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【アートの記録_0028】

クラッシックは音楽の授業以外にふれたことがほとんどないし、楽器演奏経験もゼロ。クラッシックのコンサートホールなんて恐れ多くて、というか、どこで拍手をしていいかもわからないので恐ろしくて行けないのです。

そんな私が、自分でチケットを取って1人でコンサートホールに行ってしまったのです。先日のトッパンホール「向井山朋子 ピアノコンサート」が記念すべき「おひとりさまコンサートホール」デビューでした。

この、自分史上初のアクションを引き出したのは、2019年2月の銀座エルメスのギャラリー、メゾンエルメスフォーラムで開催された展覧会「ピアニスト」で向井山朋子さんのパフォーマンスに心つかまれたから。

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「ピアニスト」展では、ギャラリーが開くのは毎日たった数時間のみ。しかも期間中、開館時間が1時間ずつ移り変わっていきます。真夜中の照明の中での展示、早朝の光差し込む中での展示…と月の満ち欠けのように、見え方が変わるのです。私は人に誘われて初めて知ったので、最終日の5日前にようやく行けたのでした。ああ、もっと早く知っていたら、もっと早く観ていたらよかったのに…と、あとから激しく悔やみました。それくらい感動的な体験でした。

展示は、14台の様々なピアノが、立ち並ぶインスタレーション「ピアノの森」でピアニストが行うパフォーマンスを含めた作品「Just before」と、東日本大震災で被災したピアノを、失った脚は義足をつけ、外れた屋根の代わりに白い布をかけて、きれいに整えた2台がひっそりと並ぶインスタレーション「ここでなく、いまでなく」の2作品。

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アップライトからグランドピアノ、子ども用のピアノまでいろいろ。寝っ転がっているピアノもありました。「ピアノの森」を想像したことがなかったので、こんなのありなの!?とびっくり。なんというか、この空間だけでも贅沢。

ピアノの美しさって競走馬の美しさに近い気がしてて、かき集められた名馬たちがわっさわっさと飛び交っている場面が連想(妄想)されてしまったんですけど、私だけかなあ…。艶やかな毛並みとか、滑らか且つ力強いフォルムと美しいシルエット、躍動感。似てるでしょ? 見てるだけでも心躍らされる感じがするんですよね。

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綺麗に磨かれているけど、痛々しい傷がたくさん。石巻の小学校から譲り受けたというピアノ。今は静かに。

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それでは私が感動しまくった「Just before」について、記録させていただきましょう。

私が行った2月24日は朝7時から開場。誘ってくれた先輩と6時に待ち合わせして当然営業していないエルメスのビルに向かうと、もうすでにギャラリーに向かうエレベーターの前には長蛇の列。

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朝6:30の銀座エルメス。こんなにたくさんの人がピアニストの登場を待っているんです。朝の光に輝くピアノは神々しく感じました。

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会場にはたくさんのピアノがあるのですが、私はギャラリー入口近くのグランドピアノのくびれのふもと辺りにいました。ピアニストがどのピアノの前に座って、何を演奏するかは、その日のピアニスト次第。この日は会場奥の木目も美しい飴色のグランドピアノから演奏が始まりました。1曲終わると、観客の間を縫って移動し、別のピアノを弾きだします。そして3曲目に私たちがいるところのピアノにピアニストがやってきたのです!

