強化人間は赤ずきんの夢を見るか   ~カテジナ・ルースはなぜカルルマンの名前を聞いて泣いたのか~

(ネタバレあります。
本編の内容を一部文字起こししています。著作権者の権利を侵害する意図はありませんが、不都合がありましたらご連絡ください)

闘いが終わって、生き残った子供たちとマーベットは、亡くなった仲間をカサレリアに弔い墓を建てていた。
エリシャはその端のまだ新しい墓に眠るオデロに、春までの別れを告げた。
彼らはワッパに分乗してその場を後にした。

一方シャクティは、近くの川で洗濯をしていた。
その傍らにはカルルマンとフランダースもいた。
川にかかる橋で遊ぶカルル。そこに一人乗りのワッパが通りかかった。
乗っていたのはカテジナだった。
目には光が無く、質素な身なりをしていた。
「人がいらっしゃるのですか?」
予期せぬ来訪者にフランダースは唸り、シャクティに制された。
「はい、なんのご用でしょう」
「ワッパのオートコンパスが壊れてしまって方向が分かりません。ウーイッグはどちらでしょう?」
「ああ――。ここからもう少し南ですけど。うちにコンパスのスペアがありますから差し上げます」
シャクティはカテジナの方に駆け寄って言った。
「教えて下さるだけでいいんです。お金は……ありませんから」
「目もご不自由なようですし、いいんですよ。すぐ持ってきます」
そう言ってシャクティは自宅の方に走って行った。
カテジナは辺りを見回すようなしぐさをしていた。
そんなカテジナにカルルが声をかけた。まだ幼いつたない口調で。
「こんにちは」
「こんにちは。お名前、なんて言うんですか?」
カテジナはカルルの声の方を向いて言った。
「カルル!」
「カルル? いい名前だ」
「カルルマン」
カテジナは足元のカルルに向けていた顔を上げて正面を向いた。
あたりに雪が落ちてきた。
カテジナとカルルの近くをフランダースがゆっくり歩いている。
しばらく前を向いていたカテジナが雪に気付いた。
「雪?」
そこにシャクティが戻ってきて、コンパスのディスクを入れ替えた。
「メモリーはいつも使っているものですから、間違いなくウーイッグへ行けますよ」
そう言ってカテジナの顔を見上げ、カテジナが声も無く涙をながしているのに気づいた。
「どうなさいました?」
「――いえね、冬が来るとわけも無く悲しくなりません?」
わずかに動揺しているような口調にも聞こえた。
「そうですね」
そっけなく答えながらシャクティはカテジナから離れた。
「ありがとう。お嬢さん」
そしてワッパは再び動き出した。
カルルを抱いたシャクティは、その姿を見送っている。
カテジナは涙を流し嗚咽していた。
家の前にいたハロが立ち去るカテジナを見送ったのと入れ違いに、墓参りに行っていたメンバーが帰ってきた。
「シャクティ、誰だったの?」
ウォレンがたずねた。
「道に迷った旅人よ」
ウォレンはエリシャとマルチナを送って行き、身重のマーベットはそれを見送った。
ウッソはシャクティからカルルを受け取って抱き上げた。
「シャクティ、手が氷のようだよ」
「川で洗い物してたから」
「そう」
ウッソはカルルをあやすように抱え上げながらその場を去った。
残ったシャクティはしばらく一方を見ていたが、こらえきれず涙を流した。
カテジナが乗るワッパは、まっすぐどこかへ向かっている。
うっそうとした景色の中、ヴィクトリーとV2が打ち捨てられたように雪にさらされていた。

1.ラストシーンの解釈

Vガンダムのラストシーンです。
とても印象的な場面でした。
闘いが終わってカサレリアに戻って来たウッソとシャクティ。
他の子供たちとマーベットもカサレリアとその近郊に居住していることが伺えます。
どうやらマチス・ワーカーの妻子も、頻繁に行き来できるところに住んでいることも言及されています。
墓参りでシャクティ以外が不在の時、そこに最後までウッソを苦しめた敵カテジナが通りかかる。
目が不自由で金もない状態で。
すべてを失ったカテジナは故郷のウーイッグに向かっている。でもワッパの地図(自動運転装置)が壊れて道に迷ってしまった。
シャクティは地図の部品を交換して、カテジナを送り出す。
立ち去るカテジナも残ったシャクティも涙を流すけれど、その理由は説明されない。
互いにそっけなく、ただの行きずりの二人のようなそぶりでいるので、相手に気づいていたのかどうかも判らない。
いかようにでも解釈できて、これでどんぶり飯3杯はいけます。

