻く」「どっと湧いてくる」という動詞の
「“三人称”単数系」であることから、一生懸命な誰かを外から応援する者として書いた曲のように思う。
その点、思春期ならではの苦悩から生まれた当事者視点の10代の頃の楽曲達とは少し違う匂いがする。
どちらが良いなんてことは無いし、この変化も含めて楽しめる。

話が逸れてしまったが、今回のEncounterは処女作から継承され続けてきたOrangestar曲の芯の部分と、歌詞やEDM味強めの曲調等の最近の曲らしさに加え、アコースティックギター+シンセサイザーのアレンジだったり、しっとり落ち着いた雰囲気があったり(個人的夜寝る直前に聴くべき蜜柑星曲ランキング・第一位)と、目新しい要素も多かった。

そして、ポケモンへの愛やリスペクトを、上手く自分の音楽に取り入れていた。「ポケモンの曲」ではなく、完全にOrangestar氏の曲だった。
コラボ曲らしさは薄かったけれど、それもあるべきポケミク曲の姿の一つなのだろう。
とにかく、期待を遥かに超えていかれた。

最後に、
本当にこの曲の、というかOrangestar氏の
「強いメッセージがなかったり、曲の世界観の輪郭をとるようなタイプの歌詞」(濫觴生命、Still-Gate、霽れを待つ、白南風、etc…)は、感性だけで触れて、言葉にしづらい良さにうっとりするのが至高だ。
第三者が曲の中から取り出して「分かりやすく」したら途端に淀んでしまうような、作者にしか取り出すことの出来ないような繊細さを孕んでいる。
なので勝手に「解釈」することも心苦しかったが、この曲を語る上で外せなかったのでさせて貰った。
本当に“何も言葉はいらないよ”。

これからの未来Orangestar氏の作風がどう変化していくのか、一体どんな曲が生まれていくのか、一層楽しみになった。
これからも一ファンとして応援させて欲しい。
素晴らしい一曲をありがとうございました。

ヘッダーはM.B様(https://twitter.com/yo_draw)
のイラストをお借りしました。


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