ドイツ人漫画家さんからのインタビュー

2月くらいの話ですが、文化庁メディア芸術祭の方より、ドイツから来日されている漫画家さんからのインタビュー依頼をいただきました。
https://creatorikusei.jp/?p=4901

上記のクリエイターのかたがたの中の、Eva Müllerさんという漫画家さんです。労働問題をテーマに作品を描かれておられるようです。
http://www.evamueller.org/

私が出演したドキュメンタリー(おそらくですが、昨年オランダを中心に発信されたWEBドキュメンタリーに出演したので、それ・・?)を見て、そこで「死ぬくらいなら会社辞めればができない理由」も紹介されていたため、ご連絡くださったそうです。

文化庁の担当者様および、Eva Müllerさんの許可をいただきましたので、長いですが、インタビュー全文を転載させていただきます。太字部分がMüllerさんからの質問事項です。

いつにも増して日本語が不自然ですが、これは少しでも翻訳しやすいように・・・と配慮して失敗した結果です・・・。

前文
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Eva Müller様

はじめまして、汐街コナと申します。
私が出演したドキュメンタリーに興味をもってくださり、ありがとうございます。

ドイツの労働環境は、しばしば手本にすべきものとして、日本に紹介されます。
特に、ドイツでは労働時間に対する生産性が、日本に比べて非常に高いですね。
短時間に集中して仕事をし、プライベートを充実させるというのは、理想的だと思います。

日本には、「仕事の成果より、労働時間が長いことが重要である」という誤った価値観が、未だに残っています。
これは、仕事ができない人にとっては良い価値観でした。仕事の能力がなくても、時間を使うだけでよかったからです。
そういう意味では、非常に「平等」で「優しい」考え方なのかもしれません。
「全員が同じであること」を重視する日本人らしい価値観でした。

最近では、その価値観が非合理的で非効率的であり、今の世界に通用しないことに、多くの人が気がついています。
しかし、日本人は変化が苦手なので、なかなか変われない状況です。


1) 日本もそのような法律があるのでしょうか?もしそうであれば、どのように管理・規制されているのでしょうか。


まず、私は法律家ではないので、間違っているところがあるかもしれないことをご了承ください。

日本にも労働基準法という、労働法があります。
労働時間についても、この法に定められているのですが、問題は抜け道が多すぎることです。

以前までは、三六協定というルールで、別途残業の上限を自由に定めることができました。そのため月300時間を残業の上限にしていた会社もあります。恐ろしいことに、それが合法でした。

先日、ようやく月100時間までという残業の上限が法律で定められ、そういうことはできなくなりました。
しかし100時間という上限は高すぎます。
厚生労働省が80時間以上の残業は過労死に関係するという報告を出しているのに、なぜ100時間に定めたのか、疑問に思います。
今まで無制限だったので、それよりはマシということのようです。

また、管理監督者には労働時間に関する労働法が適用されません。
裁量労働制や、高度プロフェッショナルなど、法で労働時間の制限を受けない働き方も、制度として認められています。
こういった制度の適用は、仕事の裁量があることが条件なのですが、裁量がない人間にまで、拡大解釈して適用されています。
拡大解釈がとがめられることは滅多にありません。過労死など事件が起きて、はじめて判明することも多いです。

会社が勤怠時間を捏造し、あるいは社員に捏造させ、残業時間を少なく見せかける方法をとることも少なくありません。
電通という、日本一有名な広告代理店でも、この方法がとられており、24歳の女性が過労死しました。

また、日本人の「同調圧力に弱い」という性質を利用して、「暗黙の強制」を行う会社も多いです。
「会社は命令・強制はしていない」けれど、上司が、態度などで言外に強制をにおわせるという形です。
これをすることで「会社が業務命令をくだしていない」「社員が自主的に研修として行ったものなので、残業にはあたらない」という言い訳ができます。
日本ではこういった「暗黙」の手法が、すべてにおいてよく使われます。

過労死が出るような働き方をさせる会社の多くが、いろいろな方法を使って時間どおりの残業代を払っていません。
だからこそ、そんなにも長く働かせられるのです。


2) なぜ日本人は、仕事を辞めるのではなく死を選択するのだと思いますか?


