【ライズ・アンド・フォール、レイジ・アンド・グレイス】 #3

◇1  ◇2  ◇3  ◇4  ◇5  ◇6  ◇エピローグ


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充満するキリング・オーラ。陽が沈みかけ始め、夕暮れの訪れを仄かに奥ゆかしく告げるなか、凄絶なるニンジャのイクサが幕を開く……!

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油断ならぬソナエニンジャ・クランの老戦士は少女ニンジャの只ならぬニンジャ存在感を前に、確かな高揚感を覚えていた。少女は……アズールは、見た目だけを見れば、小柄な、か弱い十代の美しい娘……といったところ。しかしニンジャの外見などあてにならぬ。纏うアトモスフィアは確かな経験を積んだ強者の持つそれであり……外見年齢と実力・経験の差にギャップがあるものは総じて危険だ。

現にカープスタンはアズールに殺害された。傲慢な面はあったがしかし、それは彼の鍛え抜かれた確かなカラテによって裏付けられたものであったし、実際彼は恐るべきタツジンであった。

「しかして小娘……いやさ、アズール=サンよ。オヌシは武装キャラバンの傭兵か何かか?見知った仲のようであったが」

言葉を紡ぎながらソリッドクロウズはアズールを注意深く観察する。

確かに強者の感覚はある……あるがしかし、どこか違和感があった。その華奢な身体に纏うカラテは……無論モータルとは比べるべくもないが……カープスタンを殺せるほどのものには思えなかったのだ。強大なソウルを持っているようにも見えぬ。或いは……何か隠しているか?

「いいえ。ただの客」神秘的な淡い光を灯す空色の瞳が老戦士を見つめる。「それだけよ」手に持つ49マグナムの銃口はソリッドクロウズに向けられたまま、微動だにしていない。

「フーム……」

その大口径がナローズ・ピットの荒くれ者とカープスタンを惨殺せしめたか。どれほどのワザマエを持ってすればそのような。ノーカラテではあるまいが、しかし。「……ウヌッ……?グワーッ!?」ソリッドクロウズが何かに気づき、それを不審がった直後、彼の身体は鮮血を噴き上げながら空中に吊られるように不自然に浮き上がった。頭部を狙った攻撃を辛うじて身を躱したが、肩に喰らいつかれた……喰らいつく?

「GRRRRR !!!」

彼は聴いた、獣の咆哮を。彼は見た、空気の微かな揺らぎを。その揺らぎが描く朧げな輪郭線を。ニンジャであっても視認するは容易でない……それは巨大な狼めいたシルエットだった。驚愕に見開かれた老兵の眼はすぐに喜悦に染まった。

「グワーッ、ハ、ハハ、ハハハハッ!これか、カープスタン=サンを殺ったのは!?ジツか!?イヤーッ!」

喰らいつかれた肩に赤熱する局所的多重鎧が生成、熱を放ちながら崩壊!「ッ……!」アズールは僅かながらの苦悶の声を押し留め、奥歯を噛み締めた。獣が唸り、ソリッドクロウズを苦しげに解放する……直後!

BLAM !!! BLAM !!!

鉛玉が飛来する!「イヤーッ!」局所的多重鎧!アズールは着弾を確認する前に既に射撃の反動を巧みに活かしバックステップ、サイドステップ……岩陰に身を隠しリロードに移る。

その隙を見逃すまいとソリッドクロウズがスプリントするが、「GRRRRR !!!」「グワーッ!」不可視の獣が襲いかかり、鋭い爪が切り裂く!鎧の生成よりも疾く、的確にその身を切り裂いていく!

「ハハ、ハハハ!見えぬ、見えぬな!?実に厄介!気配もよう隠しておるわ!イヤーッ!」

虹彩に不穏な光!全身を古風な甲冑めいた鎧が一瞬覆い、KBAM !!! 炸裂!ツブテスリケンが四方八方に飛び散る!……獣の気配が遠ざかるのを彼は感じた。不可視の獣が回避行動を取ったのだと理解した。

ツブテスリケンの何発かが空中に奇妙な軌跡を残す。僅かに手応えあり。姿見えぬそれはアズール本人よりも強力なソウルの気配を微かに醸し出している。もしやすれば、こちらこそがこの少女ニンジャの本質か?なんたる奇怪なニンジャか!……「イヤーッ!」

岩陰から飛び出した影。反射的に赤熱スリケンを投擲。直後、彼はその影と反対側から影が飛び出すのを認めた。放たれた赤熱スリケンは粉じみたウェスタンハットを刺し貫いていった。得物を構えたアズールが、鋭い眼光を湛え走り出す!