記憶喪失とか記憶障害なんて言われてますが、カルルの名前を聞いて呆然として涙を流していたから、記憶はあるんでしょうね。
それが100%なのか断片的なのかまでは判りませんが。
このラストシーンは渡辺久美子さんの演技が抜群に巧くて、凄味さえ感じます。
そこまで感情に乏しい話し方をしていたカテジナが「いえね、冬が来ると~」のところだけ、動揺を隠しきれずにいるのが伝わってきます。
あと「お金はありませんから」も絶妙です。
感情を押し殺しているけれど、言いにくそうにしているようにも聞こえる。

私の解釈ですが、シャクティは当然初めから気づいてますよね。
気づかない道理が無い。
そしてフランダースも気づいている。
カテジナは、たぶんここに至るまでにいろいろあったのでしょう。
戦争中のこともそうだし、その後も彼女にとって辛いことがあったのだと思います。
だから感情を表に出さず、心を閉ざしているように見えます。
北斗の拳のアイリさんが、あまりにひどい目に遭いすぎて人形のように従順になっていたアレですね。
感情が無いなら傷つかなくてすみますから。
抗った末にけっきょくねじ伏せられて従うよりは、抵抗せずに受け入れた方がマシです。
絶望という結果しか用意されてないなら、無駄な希望なんか持たない方が気持ちの落差は小さい。
心理学でいうところの「学習性無力感」というやつです。
カテジナは初めは気づいてなくて、カルルマンという名前を聞いて思い出したのでしょう。
ここがどこなのか、目の前にいる女と子どもが誰なのか。
キョロキョロしている描写があるので、目は不自由ですが全盲というわけではなさそうです。
人の顔は識別できないようですが、たぶん光の有無だったり色のコントラストとか動くものは判るとか、いわゆる弱視なのだと思われます。
あるいは音を頼りに周囲の状況を読み取ろうとしているか。
フランダースはカテジナがカルルに気づいたことを察して二人の近くに来ました。
カテジナが不測の行動に出た時にカルルを守るために。
しかし今のカテジナは無力だし、戦争が終わってカルルやシャクティに何かをする動機はありません。
知らないふりをしているシャクティの好意に乗って、カテジナも気づいていない演技をします。
「ありがとう。お嬢さん」というのは、そういう含みがあるセリフでしょう。気づかない振りへのお礼。
でもこぼれる涙をこらえることはできませんでした。
「わけもなく悲しくなる」と言い訳をしましたが、カテジナが泣いていることからシャクティもカテジナが気付いたことを察しました。
「そうですね」そっけなく答えるといたたまれずに顔をそむけて離れます。
カテジナはその場を立ち去り、誰もいない荒れ野で隠すことなく嗚咽します。
シャクティは戻ってきたウッソたちに「道に迷った旅人」と説明しました。
二人とも「道に迷った旅人」と「親切な住人」として出会って別れたのですから、それは嘘ではありません。
でも、その旅人が見知らぬ他人ではないという事実は伏せられています。
カテジナ自身もそれを望んでいたけれど――。

二人の涙の意味は、察することはできるけれど判りません。
単純に「この理由です」と断言できるようなシンプルなものじゃないのかも知れません。
自分の行為への後悔かもしれないし、待ち構える運命への嘆きかもしれない。ひとつ選択が違えば、自分がそこにいたかもしれない皮肉を思っているのかもしれない。
それらの感情がないまぜになっているのかもしれません。

