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日本版バカロレアの哲学試験をつくってみる?(前編)

2020年、日本のセンター試験が変わり、学習指導要領も変わります。試験が変わるということは、「学び」自体が変化します。

詰め込み型、選択肢型、暗記型だったセンター試験はどのようになるのでしょうか。今日は、「もしも日本がバカロレアみたいな試験をつくったら」を考えてみたいと思います。

1.バカロレア=月桂樹の実

フランスの教育制度の特徴で、よく注目されるのはリセ(高等学校)最終学年における「哲学教育」と、バカロレア(大学入学資格試験)における「哲学試験」です。文系、理系を関係なく、すべての高校生が哲学を必修として学びます。

ちなみに、よく言われる「国際バカロレア(IB)」とフランスのバカロレア試験は異なるものです。フランスのバカロレアは、簡単に言うと「高校卒業証明書」のようなものです。(なので、センター試験とも異なりますが)

フランスでは、バカロレアは大学に進学するためには絶対必要な条件です。フランスの高校生で大学進学を考えている生徒はとにかくこのバカロレア取得に向けて必死に勉強することになるそうです。

さらにちなみに、「バカロレア」という言葉は、ラテン語の「baccalaureatus」=「bacca(berry)+ laurea (laurel)」が由来となっています。直訳すると「月桂樹(ローリエ)の実」の意が原義で、月桂冠を得る資格を得るための試験、という意味が込められています。

類義語として、学士号である「Bachelor」も同根です。「baccalaureatusの人」という意味で、栄光を勝ちとり、月桂冠を持って祝福された人という意味から名付けられているそうです。

古代ギリシア・ローマから続く、ローリエの伝統が、ここまで続いているのもフランスらしい伝統ですね。

2.バカロレアの必修科目「哲学」

さて、フランスの高等教育は、普通高校(Lysée général)、工業高校(Lysée technologique)、職業高校(Lysée professionnel)に分かれています。それぞれ、普通バカロレア、工業バカロレア、職業バカロレアを取得することになります。なので、ここでは「普通バカロレア」のことに注目して考えます。

普通高校では、最終学年で文学コース(L)経済社会コース(ES)科学コース(S)に分かれるそうですが、どのコースにも共通して必修科目が「哲学」です。日本ではあまり考えられないことですが、フランスでは哲学の地位がとても高く、教育のなかでも大きな比重をもっています。それぞれのコースにおいて週7時間、4時間、2.5時間のように「哲学」の時間が割り当てられているそうなのです。

そして、バカロレア試験の第1日目の科目が哲学です。各コース3問のうちから、1つ選ぶそうですが、たとえば2012年の問題は次のようなものでした。

Lコース|
「労働によって人は何を得るか」
「信仰はすべて理性に反するか」

ESコース|
「国家がなければ、われわれはより自由になるか」
「われわれには真理を求める義務があるか」

Sコース|
「働くことは単に有益であるだけか」
「自然な欲望は存在しうるか」

このような哲学的問いに向かうのがバカロレアの哲学試験です。さらに、3問目では各コースともに哲学者の著作の一節が提示され、それについて論じる問題が出題されます。

同じ2012年には、Lコースはスピノザの『神学政治論』、ESコースはルソーの『エミール』、Sコースはバークレーの『受動的服従』だったそうです。(ちなみに、この3問目は学生へのサービス問題(救済のための措置)で出題されているそうです・・!)

3.哲学科目の受験対策

こんなの日本の高校生には無理!フランス人は優秀!という意見もよく聞きますが、むしろそんな受験対策をしていない、ということも重要です。むしろ日本の学生の数学のレベルは高いし、知識量はとても多いし、英語の読解力も高いと言われています。逆に、「思考力」「記述力」「会話力」などが低いというのは、そういう教育システムになっていない、というのが重要です。

では、フランスではどんな受験対策をしているのか?高校の哲学教育をのぞいてみましょう。フランスでも学習指導要領のように教育省が定めた哲学のための規定があります。それがとても面白いので紹介します。

哲学教育のために、教育省は「概念リスト」「著作者リスト」「指標リスト」というものを定めています。

(1)概念リスト
主体」「自然と文化」「認識と現実」「政治」「道徳」の5分野からなり、それぞれの分野に、たとえば「知覚」「意識」「無意識」など、「言語」「芸術」「技術」など、「理論と実験」「証明」「論理と数学」など、「労働」「正義と法」「国家」「権力」など、「責任」「自由」「義務」などが割り当てられています。

(2)著作者リスト
「古代・中世」「近代」「現代」の3時期に分けられます。
「古代・中世」にはプラトン、アリストテレス、エピクロス、ルクレティウス、セネカ、キケロ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス、セクストス・エンペイリコス、プロティノス、アウグスティヌス、アヴェロエス、アンセルムス、トマス・アクィナス、オッカムのウィリアムの15名。
「近代」はマキャベリ、モンテーニュ、ベーコン、ホッブズ、デカルト、パスカル、スピノザ、ロック、マルブランシュ、ライプニッツ、ヴィーコ、バークリ、コンディヤック、モンテスキュー、ヒューム、ルソー、ディドロ、カントの18名。
「現代」はヘーゲル、ショーペンハウアー、トクヴィル、コント、クルノー、ミル、キルケゴール、マルクス、ニーチェ、フロイト、デュルケーム、フッサール、ベルクソン、アラン、ラッセル、バシュラール、ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、ポパー、サルトル、アレント、メルロ・ポンティ、レヴィナス、フーコーの25名。

(3)指標リスト
考える指標となる考え方がリストになっています。たとえば、「絶対/相対」「抽象/具体」「分析/総合」「偶然/必然/可能」などが提示されています。

(参考)カリキュラムは国民教育省サイトにて閲覧可能。

哲学の教師は「概念リスト」のなかから適切なものを選び、「著作者リスト」のなかから哲学者の所説を使用し、「指標」を参考にして「講義」を作成し、授業を行うことになります。

特に教科書は存在しないというのも驚きです。個々の教員が、それぞれ考え授業をするため、その意味で教育方法の自由度は高いと言えます。ここで大事なのは、単なる知識や歴史の教科ではなく、より広い一般的な思考力をはぐくむ教育になっています。

この3つのリストはとてもユニークです。
単純ですが、主題/人/見方が3つセットになっています。もし主題だけであれば、詰め込み教育になるし、著作者リストがなければ歴史を軽んじて個人の独自の意見のみになってしまいます。著作者リストがあることで、過去からの引用を重視することにもつながります。さらに、指標リストによって、「物事の見方」を得ることができます。ここで、議論の仕方や考える方法を学ぶ仕組みになっています。

では、この枠組みを借りて、「日本の哲学・思想」を学ぶとなると、どんなリストになるでしょうか?(ここからが本題です!)

次回、日本の哲学を振り返り、「日本版バカロレア哲学試験」を作ってみたいと思います。

(参考文献)
■『ブルデュー闘う知識人』加藤晴久(講談社選書メチエ)

■「バカロレア哲学試験は何を評価しているか?」(PDF
 ―坂本尚志(京都大学高等教育研究開発推進センター)

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