BLAM !!!

「イヤーッ!」赤熱スリケン投擲!銃弾に貫かれ破砕!「イヤーッ!!」鎧!「イヤーッ!」背面にも鎧!

「GRRRRR!!!!」

獣の爪が、牙が鎧に深く食い込む。僅かにソリッドクロウズの本体に届き、血肉を抉る。「イヤーッ!」ノールックの裏拳を振るう。浅いが手応えあり!

BLAM !!! BLAM !!!

疾走するアズールが発砲!銃弾!……彼は訝しんだ。1発はソリッドクロウズ本体を狙い撃たんとする軌道。しかしもう1発は凡そ見当外れ、大いにブレている。大口径の反動を抑えられていないのか?……その狙いを察知した老兵は着弾予測部位に多重鎧を生成した。

「イヤーッ!!」

胴と、脛。最初の1発はやはり胴体を狙い撃った。もう1発は、地面に散在する金属……ソリッドクロウズの赤熱鎧の残骸を狙っていた。そして、跳ねた。跳弾である!多重鎧越しに2発分の凄まじい物理衝撃を味わいながら、ソリッドクロウズはその場でブリッジ回避。「イヤーッ!」側面から襲いかかる透明の獣の攻撃を辛うじて躱わす!「イヤーッ!」体勢復帰際、通過する不可視存在に対し逆立ちめいたケリ・キックを浴びせる!手応え……あり!

「クック、クッ!姿見えぬは実際厄介!だが、そろそろ『慣れてきた』ぞ!……?」

爛々と獰猛に輝かせた眼光をアズールに向けながら、彼は訝しんだ。彼女の固く結んだ唇の端から一筋の血が垂れていたからだ。その空色の瞳に宿る幻想的な光が、一瞬薄らぎ、すぐに戻った。

少女の眼光は戦場に散らばる赤熱鎧や、ナローズ・ピットのバギー、バイク等の残骸を克明に映し出す。ニューロンを加速させ、最適な弾着時の角度、跳弾後の軌道を読む。BLAM !!! 鉛玉が空を裂く。跳弾。ソリッドクロウズは瞳をギョロギョロと動かし巧みに局所的多重鎧生成、防ぎきれぬとみやれば更に生成。愉快そうにアズールを見据え、不可視の獣の爪を受け流す。

「カッハッハ!不可視存在を注意しながら、弾道の予測をせねばならんとは、忙しいことこの上ない!年寄りにゃ辛いぜェ……!」

言葉とは裏腹に、ソリッドクロウズは余裕さを見せていた。跳弾の予測も読める範疇にあった。地面に散らばる残骸を起点にしている以上、その軌道にはある程度の限りがあるからだ。跳弾どころか、弾丸の衝撃に潰れる、或いは突き抜けてしまいかねないような物質は、必然的に狙われない。ある程度の質量、厚さ、硬さを持つ物に注意を向ければ比較的予測は容易い……!

「イヤーッ!!」

老獪なる傭兵がアズールに向け赤熱スリケン投擲!BLAM !!! 破砕!発砲と同時に少女は後方へ反動跳躍、地面を後転、その間に素早くリロードし復帰した。ワザマエ!空色の瞳が強く輝く!

「GRRRRR !!!」

ソリッドクロウズは危なげなく獣のインタラプトを回避!「ヌゥーッ……!?」そして眉根を寄せた。そのインタラプトは彼を狙ったものではない。巨大な獣の剛腕が、乾いた大地へと振り下ろされる!

ZzooOOM……!!!

土煙が、岩の破片が、鉄屑が……宙を舞う!舞い上がる砂塵を神秘的な空色の光が見据える!

BLAM !!! BLAM !!! BLAM !!!