ここでカテジナと出会ったのがウッソだったら、遺恨を越えて手を差し伸べようとしたかもしれません。
(そして現実的に、他の仲間がカテジナを受け入れられないことで苦しむでしょう)
他の子供たちなら恨み言の一つもぶつけたでしょう。
もちろんシャクティだって、カテジナに思うところはいろいろあるでしょう。
でもカテジナの運命を狂わせたのは、シャクティの母が統治するザンスカール帝国と叔父クロノクルなのです。
シャクティ自身が悪いわけではないけれど、だからといって無辜とも言い難い。少なくともカテジナにしてみたら皮肉くらい聞かせたい相手だと思います。
この二人は「もし運命が少し違えば、立場が入れ替わっていたかもしれない」存在なのです。
事実、帝国はシャクティを姫として迎えようとしていたのだから。
自分の相手に対する被害性と加害性、両方を飲み込んで二人は見知らぬ人同士として別れたのです。

シャクティとカテジナは同じコインの表と裏。
では、その運命を分けたのは何なのか。
なぜカテジナは、他の切っ掛けではなくてカルルマンの名前を聞いて状況を察したのでしょうか。

2.赤ずきんの選択

童話「赤ずきん」という話はご存じでしょう。

赤い頭巾をいつも身に着けているので「赤ずきん」と呼ばれている女の子がいた。
ある日母親に言いつけられて病気のおばあさんの見舞いに向かった。
そこに狼があらわれて、赤ずきんをそそのかして足止めをし、先回りしておばあさんを食べるとそのベッドに入って赤ずきんの到着を待った。
赤ずきんはおばあさんの様子がいつもと違うのを怪訝に思いながら近づき、彼女も狼に食べられてしまった。
お腹がくちくなった狼は、そのままベッドで眠り込んでしまった。
通りかかった狩人が狼を見つけ、狼の腹から赤ずきんとおばあさんを助け出した。

だいたいこんな話です。
「おばあさんのお耳は、どうしてそんなに大きいの?」「お前の声が良く聞こえるようにだよ」なんていうやり取りのおもしろさが印象に残る話ですが、ここでのポイントはその前。
狼が赤ずきんの足止めをするシーンです。
森の奥に向かう赤ずきんに狼が「この先にきれいなお花がたくさん咲いているよ」と促して、赤ずきんはおばあさんに花を持って行くことにします。
今知られている話はだいたいそんな感じです。
底本になっているのはグリム童話あたりでしょう。
グリムの前には「青ひげ」や「長靴をはいた猫」で有名なペローもこの話を取り上げています(そしてヒロインの赤い頭巾はたぶんペローの創作)。
その前は民話として人々の間で伝えられていたようです。

その民話の頃の類話のひとつでは、狼はお使いに出た少女に選択肢を示します。
「どっちの道を行くのかね?」「針の道かピンの道か」と。
少女は針の道を選び、狼はピンの道を走って先回りしておばあさんを食べてしまいベッドで少女を待ち構えます。
狼は少女を誘い、少女はいったんベッドに入りますが機転を利かせて外に出て逃げることに成功します。
「針の道」と「ピンの道」というのは比喩です。
針というのは針仕事のことで、ピンは縫わずにピンで留めること。
現在では100均にも「裾上げテープ」とか「手芸用ボンド」が売ってるから少し判りにくいですね。
学校でスカートやズボンの裾の縫い目が落ちた時は、裁縫道具を出して縫うか裏から安全ピンで留めるかの二択です。
ピンで留めるというのは、その場しのぎの間に合わせです。でも、表面的には取り繕える。
かつて少女にとって針仕事というのは必須のスキルでした。
間に合わせの対応ではなくてきちんと労働を選択できる少女は、危機になっても助かります。
(語り手は聞き手の子供に実際に道を選ばせたりもしたのでしょう。そしてピンの道を選んだバージョンでは、少女は助からないわけです)

もっと判りやすい話にグリム童話の「ホレおばさん」というのがあります。
ある家に娘が二人いて、一人は実子でもう一人は継子でした。
細かい内容は検索でもして読んでもらうとして、要約すると「継子は労働をいとわなかったのでホレおばさんから財産を授かり、実子は自分も財を得たいと継子のマネをするが怠け者なので罰をうけた」というような話です。

また日本には「はなたれ小僧さま」という話もあります。
竜宮から願いをかなえてくれるはなたれ小僧さまという童子を授かった男はその童子の力で財を得るけれど、いつしか汚い童子を疎んじ「どこかに行ってしまえ」と言い、童子はいなくなり財産も同時に失ってしまったという話です。