日本人も、多くの人は仕事より命が大切と考えています。

しかし、私が漫画に描いたように、過酷な状況で働き続けるうちに、追い詰められ、少しずつ洗脳されてゆくのだと思います。
少しずつなので、洗脳されていることに気がつかず、辞めるタイミングを逃してしまう人がいるのでしょう。

多くの人が、死を選ぶ直前には、うつ病か、それに近い状態になっていると思われます。
正常な判断ができなくなっているということです。

そこまで我慢してしまう背景には、3)にあげる国民性や、日本の労働市場が固定的で、転職が困難であることがあります。
そのため、生活のために我慢してしまうのだと思います。


3) 人々が仕事先や上司の不正に対して、不服を申し立てない(あるいはそれを制御しようとしない)理由はなんだと思いますか?
会社に対して、ストライキやデモといった抗議行動は行われますか?
日本では、労働権や政治的な抗議活動の慣習はありますか?


日本人は、個人より組織を重視するという国民性を持ちます。

「和をもって貴しと為す」という言葉が、日本人の美徳として、語られることがあります。
これは、「組織の調和を乱さないことが大切」という意味です。(出典は古い中国の言葉であり、元の意味は違うという説もあります)

日本では、個人の主張をすることは、「調和を乱す行為」だと考える人が多いです。
欧米では子供のうちから議論をする授業があるようですが、日本では一般的ではありません。
「人と異なる主張をする」ことは、「調和を乱す行為」になるからです。
日本人にはそういった「衝突」を、悪いことだと考える傾向があります。
自己主張をしない人が「社会性・協調性のある良い人」とみなされがちです。

また、日本の教育では、権利についてはほとんど教えません。義務を果たすことだけを入念に教えられます。
権利主張は、どちらかというと、良くない行為として扱われます。「わがまま」「協調性がない」などと言われます。

そういった国民性のせいで、日本人はなかなか声をあげません。

ストライキやデモをすることはありますが、かなり少ないと思われます。
労働組合というものはありますが、昔より力が弱っているようです。

私の夫の会社は、昔、社員がストライキをしましたが、その結果、会社の利益が落ち、ライバル社に負けました。
そのことを反省し、社員は二度とストライキを起こさなくなったそうです。
ここでも、個人の権利より、会社の利益の方が、優先順位が上であることがわかります。

また、日本には「自分の権利のために、顧客に迷惑をかけてはいけない」という考え方もあります。
たとえばストライキのために電車を止め、乗客に迷惑をかけることは、とても悪いことであり、許されないことだと考えるのです。

それを「お互い様」とは考えません。
自分も権利を主張せず我慢しているのだから、他の人も同様に我慢すべきと考えます。
それを「調和」と考えるのです。
皆が権利を主張すれば良いという考えには、至らないのです。


4) 仕事や会社への日本人の強い責任感について、どういう背景があると思いますか?別の言い方をすると、それはどういったことに由来しているとお考えでしょうか。


3)に書いたように、個人の権利より、組織の調和を重視する国民性が大きいと思います。

この国民性の背景について、私は歴史に詳しくないですが、私なりに考えてみますと、

・日本人は元々農耕民族であり、村全体で調和することが、全体の生存のために非常に大切であったこと。
中世には「五人組」という、相互監視させ連帯責任を負わせる仕組みが作られていたこともあります。近代まで名残が残っていました。

・特に第二次世界大戦により、「国のために命を捨てる」という価値観が国全体に根付いたこと。(有名なカミカゼ特攻隊など)
軍隊教育が国民全体にいきわたったということです。