「グワーッ!?」

跳弾、跳弾、跳弾!的確に狙い撃たれた3発の弾丸が宙を舞う鉄屑をジグザグに行き交い、そのそれぞれが予測困難な軌道をもってソリッドクロウズを襲う!いずれも僅かに局所的多重鎧生成が間に合わず、弾丸が彼の肉体に食い込み、推し留まった。生成が完全に遅れていれば、無慈悲な鉛玉に抉り貫かれ、一瞬のうちにネギトロもかくやの肉塊と成り果て爆発四散していたであろう……!ソリッドクロウズは油断なき眼光で次の攻撃に備える。ZZOOM!!! 再び地面を衝撃が走る!

BLAM !!! BLAM !!! BLAM !!!

銃弾!銃弾!銃弾!
跳弾!跳弾!跳弾!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!……イヤーッ!」

複雑な軌道を描くそれらに対し的確に多重鎧を展開し紙一重で対処、そしてその場で大きく跳躍!

「イィイイヤァァアーッ!!!」

その虹彩に不穏な光が灯る。全身を覆った古風甲冑が炸裂する!KABOOM !!! ツブテスリケン!虹彩はなおも輝く……まさか!?そのまさかである!おお、見よ!全身を再び覆う古風甲冑を!再度の炸裂!KBAM !!! 1度目のそれより炸裂の威力に劣るもの、その脅威に一切の憂いなし!無数のツブテスリケンは周囲の残骸を悉く潰し、土煙を吹き飛ばし、不可視の獣とアズールをも襲う!

「ゴァアアア!」

獣の曖昧な輪郭が揺らぎ、大きく身動いだ。その爪を、牙を、巨体をもってツブテスリケンを迎撃していく。しかし、雨のように降り注ぐ疎な破片を全て回避、撃墜するは不可能に近い。致命傷には至らぬにしても、無視できぬダメージを着実に与えられる!

「ゴオアアアア……!」

アズールは咄嗟に岩陰に転がり込み、危険なツブテの雨をやり過ごしていたが……ナムサン、その華奢な体躯には複数の裂傷が!僅かに避けきれず、その身を掠められ、傷を負っていた!「うッ……」苦痛に顔を顰めながらリロード。食いしばった口の端から垂れた血を拳で拭ってすぐ、少女は眼を見開き、吐血混じりに咳き込んだ。空色の瞳に宿る神秘的な光が淡く薄らぐ。

実際、彼女自身がツブテスリケンによって負った傷は……無視はできぬにしても……まだ微々たるものだ。では彼女にここまでのダメージを与えた要因とは?……「GRRRRR !!!」 不可視の獣が咆哮をあげる。アズールは苦痛を押し殺し、決断的に岩陰から躍り出た。着地したソリッドクロウズは大きく肩で息をした後、敵意に満ちた眼で彼女を睨む。既に陽は落ち、空に浮かぶイン・ヤン模様めいた二つの月が戦場を見下ろす。

「ハァーッ……そろそろ、マジに、疲れてきたぜ……!通常の倍はニンジャ殺害ボーナスを貰わにゃ実際損だ、エエッ?アズール=サンよォー!」

言いながらソリッドクロウズは右脚を背後に向けて突き出した。「イヤーッ!」赤熱バックキック!手応え!「ゴァアアアン!」獣が叫んだ!その存在が虚空に溶け込み、気配を巧みに隠す。

だが恐るべき老戦士の研ぎ澄まされたニンジャ第六感は不可視の存在を朧げながらに捉えている!「イヤーッ!」ソリッドクロウズが左腕を虚空に向けて突き出した。赤熱エルボー!確かな手応え!深い!「ゴォオアアアア……!!」透明の獣の曖昧な輪郭線が揺らぎ、空気を歪ませ、再び気配を隠す……!