====その時の感動の様子は当時のInstagramより。

楽器を嗜んだことがないから、詳しくはわからないのだけれども。激しかったり、やわらかかったり、繰り返すリズムとフレーズが少しずつずれて別なものに移りかわっていく、うっとりする時間。三曲目は、偶然にもグランドピアノのくびれのふもとで聴けた。手の届きそうな距離でピアニストのペダルを踏む足と、屋根に反射するハンマーとダンパーの動きを見るなんて、初めての経験。音圧に負けないように、姿勢を正して聴いた。

ヒールを脱ぎ捨てて、素足でペダルを踏む足先の美しいこと。紅いペディキュアが小刻みに踊り、もう一方の爪先がリズムに合わせて反り返る。なんてカッコいいんだろう…胸がいっぱいになった。

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記録用に書き直そうと思ったけど、勢いと暑苦しさがなくなってしまうので、恥ずかしいけどそのまま収録。よく見ると、ペダルの写真も間近で演奏を聴いた直後に興奮しながら撮ってるせいか指が入っちゃってるし。

その時初めて聴いた「カント・オスティナート」に魅了されてしまい、何が何でももう一度聴かねばと、最終日は会社をさぼって会場に駆け付けたのでした。

「カント・オスティナート」はオランダの作曲家シメオン・テン・ホルトのピアノ曲で、演奏するピアノの台数や、演奏時間も演奏者にゆだねられているという不思議な楽曲。演奏時間は可変で約80分とシメオン氏の公式サイトに載ってます。パターン化された音型を反復させる、ミニマル・ミュージックというジャンルだそうです。

テクノが好きなので、ミニマルといえばミニマル・テクノだと思っていたけど、どうやらクラッシックのほうが先なのですね。無知って恥ずかしい。

短いフレーズのループはトランス状態へ誘います。メロディーが少しずつずれて移り変わっていく感じは、春分の日から1時間ずつ時間をずらして開かれる展覧会とリンクするなあと思ったりして。

最終日は満員で、ピアノの森の部屋には入れなかったのだけれど、隣の部屋で耳を澄まして聞きました。メロディーが小さく繰り返し、いろいろな人のため息と一緒に届く感じが、至近距離で音圧と闘いながら聴くのとまた違って味わい深かったです。とにかく同じ音とリズムが流れている空間に共にいられることが嬉しかったし、そんな気持ちになれたのも初めてで自分の中の新しい部分を発見した感じがして嬉しかった…。

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最終日は、この小さなピアノを抱えて、ピアニストが歌ったんですよ!

もうね、胸いっぱいになりました。エルメスのサイトに内容と動画が残されているので、時々見返します。ああ素敵だなあ。(この記録のためにまた見返した)

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それで、感動しすぎた私は、いろいろ検索したりフォローしたりして、秋に日本で向井山さんがコンサートをすることを知ります。普段はオランダをベースに各国で活動されているから、日本にはいないんですね。だから日本の公演自体がレアなんです。(と、エルメスの会場で音楽関係者っぽい人たちが話してました。)半年以上後の予定なんてわからないけど、まずはチケットを購入し、ゆったり待って、いよいよ!と思ったら大型台風が直撃する当日で中止になってしまいました。残念、、、でもしょうがないよね、とがっかりしていたら振替公演してくれることになりまして、1か月後の平日だったけど無理やり行きましたよ。当然です。

そんな経緯で、初めてのトッパンホールに緊張しながらはせ参じたのでした。セットは普通のクラッシックのコンサートのように(たぶん)、ピアノが1台舞台にセットされ、舞台に向けて階段状にイスが並んでいる状態で、特に仕掛けはありませんでした。出会いが現代アートのアーティスト・パフォーマーという認識だったので、ああ、それ以前にクラッシックのピアニストだったのだ!とよくわからない感銘を受けたのでした。

音が細かく良く聞こえて、ギャラリーとは違う迫力がありました。雑味がなくて、クリアというか。奏法とか、よくわからないんだけど、ものすごくたくさんペダルを踏んでいて、ペダルを踏みしめる音とバンパーの音が海鳴りのような感じがするのですよ。小さな音は、消え入りそうな小声で。同時にドゴドゴと遠雷のようなバンパーの音がしたり、同じメロディーが繰り返される中、同じ音がずーっとなり続けていたり、音が大きく膨らんだり、うねったり。途中でさまざまな表現に寄り道しても必ずいつも同じリズムとメロディーに戻ってきて、何事もなかったのように淡々と楽曲が進んでいく、その繰り返し。