・戦後、「国」が「会社」に変わっただけで、その価値観が継続されたこと。
戦後は仕事が少なく、「どんな仕事でも大切にしなければならない」という価値観も生まれました。

・戦後、そういった価値観で働いた結果、日本が高度成長期を迎えたことが成功体験となった。今もそれを引きずっている人が、日本の上層部には少なくないこと。
高度成長期に流行した精力剤CMのキャッチフレーズは「24時間戦えますか、ジャパニーズビジネスマン」でした。

こういった複数の要因があると思います。


5) 労働に対する責任感・義務感について、若い世代では考えが変わってきていると思いますか?(例えば、フリーターなど。)


はい、変わってきていると思います。

過去に日本人が、「滅私奉公」(プライベートを全て捨てて、会社に仕えること)をしてきたのは、以下の二つの大きな報酬があったからです。
・「終身雇用」(一度雇用されれば、よほどのことがない限り解雇されない)
・「年功序列」(能力に関係なく、年齢が上がれば給与も自動的に上がる)

でも、その報酬は、90年代のバブル崩壊をきっかけに、少しずつ失われ、今となっては残している会社のほうが珍しいかもしれません。

若者はそのことに気づいており、過剰に会社に忠誠を誓う必要はないと考えています。
また、権利意識についても、以前よりは啓蒙がなされ、変化してきていると思います。

フリーターについて。
確かに責任を軽くするために、敢えてそういった働き方を選ぶ若者もいます。

ただ、日本では、正社員(無期限雇用)と非正規社員(フリーター含む有期限雇用)の待遇が、まるで違います。
非正規社員の待遇は悪く、キャリアとして評価されないことが多いです。
そのため非正規社員から正社員になるのも難しく、下手すると、一生低待遇のままになってしまいます。
もっと悪い場合には、40代くらいで仕事に就けなくなります。日本では年をとると職に就くのが大変不利になりますから。

このリスクを考えると、安易に非正規社員を選ぶ若者は、あまり多くないでしょう。
正社員として採用されなかったので、やむをえず、非正規社員になる若者の方が多いのではないかと思います。


6) ドキュメンタリーの中で、匿名でなければならないとあなたはおっしゃっていましたが、それはなぜでしょうか?
仕事についてネガティブに感じることは、恥ずべきこと、あるいはタブーであるといったことがありますか?


私がペンネームを使用し、顔を隠しているのは、単純に私がシャイだからです。
労働に関係ない仕事もしていますが、すべての仕事でペンネームを使用し、顔や本名は隠しています。
これは、私の性格上の問題です。
労働問題をネガティヴに扱うことについて、悪いイメージを持たれることはあるかもしれませんが、私はそこはあまり気にしていません。


7) あなたの本『死ぬくらいなら会社辞めれば』は、痛いところを突かれたようなセンセーショナルなものでした。人々は日本の労働システムに疲れており、それが変わることを願っていると思いますか?人々はそのシステムを振り返り、疑問に思い始めていると思いますか?


若い人を中心に、変わるべきだと考える人が増えていると思います。
年配者には、昔ながらの価値観を持ち、変わることを歓迎していない人もいると思います。

長時間労働は、過労死だけの問題ではありません。
日本の大きな問題として、少子高齢化がありますが、そこにも関係しています。

この20年間、若者を低待遇で長時間酷使した結果、彼らは結婚できず、あるいは結婚しても子供を持てませんでした。彼らは氷河期世代またはロスジェネ(ロストジェネレーション)世代と呼ばれ、もう40代になります。今から彼らが子供を産むことは少ないでしょう。
これが日本の少子化を決定的なものにしました。
日本では人手不足が懸念されています。

そこで、今まで専業主婦だった女性の活用が注目されています。
もともと、日本人の平均収入は減り続けているため、外で働きたがる女性は多くいます。
夫婦で働かないと、十分な収入にならないからです。
しかし、夫が深夜まで帰ってこず、会社も遅くまで残業を強いる環境で、女性たちが家事や育児を抱えたまま、働けるはずがありません。

