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【カバー小説】告白水平線

この作品は、椎名ピザさんの小説ををカバーさせていただいたものです。
是非こちらの原作を先にお読みください。

以下、本編です。

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「水平線に沈む夕陽が綺麗だね」

テレビを観ながら君が言ったので、僕は首を捻る。僕のじゃない。君の。耳の後ろを確認してみたが、異常を示すサインは見当たらない。

水平線。
水平線ってなんだ。

君に訊くのも癪な気がして、僕は手持ちのiPhoneで検索を始める。

「あ、水平線調べてる。可愛い」
「うるさい」
「可愛い。好き」
「今、そういうのいいから」

検索窓に打ち込む文字を間違う。苛立ちに、僕は舌打ちをする。
君はいつもこうだ。今は違うというタイミングでも、好きだの素敵だのと愛でてくる。こちらの機嫌を察知して、時には控える機能をつけて欲しい。

しかし、仕方がない。それが君だ。

プチ電気が無いと寝つけない僕も。
飛行機が低く飛んでいると怖くなる僕も。
電卓の消費税率の設定がわからない僕も。
JUDY AND MARYとDIR EN GREYを取り違えていた僕も。

すべてに対し押し並べて、君は「好きだ」と言ってくれる。
当たり前。そういう設定だからだ。

僕はもう一度、君の耳の後ろを見る。正常を示す、グリーンのランプ。意匠に気を払い、最新型は口の中にスイッチ部を移したらしい。僕はここでも構わないので、型落ちで安くなった君を購入した。浮いたお金で、顔をデフォルトのものから、少し幼げにしてもらった。

その他、声も髪型も、好みのままにカスタマイズ。
好きな格好に着替えさせ、好きなようにそれを脱がせて。
何をしても、しなくても、嫌がることなく受け入れる。

全肯定で僕を愛する。それが君。君の仕様。

「なんか難しい顔してる」
「別に」
「考えている顔も、素敵」
「もう、いいって」

最初は良かった。
100%僕好みの彼女から、絶えず好意を向けられる。

悩みごとはなんでも耳鼻科に相談する僕も。
ドリンクメニューにリアルゴールドがあると嬉しがる僕も。
ニコラス・ケイジをニコラス刑事だと思い込んでいた僕も。

慈しむような眼差しで、好き、大好きと頷いてくれる。

現実の女性からは、見向きもされなかった人生だ。長い間、渇いたままだった心に、君の好意は染み渡った。姿も動きも感触も、ほぼ寸分違わず生身のそれである。もはや本物のお相手は不要、これ以上の恋人はいない、と夢中で君を享受した。

しかし、三日で飽きた。

十分に満ち満ちた心は、君にそれ以上を求めたが、一体何をどうすればよいか、僕には見当がつかなかった。

好き。わかっている。好き。知っている。好き。嬉しいよ。好き。でもそうじゃない。

恐らく僕が求めているのは愛情と呼ばれるもので、君が与えるそれは擬似的なフェイクに過ぎないのだろうけれど、だとすればどのように君からそれを得られるのか、それは如何様な在り方で僕に注がれるものなのか、手がかりはあまりに少なく、途方に暮れた。
意地悪をしてみたり、突き放してみたり、思い切って傷つけてみたりもしたが、君の反応は変わらない。それは君の思いの深さを思わせるものではなく、どちらかと言えば浅さ、いや、薄さを感じさせた。

手にiPhoneを持ったままであることを思い出す。もはやどうでもいい心境だが、今一度検索窓に文字を打ち込んだ。水平線。瞬く間に結果が表示され、その意味と共に画像を確認する。

「え」

僕はテレビ画面を見る。幸い録画だ。早戻しボタンで、先ほど君が「綺麗」と言ったところまで。沈む夕陽を見つけ、一時停止を押す。

違う。水平線じゃない。

どういうことだ、と混乱する。再三にはなるが、あらためて耳の後ろを確認した。グリーンの点灯。異常はない。

でも、間違えた。ありえない。君の知能はネットワークと連携し、常に正しい答えを抽出する。世を悩ませる難題ならいざ知らず、少なくとも今画面に映る風景を「水平線」と見誤るとは思えない。

バグ。誤作動。

そんなことがあるのか。
胸の内、ざわめきを感じながら、僕は君の肩を掴む。

「なぁに?」

優しげな声。首を絶妙な角度に傾け。

「あのさ」僕は言う。
何をだ。何でもいい。

小学校の頃、先生をお母さんと呼んだことがいまだトラウマである僕も。
好きな映画は『ファインディング・ニモ』である僕も。
いや『ファインディング・ニモ』はいいだろ、と開き直る僕も。

何を言っても、結果は同じ。君は変わらず「好きだ」と返す。

いや、本当にそうか。
そうでない可能性もあるのではないか。

「どうしたの」

君の目が僕を見ている。僕が設定した、幼なげな顔立ち。すでに見飽きたはずのそいつが、摩訶不思議な異星人のそれに映り、僕は思わず手を離した。

怖い。

そう、怖い。
今までのごとく、ありのままの僕を晒して、もし肯定以外の返事が来たなら。

バグがあるなら、十分にあり得る。

「何よ、もう」
「……いや、ごめん」
「変なの」

言葉に詰まる。
君の言う通り、確かに変だ。

怖い。そう感じながらも、思いがけず、僕の胸は高揚に騒いでいる。

間違えることがある。
君が僕を嫌い、ともすれば離れる可能性も。

それを考えると、僕を見つめる君の姿が、僕に呼びかける君の声が、この上なく愛おしく、かけがえのないものへと色彩を変える。
笑顔を、言葉を、温もりをくれることが、奇跡のように、得難く尊い。そう感じる。

これが求めていたものなのだろうか。わからない。ただ、君が僕の心に与えた潤いと同じものが、今は僕の内側から生まれ、溢れ出ようとしていた。

ありがとう。
大切だ。
いかないで。
ここにいて。

蠢く感情に言葉を充てがうけれど、どれも違う。
もしかして、と聞き慣れたフレーズを取り出してみると、これ以上はない、というほどにぴたりとはまった。

僕は君の目を見る。君がそれを受け止める。

身体が熱い。
鼓動が速い。

「なぁ」
「何?」

僕のこと、どう思う? 問いかけて、踏みとどまる。
保険をかけるな、チキン野郎。
たとえ、ここでまた君のバグが出たとしても、
この気持ちの名は、変わりはしない。

夕陽色に染まる画面の前。
水平線を調べたiPhoneを手放した僕は、

それを地平線と間違えている君に、
好きだと言った。

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この作品は、こちらの企画に参加しています。

椎名ピザさん、作品をカバーさせていただきありがとうございました。

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