ちょうど、読書会の課題図書になっていた児童書の「モモ」を読み返していたので、「時間の花」の間はこんなメロディーが流れてるのかなとイメージが飛んで。なにせ演奏時間が長いから、聴きながらいろいろなことを考えたり思い出したりする時間があるのです。高音のきれいなメロディがポロンポロンと繰り返されるところでは、ああ花が咲き始めた、と感じたし、野太い力強い嵐のような音が不穏に繰り返されるところでは、花びらが一枚ずつ枯れ落ちて深い闇にぐるぐると巻き取られながら沈んでいく映像が見えた気がしました。

こんなにグラグラするのにちゃんと席に座って聴かなくてはならないなんて。本当は立ち上がって、できればお酒のグラスを片手にゆらゆらしながら聴きたかったです。「カント・オスティナート」だけで1時間半。その間指は流れるように反復をし続け、ピアニストの素足(ステージに出てきたときから靴は履いていなかった)は忙しくペダルを踏み続け、観客は息をつめていつ終わるかわからないこの曲の次の展開に集中する…... 何という緊張感。どんどん音が小声になって、ピアノってこんなに小さな音が出るのかしらというくらい小さなささやきがすこしずつかすれていき、鍵盤の上7センチくらいのところで、繰り返しのフレーズを弾く指の形のままピアニストの手が止まったとき、その丸まった手のひらに会場の空気がぐわっと吸引されたみたいに、観客全体が前傾したように見えました。一瞬の間があって、鳴りやまない拍手。ライブってすごい!

高揚した気持ちは当然おさまらず、神楽坂で飲まずにはいられないわけで。坂を上って、ちょっと小道に入ったところにあるお気に入りの「日仏バル」がお休みでしょんぼりしましたが、余韻を増幅するためにどうしても飲まねばなりません。通りがかりのスペインバルで泡を。

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いつもより背筋を伸ばして、控えめに飲みました。

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演奏が終わってお疲れだと思うのに、サイン会も。しっかり並んでサインいただいてきました。うふふ。嬉しい。至近距離でお会いしたのだけれど、本当に美しくて、普段人と目を合わせるのが得意ではないのに、吸い込まれるように見てしまいましたよ。アーティストは不思議な吸引力があるものなのですね。

次の来日コンサートも必ず行かなくちゃ、と思ったのでした。

【向井山朋子】アムステルダムを拠点に活動するピアニスト/アーティスト。1991年ガウデアムス国際現代音楽演奏コンクール優勝。ソリストとしてロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、アンサンブル・モデルン、ロンドン・シンフォニエッタとも共演。1990年代より観客とお茶を飲んだりお喋りしながらピアノを弾く「リビングルーム」など、従来の演奏形式にとらわれない新しい形のステージを積極的に発表。2007年には「向井山朋子財団」を設立し、自らアーティステックディレクターとしてプロデュースの分野でも活躍。音楽演奏の枠にとどまらず、インスタレーションと音楽を組み合わせた空間そのものを作りだす作品を世界各国の美術展などで積極的に発表。また、建築、ファッション、ダンス、写真などの多分野とのコラボレーションによりジャンルを横断する作品を多数発表している。(ウィキペディアより)

オフィシャルサイト:https://tomoko.nl/

感動を書き留めようとしたら、結構文字数かかっちゃって、それなのになんとも感動を掬い取れてなくて歯がゆい気持ち。プロのライターさんって本当にすごいなあ。自分の言語化能力のなさにがっかりするけど、ゆっくり書き続けていけば、もう少し上手に書けるようになるかもしれないし、少なくとも自分の薄れゆく記憶を思い出す手助けになるかもしれない。自分のペースで記録を続けよう、と改めて思います。年内にあとどれくらい記録できるだろう。頑張ります。



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