タイトル写真は、１９９１年１月３１日のケニアのナイロビでの写真だ。第１子である花子をナイロビで産んで５か月経ったころ、湾岸戦争が始まってしまった。そろそろ日本に帰ろうかと思っていた矢先のことで、途方にくれてしまった。

詳しくは、「私のナイロビ物語」の第１６章、１７章で書いたので、よかったら読んでもらえると嬉しい。

当時最も驚いたことは、私が日本人だとわかると、ナイロビに住んでいる人々（ナイロビにはアフリカ各国から人々が集まってきていた）が、口々に「日本はヒロシマ・ナガサキを忘れたのか？」と質問することだった。

湾岸戦争に日本が資金提供をしていたから、アメリカを中心とした多国籍軍にどうしてお金を出すのだ？というのだ。「日本はアメリカにヒロシマ・ナガサキで酷い目にあっているのに、どうしてだ？」というわけだ。私は、曖昧な笑顔を浮かべて肩をすくめるだけだった。私は恥ずかしかった。何も答えられないことも、ヒロシマ・ナガサキのことをよく知りもしないことも。

その後、２０１０年に再び訪れたケニアの障がい児の学校で、障がいのある子から、「ヒロシマ・ナガサキの人々はお元気ですか？」と尋ねられた。この時も私は自分がとても恥ずかしかった。私はその後のヒロシマ・ナガサキの人々のことを知らなかった。こんな遠く離れた国の、自分の障がいにも苦しんでいるだろうその子の質問にハッとさせられた。

私は日本に居る間に、ヒロシマ・ナガサキのことを忘れていた。

忘れないために、去年の８月６日には映画「ひろしま」を観て過ごした。映画「ひろしま」は１９５３年に実際に被曝した広島市民８万８千人の協力で制作された映画だ。製作費も市民が出し合い集めたという。今で言うところのクラウドファンディングで制作された映画なのだ。ネットもない時代に８万８千人もの人の思いが集まるとは、なんとすごいことだろう。そして原爆投下直後の街を徹底的に再現した貴重な映画となった。しかし映画の中で「モルモットにされた」などのセリフがあることから反米的という理由で、日本での上映が叶わなかった。時を経て今、オリバーストーン監督も「世界中の人に観てほしい」と言う映画となっている。なのに日本ではほとんど話題に上がることがない。

今年の８月６日はドキュメンタリー映画「太陽が落ちた日」を観た。被爆直後の広島で医師として働いた祖父を持つ監督が、祖父が生前一言もその話をしなかったことから、その謎を追うドキュメントだ。同じ医師であった故肥田舜太郎医師の証言は貴重だ。戦後占領軍によって医師は被曝について一切話してはならないとお達しが出ていたという。研究してもいけない、記録をとってもいけないということだった。そんな中で、肥田舜太郎医師は、内部被ばくに初めて気づいた医師でもあった。そして、当時内部被曝で亡くなった人は、被爆者として数えられていないとも語っていた。

そしてもうひとつ、ＤＶＤ「二重被爆・語り部山口彊（つとむ）の遺言」を観た。いつかイギリスの番組で山口さんのことを「世界で最も不幸な人」と笑ったということがあり、不謹慎だったと謝罪があったと記憶している。山口さんは原爆のことを語るとき、胸がつまると言い、なんどもなんども言葉をつまらせる姿は忘れられない。山口さんの思いはジェームス・キャメロン監督に届き、亡くなる１０日前に対面を果たしている。そしてキャメロン監督は「山口さんのメッセージを世界に伝える作品を作ることを約束します」と言った。

映画「ひろしま」に出演した８万８千人の市民の多くはもうこの世に居ない。肥田舜太郎医師も居ない。山口彊さんも居ない。私は再び、遠い国で「ヒロシマ・ナガサキの人々はお元気ですか？」と聞かれたら、なんと答えたらいいだろう？

今年は、東京オリンピック２０２０開催中に８月６日を迎えた。オリンピックで誰か黙とうをしてくれただろうか？話題にしてくれただろうか？ヒロシマを忘れないと言ってくれただろうか？バッハ会長はこの日ヒロシマに思いをはせてくれただろうか？

だれも話題にしないから言うが、オリンピックの開会式で、ミュンヘンオリンピックの犠牲者への黙とうがあったが、いつ開会式のプログラムに差し込まれたのだろう？イスラエルのアスリート１１名の遺族はもちろん喜んだに違いない。けれど、ミュンヘンオリンピックから４９年間、黙とうをしなかった理由はどうなったのか？日本政府はイスラエル政府を支持していますとしれっと言いたかったのか？なぜ、日本のマスコミは問題にもしないのだろうか？

一方、オリンピックでヒロシマの原爆による死没者32万4,129名（2020年8月6日奉納時）に対する黙とうはなぜされなかったのだろう？世界に注目されるオリンピックだからこそ、黙とうをすべきだったのでは？それとも原爆の被爆（曝）者に黙とうをするなんて反米的だから？

どうやら、ヒロシマのことは忘れてほしいと思っているらしい。忘れさせようとしているらしい。

だから、せめてもの供養に私は忘れないことを誓う。

NHKすら、原爆を特集しなかった２０２１年８月６日に。