お察しの通り、この労働や汚い童子に当たるのがカルルマンと言いたいわけです。
運命の神はカテジナに赤ん坊を託して試します。
おまえは与えられた義務を果たせるのか、と。
覚えておいででしょうか。
元々カルルマンは、カテジナに抱かれてリガ・ミリティアに来たのでした。

3.カルルとカテジナ

ウーイッグがベスパに空爆されていた。
父親に反発し家を出たカテジナのすぐ近くで、赤ん坊を抱いた女性が機銃掃射を受けて倒れた。
敵から奪い取ったシャッコーに乗っていたウッソは、そのベスパの機体ゾロにとびかかった。
勢いあまって壁にもろともにぶつかり、そのまま墜落した。
朦朧とするウッソが見たのは、シャッコーに抱え込まれているゾロから逃げたパイロットが撃たれて死ぬ姿だった。
いきなりコックピットが外から開けられた。
開けた人物は、コックピットにいるのが少年というのに驚くのだった。

ウッソが気付いたのは、ウーイッグの市民が避難している建物の中だった。
そしてそこはカテジナの膝の上だった。
意識を失ったウッソをカテジナは膝枕で看病していたのだった。
慌てて起き上がったウッソにカテジナは「あなた、モビルスーツを操縦していたんですって?」と耳打ちした。
「たまたまです。偶然です」そう答えるウッソに、赤ん坊を抱いた中年女性が「坊やがこの赤ちゃんを助けてくれたんですってね」と言った。
怪訝そうなウッソに代わってカテジナが「ええ。とても勇敢だったんです」と答えた。
その時地響きのような衝撃が走った。
ベスパがリガ・ミリティアの地下工場の場所をこの辺りと見こんで攻撃を仕掛けたのだった。

攻撃が収まった時、避難所だったところは瓦礫の山になっていた。
その中に閉じ込められたウッソは他の生存者がいないか声をかけた。
赤ん坊の泣き声が聞こえ、そしてカテジナが声をあげた。
明かりを向けると赤ん坊を抱いたカテジナと、傍らにウッソのハロがいた。
どうやら生存者はこれだけのようだった。
空気の流れを頼りに穴をあけると、旧世紀の地下鉄跡につながっていた。

ウッソたちはシャッコーに乗り、廃墟と化したウーイッグを後にした。
カテジナは赤ん坊を抱いて想いを巡らせた。
「家はめちゃめちゃで、父の姿も見えなくなっていた。2.3日前から出歩きっぱなしの母は、どうせウーイッグの外で男にでも会っているんだわ」

カサレリアへ帰ろうとしたが、ゾロがそちらに向かうのが見えた。
いったんカテジナを降ろし、カサレリアを守るためにゾロに向かって行った。
カミオンの援護を受けて敵の撃退に成功した。

赤ん坊を抱いたカテジナとウッソは、カサレリアにいたシャクティたちやカミオンの老人たちと合流して行動を共にすることにした。
「ウッソ、これからどうするの?」と不安に思うシャクティの視線の先には、カテジナから赤ん坊を受け取るウッソの姿があった。

ちなみにこの話の冒頭はシャクティのモノローグから始まっているのだけれど、その時赤ん坊はシャクティに背負われています。
シャクティが「ウッソに何があったか」を回想して話が始まり、話の終わりは回想している時点に戻るという構成になっている。
つまり物語の最初と最後は、シャクティが赤ん坊の世話をしています。

カテジナはカルルマンを保護したけれど、早々に他人に預けてしまいます。
まあ、そもそも誰かから明確に「この赤ん坊を頼む」と言われたわけでなく、行きがかり上なんとなく保護したくらいの認識だと思います。
とはいえ17歳のカテジナが11歳のシャクティに子供を押し付けるのは、けっこう無責任ですね。
ただ、不法居住者として小さいコミュニティで自給自足しているシャクティは11歳にして自立しているけれど、カテジナはまだまだ親がかりの子供です。生活力が全然違います。
実際、シャッコーで移動しているときにカテジナが考えていたのは、腕の中の赤ん坊のことではなくて自分の親のことです。

