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熊の痕跡を探して

 山に残されたある種の痕跡の数々は、かつてそこにクマがいた事を雄弁に物語る。

 前回に続き熊の話題を。これまで実物の熊に遭遇したことは一度きりなのだが、注意して見ると、これはツキノワグマによる仕業なのでは?という場面に出会うことがある。

 冒頭の写真を見てほしい。これは秩父市吉田太田部の植林地で撮ったもの。木の股になった部分に不自然に枝が溜まっているのが分かる。折れて落下した枝が1つの場所に向きを揃えて集まるとは考えづらいし、人がわざわざこのような高い位置に枝を残すという状況も想像しにくい。

 どうやらこれは、木登りしたツキノワグマが樹上でドングリなどの実を食べた痕である「熊棚(くまだな)」らしい。

熊棚。木の股に枝が積み重なっている。これが何の木か分からないけどとにかく美味しい実がなっていたのだろう

 軽井沢でネイチャーガイドをやっている施設のブログ記事が参考になったので引用させていただく。

折られた枝が、下の木の股に積み重ねられて、熊棚を形作っているのです。ツキノワグマは、梢の直下まで登って枝を折り、少し下の枝が太くなったあたりの木の股に座って実を食べ、そこに枝を積み重ねたのでしょう。

ピッキオ

 食べ終わった枝は自分の体の下に敷き、努めて居心地をよくするらしい。晩秋、木の実を求め、大きな図体でこれだけ高く木登りしたツキノワグマ…。来る長い冬に備え、きっと夢中で食事する姿が、そこにあったのだろう…。想像すると、熊棚一つにも何だか胸が熱くなる。幹に近づいて観察すれば、きっと爪痕も残っているに違いない。

 続いては、こちらのぼろぼろになった標識。登山道整備で両神山に登った時に見かけたものだが、プレートは文字が読めないほど壊され、表面にはひっかき様の傷跡も見られる。

自慢の爪や歯でえぐられたであろう案内標識

 ネット上でこれに関連して調べると、数多くヒットするのは、林業界で忌み嫌われる「クマハギ」だ。

クマ剥ぎとは,ニホンツキノワグマ (Ursus
thibetanus japonicus, 以下:「クマ」と呼ぶ。)がスギ (Cryptomeriajaponica) やヒノキ (Chamaecyparis obtusa) 等の針葉樹の樹皮を剥ぎ,形成層や内樹皮を歯でかじりとり,食する行為のことである(渡辺ら1970)。
(中略)
クマ剥ぎは,林内で胸高直径が大きく樹高の高い成長の良好な立木で発生することが知られており(斉藤1996), 特に林業経営において多大な経済的損失となる(杉浦 1994;和口ら 1995)。また,クマ剥ぎにより樹幹の全周を剥皮された樹木は枯死し,樹幹の一部を剥皮された樹木はその剥皮部位が腐朽しやすくなる上に,剥皮部位を巻き込むように肥大成長するために材価が著しく低下する

宇都宮大学農学部

 このクマハギへの対策が様々研究されているようだが、その一環として、林内で看板に使われる油性塗料がクマを誘引するとの調査結果が存在する。

林内各所に立てられたペンキ塗りの看板が次々とツキノワグマにかじられる被害もでている
(中略)
調査を総合して考えると,臭いのしない水性ペンキ,無処理の木杭,ポリ杭等に比べ,有機溶剤系の臭いのする油性ペンキ,シンナー,赤色スプレー,オイルステーン等を塗布した木杭が損傷を多く受けている。
(中略)
ツキノワグマが処理した杭に与える損傷は,主として杭に塗布した塗料の色ではなく塗料の臭い(特に有機溶剤系のもの)が原因となって引き起こされているものと考えられる。

京都大学農学部演習林集報

 先の両神山登山道の案内標識にどのような塗装や防腐処理が施されていたかは分からないが、被害の激しさを見るに、案内板としての役目を長く全うしてもらうために使うべきではない塗布剤の方向性は明らかであるように思える。

 あるいは、無惨にえぐり取られた案内標識の存在自身が、見る人にクマのパワーと危険性を伝える役目を身を以て担っていると言えなくもない。

 最後はおまけでこちらのハチの巣。地面に空いた穴の周囲に、ほじくられた後のようなハチの巣が無数に散らばっていた。

 ハチの中にはオオスズメバチを初めとして、地中に巣をつくる種類がいる。この痕跡に遭遇した時、土の中に手を突っ込み、巣を引っ掻き回すクマの姿が浮かんだのだがどうだろうか。もっと小動物によるものかもしれないし、そこは分からないです。

 他にも例えば足跡や糞、鹿だったら角も…。山歩きする際は、クマに限らずとも何らかの痕跡に注目して歩くのも面白いですよ。

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