たまごが、死んだ。生理が連れてきた喪失感。

いつからか覚えていないけれど、生理が来るたびに「たまごが、死んだ」と思うようになった。

正確に言えば、生理の日は排卵日の2週間後。だから、生理は「2週間遅れでやってきた訃報」なんだと思う。

 「たまごが死んだと考えるなんて、どうかしているんじゃないか?」と自分でも思う。

妊活や不妊治療している夫婦ならともかく、私は今、妊娠を望んでいない。恋人もいないし、まだ仕事も頑張りたい。何より、自分のことで手一杯で、子どもを育てる準備ができていない。

だから、本当に妊娠を望んでいる人とはちがう。妊娠を望んでいるけれど、子どもができない人たちはこの文章を読んだら、傷ついたり、怒りの感情を抱いたりするかもしれない。

でも、準備ができていないからと言って、体は待ってくれない。

女性が一生のうちに排卵する卵子は480個と決まっているらしい。数に限りがあるし、残りは減る一方で増えることはない。私はもう、そろそろ31歳。刻一刻と、タイムリミットは近づいて来ている。

私の体は砂時計のように、一定のスピードで進んでいる。落ち込んでいても、元気でも、関係ない。砂は、ゆっくりと、確実にすべり落ちていっている。

 心は、そのスピードに、とてもついていけない。

 生理の血を見ると出会うことのなかった新しい命に思いをめぐらせる。「生まれていたら、どんな個性だったのだろう」と一瞬、考えてしまう。卵が、命にならないまま死んでいった。それは、一つの別れなのだと思う。

以前、上野千鶴子の本で、下着と生理の話が書かれていた。

 ”私はいまでも覚えていますけれども、母が私に最初にあてがってくれた生理用ショーツ―生理バンドといっていました―は黒でした。黒というのは喪章にも使われるように穢れのイメージですから、そのショーツを穿くと自分がいま物忌みの最中であるという気分になります。”『スカートの下の劇場』p.56 上野千鶴子,河出文庫、1992年

 この「物忌み」という表現が妙にしっくり来た。私の中で生理は、死者を弔うときと共通するイメージがあった。

だから、私は生理のとき、 静かに過ごしていたい。生理はだるさ、眠気、痛みを連れてくるけれど、体調面だけの理由じゃない。

 私たちは、同じように過ごしていても何かを日々、失っていっている。これは、性別問わずに共通することだけど、生理のときの、真っ赤な血を見ると、それがマザマザと感じられる。

 新しく生まれる命もあるけれど、役目を終えて、去っていく命もあるんだ。

さようなら。

あなたに会える準備ができていない私で、ごめんね。


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森本しおり

WebメディアPlus-handicapライター/編集。現在、児童福祉の仕事と二足のわらじ。 メンタル弱いからこそ、生きるために本から知恵を仕入れてます。神保町よりみち読書会を主催中。 自宅を"泊まれる本屋"みたいにするのが夢。
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