4話の冒頭のシャクティのモノローグで「カテジナ・ルースさんって、赤ちゃん嫌いなのにね」とけっこう唐突に嫌味を言われてしまいますが、「嫌い」というよりは「今まで接したことが無いから、どうしていいのか分からない」くらいが正解じゃないかと思います。
だいたいカテジナは、保護した赤ん坊を自分(たち)が育てることになるとは想定していなかった気がします。
たぶん施設にでも引き渡して終わりと思っていたのが、都市の機能がダメになったから引き続き手元に置いているだけかと。
(まあ、このあたりは想像ですが。自分自身が家も家族も無くしたばかりなのに赤ん坊の人生まで背負うのは、そうとう肝が据わってないとできないだろうなと)
だからリガ・ミリティアの誰かに託した段階で、自分は保護者役を降りたつもりなのでしょう。

基本的にカテジナはカルルに対して興味がないようです。
ラストシーンで「カルル」と聞いてもピンとこなくて、「カルルマン」でやっと思い出しているし。
Vガンの世界で「カルル」がどの程度愛称としてありがちなのか判りませんが。
例えばお笑いに興味が無い人はバラエティ番組で「うちの殿が~」と誰かが言ってるのを聞いても即座に「ビートたけし」を思い出せないでしょう。
愛称というのは内輪では本名より通じやすいけれど、部外者にはとても判りにくいものです。
カテジナにとってカルルは、その程度の存在なのです。
愛称ではピンとこなくて、正式な名前だと「ああ、あの時の赤ん坊」と思い出すくらいの印象と親近感です。

4.カテジナの役割

物語の冒頭でカテジナに与えられた役割は、たぶんウッソや子供たちの母親役になることです。
ファーストでいうところのフラウ・ボゥのポジションですね。
カルルを育てながらウッソにおせっかいを焼いて世話をする役目。
実際に序盤のカテジナはウッソの保護者然とした振る舞いを見せています。

さっき書いたカルルとの出会いの場面を見てください。
目覚めたウッソにモビルスーツに乗っていたか訊ねるということは、カテジナはウッソがモビルスーツから保護された経緯を直接は知らないということです。
たぶんモビルスーツから降ろされたウッソの処遇に周囲の市民が困っている所にカテジナは行きあわせたのでしょう。
そこで「この子はベスパとは無関係です」と庇い、見聞きした範囲の情報から「赤ん坊を守るために勇敢に戦ったウッソ」というストーリーを作り上げたのが読み取れます。
そして意識の戻らないウッソに自分の膝を貸して世話をしている。
(膝枕って、自分はかなり親密度が高くないとできない。会社の飲み会で酔いつぶれた同僚に行き掛かりで膝を貸したことがあるけど、戸惑いと違和感が半端なかったです)

なぜカテジナにそんな母親の役割が与えられたかというと、ウッソにとって憧れの年上女性だから。
そしてなぜウッソは、カテジナが不法居住者を嫌っていると知りながら一方的に懐いているかというと、彼女がミューラ・ミゲルに似てるからですね。
たぶん。

しかしカテジナは与えられた役割もカルルマンも、何の感慨も無く手放します。
カテジナが手の中の赤ん坊を守り育てる道を選んでいたら――。
ウッソや孤児たちの母親役を務めあげていたら、どんな未来が待っていたのでしょう。
もしそんな未来があるなら最後にカサレリアにいたのはマーベットではなくカテジナだったかもしれません。
そしてフラウにハヤトがあてがわれたように、カテジナもそれに見合った相手と出会ったのでしょうか。
それは孤児たちを圧倒的な包容力で翼蔽するオデロか、女王の弟という立場に複雑な思いを抱いている一方でスージィの世話を焼き庇ってみせたクロノクルなのかもしれない……。そう、無意味な仮定ですが。

母に似ているからと一方的に好意を寄せられて、物語からは母の役割を押し付けられた少女カテジナ。
彼女はそれを投げ捨てて、軽やかに飛び立ちます。
自分が望んだ道を行くために。


カテジナは何になりたかったのか。
そのあたりも書きたかったけれど、ここでいったん区切ります。
初期のカテジナが何を目指していたかとか書きたかったのですが、このテーマとは離れてしまいそうだし。

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