無駄話と忍耐と苛立ちの先には何もなかった

男のすきっ歯が覗く。
小さな目を細めて、大きな体を揺らせて、大きな笑い声を立てる。
ひどく不愉快だ。

男は、人の個人的な領域に土足で踏み込むことを好む。
私情を笑い、偏見で断定し、有無を言わせない。
小さな世界の中で、力関係が一番優位にあるので、踏み込まれた方は仕方なく笑い返す。
周囲の人間も雰囲気に合わせて笑う。

元来不器用で集団に溶け込めない私のような人間も普段はもう少しは笑える。
集団での会話で消耗はするが、苛立ちはしない。

苛立ちの裏には、その人間が大切にしている何かがあるようだ。
この男の否定、断定、嘲笑を聞いていると苛立つのは、人間の尊厳や距離感を大切にしたいという考えが私にあるかららしい。

料理が運ばれ、乾杯をした。
その男を中心に、退屈な、不愉快な会話が3時間以上繰り返された。

会食の間中、私はその場に存在しない人間として扱われた。前日に男と少し揉めたのが幸いしたようだ。
会話の矛先が自分に向かないのは悪くなかったが、それにしてもただただ退屈と苛立ちを耐え忍ぶだけの時間だった。

道化を演じて、会話の中心を奪えたら、男へのちょっとした復讐になったかもしれない。
あるいはさっと立ち上がって、挨拶してにこやかに立ち去ることができただろうか。

小さな世界で生きていくために、私は黙って愛想笑いをしていた。
男への屈服を選んだのだ。
小さく、静かに。

男は満足しただろう。
周囲の人たちはどうだっただろう。
私だけが勝手に消耗して、苛立っているのだろうか。

無駄話と苛立ちを耐えた先には何もなかった。
ただ、後味の悪い酔いだけが残った。
ただ、それだけ。
寝て起きたら、新しい朝の空気が吸えたらいいんだけど。

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