ンアァァァッ……!」叫んだのはアズールだった。甲高い絶叫を上げ、血を吐き、体勢を崩す。

ソリッドクロウズはまず訝しみ、そしてニューロンを極限加速させ推察した。不可視の獣とアズールが深く結びついているであろうことは明確であった。その繋がりこそが獣の実際強大且つ自由自在な力の源であり……そしてまた、その繋がりこそが時として代償になりうるものだと理解した。不可視の獣の負ったダメージは少女をも傷つける、謂わば諸刃の剣だと。

極限加速するニューロン、鈍化する主観時間の中でソリッドクロウズは状況判断に徹した。即ち、今攻撃を仕掛けるべきはどちらかを、だ。アズールはここまで獣が負ってきたダメージを堪えていたと見えるが、先ほどの攻撃で限界に至ったのか。小柄な体躯は震え、今にも崩れ落ちそうになっている。好機。隙だらけの無防備状態……否。それでもなお、マグナムを手離していない。寧ろグリップを握り締める力はより強く、確かな意志がある。瞳には一切の怯えも憂いもなく、決断的な敵意に満ち満ちていた。今仕掛ければ間違いなく反撃を喰らう。ならば今狙うべきは……文字通り、手負いの獣!

「イヤーッ!」ソリッドクロウズは掌に赤熱する小さな鉄塊を生成、それを握り砕く。月光が飛び散る鉄屑を微かに照らす。油断ならぬ眼光がギョロリと動き、反射光を目敏く捉える。視える!

BLAM !!! BLAM !!!

「イヤーッ!!」もはや銃弾は防御せず、回避。勢いそのままに振るわれた赤熱チョップが虚空を横薙ぎに裂く!「ゴォアアアン!」直撃!「ンッ、グッ……!?」アズールの瞳の光が衰える。「イヤーッ!」赤熱ケリ・キック!「ゴアアアア……ッ!!」獣が吹き飛ばされた!「……ッ!!」 アズールは上がりかかった悲鳴を押し殺し、引き金を引く!BLAM !!! 鉛玉は局所的多重鎧に阻まれる!

「カッハッハ!獣を殺せばオヌシはどうなるか、愉しみよのう!」老獪なるニンジャ戦士は不可視の獣をカイシャクすべく飛びかかる!「イィイイヤァァアーッ!!」渾身の赤熱チョップが迫る!

……少女は虚空に何か呟いた。彼女の空色の瞳に宿る神秘的な光が、ローソクめいて、フッと消えた。同時に不可視の獣の存在も消失した。赤熱チョップは虚空を空振った。ソリッドクロウズは目を見開き体勢復帰、そして愉悦の笑みを浮かべてアズールの方へ向き直した。

「……クック、引っ込めたか?いい判断だ、アズール=サン。つくづく素晴らしいニンジャ戦士であることよ」

アズールは答えず……走り出した。足がもつれそうになるのを堪え、走った。ソリッドクロウズを中心とした円を描くように、駆けた。その空色の瞳は狩りをする獣めいて鋭く敵を睨みつけ、決して揺らぐことはない!

BLAM !!! 走りながら射撃!「イヤーッ!」やはり阻まれるが、顔色ひとつ変えず疾走、地表に突き出た岩を蹴って加速!BLAM !!! 「イヤーッ!」局所的多重鎧!アズールは描かれる円の内側に、より内側に円を狭め、敵との距離を詰めながらひた走る!

ソリッドクロウズはアズールの狙いを推し量ろうとした。銃弾はその飛距離による威力減衰の影響を受ける。対象物との距離が近ければ近いほど物理衝撃は大きいものとなる。彼女の持つ大口径のリボルバーとなれば、実際凄まじいものだ。現にその威力は多重鎧の再生成をも突き破らんとしている。狙いは至近距離からのヒサツの一撃か。

今ツブテスリケンを放てばアズールを殺せるか?否。全身を甲冑で覆う隙を無慈悲に撃ち抜かれるだけだろう。全身に及ぶ鎧は多重生成できず、相対的に脆い。無駄だ。

思考を巡らすソリッドクロウズ、その間にも少女は迫る!BLAM !!! 「ヌゥーッ!」局所的多重鎧、生成、破砕、再生成、再破砕……再々生成!いくら燃費が良いといっても、無尽蔵ではない。エテルの流れが乱れる。しかしまだだ!迸る激しいカラテの余波を受け、踏み締める大地に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。残る全てのカラテを、ジツを振り絞る。次で最後だ。全力をもって迎えうち、カウンターを喰らわせる腹積りである!

