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友とコーヒーと蝙蝠とバーレスク

目の前のカウンター席に宇宙人のお客が座り
「我々を驚かせてください」
とワケのわからない注文をしてきている。
コーヒーをいれればいいのか紅茶をいれればいいのか
はたまた別の何かをいれればいいのか
選択肢の正解がさっぱり分からず
僕はスリープボタンを押して
画面が真っ暗になった携帯ゲーム機をテーブルの上においた。

虚構と現実はスイッチ一つで入れ替わる。
携帯ゲーム機をテーブルに置いたあとカップを手に取り、中に入っている抹茶ラテを口に含み溜め息をつく。

僕は新宿のコーヒーショップチェーン店で
友人を待っている。
待ち合わせの時間よりもだいぶ早くついたので
携帯ゲーム機で、架空の世界のコーヒーショップ店員を操作しお客に飲み物を提供するゲームをプレイして時間を潰していたのだ。

時刻を確認すると
約束の時間の30分くらい前になっていたので
向こうの時間が空いたらすぐに動けるようにしよう、と連絡する、とすぐに
もう向こうは既に用事が終わっていたとの返事が返ってきた。
どうやら彼女は近くにいるようだったので
僕は今いる場所の地図の画像をメッセージに加え、
彼女を待っていた。
ほどなく彼女は目の前に現れ荷物を置いて飲み物を注文しに行った。

戻るなり彼女は今自分がハマッている男性アイドルグループの話を始め
僕はそれをうんうんと聞いていた。
やがて話題はつれづれに移り変わり、
キャッチボールのように交互に投げ返し
お喋りに興じた。
考えもなく口を動かすということはそれだけで楽しいものだなと、僕は思った。
ふと、どういう流れでそういうことになったのかは覚えていないが
バーレスクというショーイベントを開催しているお店に行くことになった。
バーレスクとは、BGMに乗りながらダンスをして最終的にはほとんど裸の状態にまでなるセクシーなパフォーマンスのことだ。
丸裸になるストリップとは異なり、乳首だとか下半身のセンシティブな部分は最後まで見せないのが特徴と言える。

お店にまだ席が空いているかどうかの連絡をしようとしたところ
彼女は、電子タバコの臭いが耐えられないのでここにいたくないと訴えてきた。
メッセージの文面も定まっていなかったけれど
彼女はとにかく出たがっていたので
いそいそと外に出ることにした。

靖国通り沿いの歩道は、休日の新宿らしい人混みだった。
緊急事態宣言が解除されたからなのか
そもそもそうでもないのかは分からないが
スマホを操作しながら歩くのは困難だと感じた。
お店を出てすぐ左側の、さくら通りに逃げ
先程の作りかけの文面を完成させたのち送った。
そのあと数分して、
丁度ゴジラビルの近くに差し掛かった時に
席はどうやら空いているらしいとの返信が来たところで、それは起こった。

「足に何かついてる!」
彼女は叫んだ。
歌舞伎町のど真ん中で。
ビックリして僕は反射的に彼女の下半身を凝視した。

確かに、彼女のズボン(ボトムスというらしい)太もも裏と思われる部分に
何かが引っ付いていた。
それは黒くて、野球ボールよりも一回り大きく見えた。
初めはスズメガの仲間か何かかと思ったが
羽の形状が明らかに異なる。
しかしよおく見てみると、それが何かはすぐに分かった。
「コウモリだ」
僕は言った。
彼女はさらに叫んだ。
「え、ちょ、どうにかして!!」
もちろん僕はどうにかしようと思っていた。
が、しかし直接手では触りたくない。汚そうだもん。
「け、蹴るよ?!」としどろもどろに聞いた
「何でもいいから!」と彼女から許可は出たものの
思いの外位置が高かったので
蹴り飛ばすことは難しそうだ、と思った。
別に日頃ストレッチをサボっていたために
足が上がらないとかそういうことではなく。
とは言えこのまま諦めるわけにも行かないので
どうしたものかと考え
咄嗟に僕は左足の靴を脱いで手に取り
漫才師のごとくコウモリをはたいた。
なんでやねん!と現状の何もかもにツッコミをいれたい気分だった。
コウモリは綺麗に回転しながら地面へと転がり込み、仰向けの状態になった。
"それ"が口をパクパクさせているのを見て
改めて自分がはたいたものは生き物なのだな、ということを実感した。
僕は近づいてマジマジと眺めていたかったが
彼女をほったらかしにも出来なかったので
名残惜しさから、コウモリの写真をSONY製のスマホで撮影し
彼女の方に駆け寄った。
彼女は明らかに冷静さを欠いていた。
「これバーレスクを見に行っちゃダメっていうことかな…!」
と彼女は呟いた。
「そんなワケないだろ…」と僕は言ったか、言わなかったか
それは覚えていないが
どうにかして彼女の気持ちを落ち着かせなければいけないな、と思った。

