見出し画像

生活のかかった恋だった

しょうちゃ〜〜〜〜ん。もう無理〜〜〜〜。歩けない〜〜〜〜。

玄関から聞こえる泣き言に、僕は舌打ちして身体を起こした。午前5時半。非常識な姉の朝帰りである。

 

姉が玄関で泣くのが趣味みたいな人だ。

靴も脱がずに、コートも着たまま倒れこんでいる。姉がドラマの主人公で、僕が面倒見のよい弟なら、嫌な顔せず靴を脱がして部屋に運んだりするのかもしれない。でも現実は、姉はちょっと肌荒れしたアラサーで、僕はクマのひどい浪人生である。わざわざ玄関まで来たのは戸締まりを確かめるためだ。案の定鍵がかかっていなかったので、姉を跨いで施錠する。

 

自分の部屋に戻ろうとすると、姉がスウェットの裾を掴んだ。「しょうちゃん、もう無理。ほんと無理」。もう無理なのはさっきも聞いた。風呂に入って寝ろと告げると、ココアを飲まないと無理だと言う。自分で作れと突き放すと、無理しょうちゃんやってとほざく。何も無理じゃねぇだろと思うが、ここは姉の家であり、僕は居候中の身だ。仕方なく僕は台所に向かい、姉はドロドロに溶けたみたいな「ありがと」を言って、ようやく立ち上がったのだった。

僕がミルクを温める間も、姉はグスグス泣いていた。理由はわかっている。失恋だ。

とはいえ彼氏と別れたのはもう半年も前の話で、今日だってどうせ他の男と寝てきたのだ。自分の足で帰ってくるのに、帰宅した途端立てなくなるらしい。

 

「なんでこんなこと繰り返すわけ?」

「だってヒロくんと別れたし……」

ここから先は

1,565字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?