……泥めいて鈍化する主観時間のなか、アズールはソリッドクロウズの真正面、ワンインチ距離へと決断的に飛び込んだ。地面を両足で蹴り、空中でしなやかに身体を伸ばし、前転で転がり込む。パルクールめいたダイブ・ロール・ムーヴメントのなかで彼女は既にリロードを終えている。タツジン。片膝立ちの姿勢で復帰し、右手でサンシーカーを腰だめに小さく構える。左の手のひらを扇状に広げ、撃鉄に添える。空色の瞳が、偉丈夫を見上げる。敵の懐。赤熱するミルフィーユ状多重鎧が瞬く間に生成され、銃口を待ち構える。今までで最も分厚い。

ここで決める。失敗すれば、即ち死。息を止め、奥歯を噛み締め……反動に備える!

BBBBBBLAMN……!!!!!!

……凄まじい轟音が空気を引き裂き、ビリビリと痺れさせた。衝撃に華奢な両腕を震わせながら、少女は片膝立ちの姿勢を保つ。血と硝煙の匂いが入り混じった生暖かい夜風が、アズールの頬を正面から撫でつけた。

「……ア、バッ」

分厚く重なった多重鎧諸共に胴体に大きな風穴を開けたソリッドクロウズが呻き、蹌踉めき、後ずさった。赤熱鎧が崩落していく。

何が起こったのか?あなたが優れたニンジャ動体視力をお持ちであったならば視えたはずである。アズールは右手でサンシーカーの引き金を引き……引き続けたまま、左の手のひらで撃鉄を高速連打。マシンガンめいて瞬時に全弾発射された49マグナムの弾丸の物理衝撃全てが、寸分違わず局所的超重赤熱多重鎧の一点に集中砲火を浴びせこれを破砕。ソリッドクロウズをも貫いたのである。当然ながらその衝撃・反動は尋常ではなく、ニンジャであっても2射目、3射目以降の跳ね上がる銃身の制動は極めて実際困難だ……だが彼女は堪えきった。堪え抜き、撃ち抜いたのだ!

ゴウランガ……おお、ゴウランガ!ファニング・ショット・キル!テッポウ・ニンジャクランの一部流派の用いるファニング・カラテによく似てはいるが、洗練されたファニング・カラテのそれと比べれば実際そのワザは無骨ではあった。アズールにファニング・カラテのインストラクションは無い。己を助け出した私立探偵と同じく49マグナムを握り、大砲じみたそれを使いこなすべく研鑽し、世界を生き抜き……その過程で見つけ出した……謂わばカラテ収斂進化だ!

少女の瞳がソリッドクロウズを見据える。月明かりに照らされ、空色が美しく映える。

「アバッ……ハ、ハハ、ハ……み、見事……」

老獪なるニンジャ戦士は凄絶な笑みを浮かべながら両腕を広げ……大の字になって仰向けに倒れた。

「サヨナラ!!」爆発四散。冷たい夜風が血煙と肉片を夜闇に連れ去っていった。

「……ハァーッ……ハァーッ……」

アズールは大きく息を吐き、立ちあがろうとして……一瞬意識を失い、尻餅をついた。そのまま倒れそうになるのを辛うじて抑え、上体をおこす。それから苦心して立ちあがり、未だファニング・ショット・キルの衝撃に震える両手で膝を押さえ、背を屈めて肩で息をする。憔悴した様子の彼女の空色の瞳に、神秘的な光が灯り出す……。

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「なんということだ…….!ソリッドクロウズ=サンが……!」数十メートル離れた小高い丘、キャニオン迷彩柄の装束に身を包み、双眼鏡めいたサイバーゴーグルでイクサの趨勢を観測するニンジャの姿あり。彼の名はオブザーバー。マイティブロウの懐刀たる斥候ニンジャである。ソリッドクロウズは彼の存在を知らず……然り。オブザーバーはシノビ・ニンジャクランのソウルをその身に宿した、油断ならぬ斥候にして監視者である!

己の高いワザマエにかこつけてマイティブロウの足元を見、極めて高額な報酬を要求するソリッドクロウズが、不備を働いていないか、申告に虚偽が含まれていないか、それを見張るのが彼の任務だ。ナローズ・ピットの頭領は老獪なる傭兵を快く思っていない……が、オブザーバー個人としては、かの老戦士のワザマエに敬意をもっていた。そのソリッドクロウズが、殺された。少女の姿をしたニンジャに……!