まず最初に、取り敢えずコウモリが引っ付いていた場所を消毒しよう、と提案した。
歌舞伎町だし、変な菌を持っている可能性もあったし
何より今現在世界を騒がせている某新型ウィルスはコウモリを媒介にして感染した説があるということが、頭をかすめたからだ。
近くにあったコンビニに入り
外国人の店員さんからたどたどしくも
消毒液の場所を教えてもらい、購入した。
コンビニを出てすぐ
噴射口を彼女の太もも裏あたりに向け
おおよその場所にアルコールを噴射していった。

そのあと、彼女はとにかく替えのズボン(ボトムス)を買いたいと訴えてきた。
メンタルが不安定になっていた彼女には申し訳ないが、バーレスクのショータイムに間に合うかどうかということが僕は不安だったので
一瞬間を置いて時間を確認した。
ショータイムまであと50分くらいはあったので、まあなんとかなるかな…と思い
彼女に同意して、伊勢丹へ行くことになった。
彼女が商品を物色している間
僕は日本のコウモリについて調べていた。
日本の市街地で見られるほとんどのコウモリは「アブラコウモリ」と言うらしい。
へー、そーなんだ、面白ー、と思って
それを彼女に報告すると
「思い出したくない、って言ってんじゃん!」
とあからさまに不機嫌な顔へと表情を変えたので
謝罪したのちもう彼女の前でコウモリの話題を口に出すのは止めようと固く心に誓った。
いいものがなかったのか
次はOIOIへ行くこととなった。
映画を見るためにここのビルへは何度も来ているが
そう言えば服屋をちゃんと見たことはなかったな。
と思った。
3Fのとある服屋で彼女は候補を二着にまで絞り、
最終的に僕に選んでと言ってきた。
彼女が着替えている間店員さんが
「信頼されてるんですね、よくご一緒にお買い物されるんですか?」と聞いてきたので
「いえ、一緒に服を買いに来たのは初めてですね」
と答えた。
ビックリしていたが、実際そうなのだからそう言うしかない。
両方とも試着を終えたのち
彼女は僕の感想を聞くまでもなく
「いや、こっち一択じゃん」と断言し
二着目の方を買うことに決めたようだった。
信頼とやらは全く発揮されなかった気もするが
彼女が満足げだったので僕は特に何も言わず見守っていた。
気持ちが乗ったのか、替え用のものとは別に単純に気に入った服も買い
ようやく彼女のメンタルは落ち着いたかのように見えた。
買った服を紙袋につめてもらい
お見送りもしてもらい、
エスカレーターに乗ったのち1F入り口へと向かった。

このまま向かえばなんとか間に合うかな…
そう思った矢先、彼女はトイレに行きたいと言い出した。
まあ、着いてからバタバタするよりかは今のうちに行っといた方がいいか…
と思い
僕も用を足したかったので
一旦トイレに行くことにした。
ただトイレがある階は先程服を買ったフロアと同じく3Fであったので、
またエスカレーターを上がっていくこととなった。