日本の会社は依然として、成果より労働時間の長さで、社員を評価する傾向があります。家事育児のために長時間労働ができない女性は、戦力外とみなされ、低待遇の非正規社員にならざるを得ないことがあります。
日本では子供の教育に非常にお金がかかるため、共働きができなければ子供をたくさん持つことは難しいです。
少子化はいつまでも改善せず、悪循環です。

長時間労働の問題は、過労死を防ぐというだけでなく、日本という国が存続できるかという、大きな問題です。
そこに気づいている人は多いと思いますが、有効な対策はまだとられていないと思います。

8) 過労や過労死を避けるためのベストな方法は何だと思いますか?
個人として(例えば、より多くの休暇を取るなど)はどうか?
一般論では(例えば、新しい法律で厳密に制御するなど)?


個人としては、まずは以下の二つが大事だと思います。

・自分の人生の目的や意義を、見失わないこと。
目先の仕事よりも大切なことが、人生にはたくさんあります。命、健康、家族、友人、夢などです。仕事は、これらのためにある手段にすぎません。
しかし優先順位を常に確認しておかないと、目的と手段が逆転してしまうことがあります。
例えば家族のために働いていたのに、家族との時間が犠牲になって離婚したり、健康を害して働けなくなり、家族に心配と負担をかけることになったりします。

・正しい権利意識を身につけること。
「休みを取るのは、人に迷惑をかける悪いこと」「たとえ自分の仕事が終わっていても、他の人より早く帰るのは、協調性に欠け配慮のない悪いこと」というような、間違った意識で働いている人が多いです。
多すぎて、そちらが正しいということになっているくらいです。
正しい意識を身につけないと、休むことができないでしょう。


社会的には、以下の3つが大切かと思います。

・過剰に残業をさせない法律を作ること。
現在の100時間は多すぎます。私はインターバル方式が一番効果的だと思います。一定時間働いたら、必ず一定時間やすまなければならないというものです。

・抜け道のような制度を許さないこと。
例えば裁量を理由に、残業代を出さないなら、本当に裁量のある人間だけに厳しく絞らなければなりません。

・もっと監査と罰則を厳しくすること。
いくら良い法律があっても、拡大解釈がまかりとおり、違反しても発覚せず、罰則がないならば、意味がないです。

そういったことを管理している厚生労働省が、そもそも過重労働状態であるという話もあります。
人手が足りず、過労状態で働いているため、十分な業務ができないのです。
これではどうにもなりません。
厚生労働省の人員の充実が、一番先に着手することかもしれません。


9) 日本滞在中に、リサーチするべきもの、見るべきものなどあればご教示お願い致します。


もう見ておられるかもしれませんが、朝の通勤時間の満員電車です。
長時間労働とは直接関係ありませんが、日本の労働環境の悪さの象徴だと思います。

私は今、田舎に住んでおり、滅多に乗ることがありませんが、仕事で東京に行ったとき、運悪く通勤時間に山の手線などに乗らなければならないことがあります。
人間が乗るものではないと思いました。家畜の運搬よりひどいです。
過労状態で、あれに毎朝乗って仕事に行くというのは、かなり辛いことです。精神的に疲労し、うつ状態などを悪化させると思います。

女性の社会進出推進のために、子連れで出勤させるという案もありましたが、あの電車に乳児や幼児を乗せたら、命に関わります。
なぜあんなに詰め込むのか理解できません。

また、痴漢(性犯罪)および痴漢冤罪問題の原因にもなっています。
もし乗るなら痴漢にはくれぐれもお気をつけください。

早くフレックス制やリモートワークなどを多くの会社が導入し、満員電車を緩和してほしいと思います。

回答は以上です。
わかりづらい部分や、追加の質問があったら、おっしゃってください。
よろしくお願いします。

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