双眼鏡めいたサイバーゴーグル……否、それはゴーグルではない。彼の鼻から上から額まではサイバネ置換されており、双眼鏡めいたそれは拡張されたサイバネ・アイを内包している。機構が展開し、せりあがる。カタツムリめいてゴーグルの先端が更にせりあがり、高精度サイバネ・アイが少女を入念に観察する。

オブザーバーはナローズ・ピットの車両の何台かに盗聴器を複数忍ばせており、武装キャラバン襲撃の折から盗聴を続けていた。激しいイクサの中でほぼ全てが失われ、車両諸共鉄屑に成り果ててしまっていたが……奇跡的に残骸にへばりついた一機が少女とソリッドクロウズのイクサの音声をノイズ混じりに僅かに拾い上げた。それも早々に破壊されてしまったが……辛うじて少女ニンジャの名だけは確認できた。『アズール』。既にビジュアル・データと共にその名と得物、ジツはマイティブロウの元へ転送されている。何やら奇怪な……不可視の存在を使役するジツを使っていたようではあるが……それもソリッドクロウズに倒された。今、アズールは独り、満身創痍の状態だ……。

(((これは……キンボシのチャンスでは?)))

斥候ニンジャに邪な考えが浮かび上がる。少女はこちらに気づかず、その様子を見るに……もはや爆発四散寸前なのでは?ゴクリと唾を飲み、高揚する心臓の鼓動を自覚する。厄介な透明存在は老戦士に屠られた。オブザーバーはメンポの下で、口元を邪悪な弧に歪めた。無防備な少女を見つめ、摺り足で移動を開始する。距離は数十メートル。ニンジャ野伏力を発揮し、確実に接近、アンブッシュで殺す!……彼の視界に映し出された少女がゆっくりと顔を上げた。

淡く光る空色の瞳と目が合った。

「……え?」

目が。合った。

(((見……見られた?バカな、この距離で、この俺が?有り得ぬ……!)))

錯覚か気のせいかと思いたかったが、彼のニンジャ第六感は非常な現実を告げている。アズールは荒い呼吸をしながらではあるが、オブザーバーを確かに見据えていた。気づかれている……!

(((ウカツ!キンボシに目が眩み、ニンジャ野伏力に隙が生じてしまったか……!?いや待て、いつからだ?いつから、気づかれて……!)))

オブザーバーはゆっくりと後退り、緊張感に全身を強張らせる。ズームされた高精度サイバネ・アイに映る少女の瞳から目を離せない。恐怖の感情が緩慢に鎌首をもたげる。まだ距離はある。逃げ切れる……「アイエッ!?」ドン、と何かに背をぶつけ、オブザーバーは素っ頓狂な声をあげて蹌踉めいた。背をぶつける?バカな、後方に障害物はなく、ましてそのような場所に陣取ることなど有り得ぬ。

では何が?……彼は恐る恐る振り返った。何もない。では何が……いや待て。何か違和感がある。透明な、壁?…………否、否……

「ア……」

月夜の光に微かに照らし出された獣の輪郭に彼は慄いた。顕現せしイヌガミ・ニンジャの化身は無慈悲にオブザーバーに喰らいつき、屠った。

「ア、アイエエエエエ!?アイエエエーッ!!!アイ、アバッ!アバババーッ!!アバッバッ、アバババーッ!!ヤメ」

スプリンクラーめいた鮮血が迸る。オブザーバーは首を失ったキャニオン迷彩柄装束のニンジャが滅茶苦茶に喰い千切られ、肉片が大地に散らばる様を、そのサイバネ・アイに収めた。ゴロゴロと地面を転がる映像は、直ぐに獣に踏み潰され、ブラックアウトした。

「サヨナラ!」爆発四散!

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大地を飛び跳ねるようにして駆け、不可視の獣がアズールの元へと参じる。彼女は苦しげながらも姿勢を起こし、一度大きく深呼吸してから跳躍、疾走する獣の背にしがみつくようにして飛び乗った。

浮かぶイン・ヤン模様めいた砕けた月が彼女らを照らす。空色の瞳に灯る神秘の光が、夜闇に淡く幻想的な軌跡を残す……。


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