見出し画像

「大人の人」という存在は、永遠の嘘なのかもしれない。

どうも、スワンです( 'ω')

私事だけれど、昨日で27歳になりました。

デザインとは全く関係ないのだけれど、こういう機会を何気なく言葉に留めておく大切さってあるよなあと思い、ツラツラとnoteを書いています。

27歳を迎えて


切りがいい数字なわけでも、もちろん1日で何かが劇的に変わったわけではない。昨日はちょっとだけ自分を甘やかして、周りにお祝いの言葉をもらっては「やはりいいものだなあ」なんて思いながら、相方に食事とお花を貰ってじんわりと「誕生日」というものを噛み締めた1日だった。

生まれた日、というのは今でも不思議な存在だ。わたしの家族は父の家系ゆずりの、何歳になってもケーキとプレゼントを買って家族揃ってお祝いするという習わしがあった。5歳だろうが40歳だろうが関係なく、今年は何を贈ろうか?と当事者に内緒でみんなでプレゼントを選んでいた。

昔チラリと聞いた話だが、これは父方の祖母の影響が強いそうだ。祖母の嫁いだ時代が、いわゆる姑と男が殿様並みの権力を持っていたために家に嫁いだ嫁は最も立場が弱く、残飯しか食べさせてもらえないような暮らしだったそうだ。だからいつか自分に主導権が来て、そして自分の子供ができたら、うんと食べさせて、何歳になってもご馳走でお祝いしてあげたいと思ったらしい。だから我が家では誕生日というのは家族でしっかりお祝いする、重みのあるイベントだった。それがそこまで一般的ではないことに気づいたのは、東京の大学へ出て周りの友人の誕生日事情を聞いたときだった。

ところが歳を重ねるごとに、とりわけ上京してからこのイベントが重みを手放して、さらさらと流れて行くような軽さを帯びてきたように思う。加えて女子の間では鉄板の「もうすぐ私たちも30歳目前だね」なんて別の意味で、少し重いような押し付けのような気の使う感覚を持つ歳になった。祝ってはいけない気がする先輩がチラホラといたし、実際に良かれと思ってお祝いしてもそういうのは大丈夫と相手に嫌な思いをさせてしまったこともある。それでも、わたし個人にとっての誕生日というものは内心、妙に味わい深いものになっているような気もするような、しないような。

何歳になっても「思ってた27歳と全然違う」と夢描いていた歳とのギャップに半笑いしてしまいそうなツッコミを抱えつつも「でも思ったより子どもな27歳でもいいんだ」という安心感がどこかに残っているようにも思う。

それは自分の中で想像していた「妙に落ち着いた大人」にならなくて良いんだ、まだやんちゃにやりたい放題して良いんだと胸を撫で下ろすような気持ちで、正直なところホッとしているのだと思う。


大人な人はどこにいるのか

そういえば20歳になったときも、同じような気持ちを抱えていたことを思い出す。

20歳なんてとんでもなく大人で、何でもできて、とてつもない存在のように小学生の頃は思っていたのだけれど。いざその歳になってみれば、私は親の脛齧りのただの学生で、一文無しで、無知でアホで、大乱闘スマッシュブラザーズを夜通し友人の家でチューハイを飲みながらやり込んでしまうような、下手をすると小学生の私より退化したんじゃないかと思うような20歳だったわけだ。

社会人になって一文無しからは脱したものの、忘れ物はなくならないし、大人で行きつけのバーもないし、焼酎の美味さがまだわからないし、政治も国際情勢も全然拾いきれないし理解しきれてない。誕生日が来るたびに「ちょっとだけ大人とやらに近づいたかなあ」と思うくらいで、私の中の「大人の人」はまだまだ果てしなく遠い、ボヤけた存在でしかない。

そういえば先日、母と話していたときに出てきた「母さんも50歳になったけど、50歳がこんな子どもだとは思ってなかった」という話が妙に嬉しかった。ああ、この感覚はずっと続くんだな。いまとてつもなく大人だと思ってる人たちも「あれ、この歳になってもこんなもんか」と肩透かしを食らっているなら、人生のまだ3合目にも到達してない私はもうしばらくは私も子どもでいいんだって思うだけで随分気持ちが楽になった。

俗に言う私達が思い描く「大人の人」というのは、実はどこにもいないのかもしれない。


人生のパラダイムシフト

とはいえ、ずっと同じ周回トラックを走っているのかと言われればそれは違う。

小学生の卒業文集にわたしは将来の夢を「画家」と書いていた。絵が描くのが大好きで、絵で生きていけたらどんなに楽しいかと画集を眺めては落書き帳に風景や静物のデッサンを描いていた。

それが歳をとるに連れて「絵はそもそも食べていくような職業ではないらしいから、地元の国立大学を目指して美術教師になろう」としか思えなくなったときがあった。人生は冒険するものではなく、生活するものであり、お金の貰い方は時給制しか知らなかったし、仕事はお金と引き換えに自分を縛るものとしてしか認識していなかった。そんな当時のわたしには美大なんて頭のかけらにも選択肢としてなかったのに、高2の夏のとある衝撃をキッカケに多摩美の油画科をめざして運良くそのまま合格したわけだが、現代美術を経たわたしが結局いま仕事として携わっているのはデザインである。なんならその中でもデジタルプロダクトという繋がっているようで繋がっていないようで、でもやっぱりわたしの中では全てが数珠つなぎの出来事の連続だという実感が強い。

誕生日はわたしの中のパラダイムを実感値に落とし込む、ちょっと大切な日でもある。


こんにちは、27歳。

そんな社会人生活が5年目になった2018年は、多分まだ想像でしかないけれど1つの岐路に差し掛かっているような気がする。

好きなことがたまたま仕事になってから、初めて場所を変えた年。自分のわがままを見つけた年。なにかを握りつぶしてしまいそうになった年。でも周りの色んな声やはたまた野次に対して「あ、すみませんね申し訳ないんですけどそれ、興味ないんですよ。」と少しだけ利己的で平気な顔ができるようになった年。まあ、そんな出来た人間でもなければ鋼の心を持ってるわけじゃないので、平気な顔してるはずがいつの間にか盛大に心の肋骨折れてましたなんてこともまだ日常茶飯事なんだけれども。

でも1年前に比べたら、随分ベースの腹の括り方は変わったと思うし、括れたからこそ出来ることも増えたように思う。これを見て勝手だなあと思われる人がいたらそれは「はいそうなんですよ、すんませんね。」というのが今のアンサーなんだと思う。そしてそう言えるようになったのが、私は少しだけ嬉しいし、その分不思議と人に表面的なものではなく優しくなったことも増えたような気がする。

色んなことが急速に回り始めた実感があり、ぱっと見は分からないのだけれどわたしはわたしらしく、去年より少しだけ変わった気がする27歳になったわけだ。

28歳の誕生日にこのnoteを見て、子供だなあと笑っているのか、意外といい線ついてるじゃん、となるのか。とても楽しみで、実際楽しい1年になれば良いと思う。

生まれて来てくれてありがとう、私。
そして6月13日生まれのすべての人に、おめでとう。

読んでいただいただけで十分なのですが、いただいたサポートでまた誰かのnoteをサポートしようと思います。 言葉にする楽しさ、気持ちよさがもっと広まりますように🙃