トイレの入り口付近には何故か歴代ゴジラの映画ポスターが貼ってあったので
先に入り口まで戻った僕はそれを眺めながら彼女を待っていた。
丁度ゴジラ対ビオランテのポスターを眺めていた時に彼女が出てきたので
さあ、今度こそ、と思った。
しかし、僕はある違和感に気付いた。
いや、まさかな、とは思ったけれど
気付いてしまったので口に出さないわけには行かなかった。
「あれ?紙袋は?」
さっき手にしたばかりの紙袋をどうやらトイレの中に忘れてきたらしい。
彼女は目を大きく見開いたのち踵を返し、再びトイレに戻っていった。
これは間に合わないかもしれないな…と僕は思った。

とは言え彼女の内精神世界はどうにか平穏を取り戻したらしく
気持ちをバーレスクに向かわせることになった。
ボトムスを買いに行くことに決めた時点では50分の余裕があったが、
今はもう5分くらいは遅刻が確定していたので
いそいそとお店のあるビルへと足を進めた。

「一人じゃ絶対来ないわ」
とビルに着くなり彼女はそう言い放った。
そりゃまぁ、そうだろうな、と思った。
スナックやホストクラブやちょっと説明に困るお店の看板がでかでかと出てある様は
そういう世界に無縁の女性はもとより
男性だって立ち寄るにはちょっとだいぶかなり難易度が高いと思われた。
7Fまでエレベーターで上り
目当てのお店の扉をあけた。
店内は薄暗く、しかし極彩色のライトが鮮やかに
ぐるぐると回りながら内装を煌めかせていた。
ビルの外観からは想像出来ないような
まるで虚構のような、異空間だった。

入り口近くのカウンターの中にちょうど、
よく知るバーレスクダンサーのお姉さんがいたので声をかける。
どうやらショーはまだ始まっていないようだった。
もしかしたらこちらが行くと連絡したから
我々の到着を待ってもらっていたのかもしれない。
申し訳ありませんでした。
席はステージから少し遠いカウンター席か
ステージに近い(というかステージの上手位置)
VIP席どちらかになると説明を受けた。
せっかくなのでVIP席に行こう、と僕は言った。
席に案内されたのち
僕は彼女にバーレスクダンサーのお姉さんを
紹介した。
二人は僕を媒介にして面白おかしくコミュニケーションを取っているように感じた。
まあ美女二人におもちゃにされるのも、まあ悪くはないよ。なんて思いながらショーの始まる時間と相成った。

一人目のダンサーさんのパフォーマンスが終わったあと
彼女は目をしきりにぱちくりしていた。
彼女は感情がとにかく目に現れやすいのだな
と新しい発見をした。
そのあと続けて3人、合計4人の演目が終わった。
彼女はいたく感銘を受けていたらしく
終始目をパチパチとさせていた。
「特に最後の人が凄かった。もうレベルが段違い。思わずチップ二枚あげてしまった!」
とちょっと高揚しながら感想を述べていた。
「最後の人はここのオーナーさんで、なんか世界大会でも一位になったことがあるらしいよ」
「(自分の)目に狂いはなかった!」
と彼女は嬉しそうだった。


たまに来たくなる気持ちが分かる
と言っていたので
彼女に何かしら良い影響があったのなら
ここに連れてきて良かった、と思った。
まあここに来るまでに色々あったわけだけど。
ちなみに僕はお金を降ろすのをすっかり忘れていたことをショータイム中に思い出し、
手持ちでお金が足りるかどうかということをずっと考えていたので気が気でなかった。
(会計は出来ました)
入るときに通った重々しそうな扉を、また開いて我々は帰ることにした。

虚構と現実は扉ひとつで切り替わる。
今日は色んな世界を行ったり来たりしているような
そんな気持ちだった。
ゲームのスリープボタンやお店の扉は
いわば異世界へのポータルだ。

エレベーターを下り
如何わしいお店を横目に外に出ると
すっかり日が沈んでいた。
さあ駅に向かうぞ、と思ったその時、
僕は超自然的な感覚に包まれた。
いや、流石にまさかな…とは思ったけれど
気付いてしまったので口に出さないわけには行かなかった。
「あれ?紙袋、は…?」

彼女のウンザリとした表情を確認したのち
僕らは今一度、異世界へと身を運ぶことになった。

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