リーダーじゃなかった人たちへ


春学期に受けていた授業で、結構好きなものがあった。

社会心理学という科目。
内容は健康心理学だった。

教授がとても軽快で、楽しい方だったし、メンタルヘルスについていろいろ教えてもらった。

ストレスとなる要因があっても、それを認知しなければ人はストレスを感じないとか、そのためには周囲のサポートが欠かせないとか。

認知的不協和とか、内集団バイアスの話も面白かった。

けれど、最後に教えてもらった1つの動画が、私は1番好きだった。心理学とも社会学とも、社会心理学とも、健康とも関係ない、TEDの動画だ。



デレク・シヴァーズ
「社会運動はどうやって起こすか」

2分15秒からが特に良いので、文字起こししてみた。

最大の教訓は、リーダーシップが過大評価されているということです。 確かにあの裸の男が最初でした。彼には功績があります。
でも1人のバカをリーダーに変えたのは、最初のフォロワーだったのです。全員がリーダーになるべきだとよく言いますが、それは効果的ではありません。

本当に運動を起こそうと思うなら、ついて行く勇気を持ち、他の人達にもその方法を示すことです。スゴイことをしている孤独なバカを見つけたら、立ち上がって参加する。最初の人間となる勇気を持ってください。
ここTEDはそのための最高の場所です。どうもありがとうございました。

ここで語られていることは単純である。

「たった1人のバカをリーダーにするのは、最初のフォロワーである。」

リーダーは、運動を最初に始めたので、もちろんその功績はあるが、次に続くものがいなければ、彼はただ1人のバカだったのだ。

だから、勇気を持って、最初の1人に続く人になれ。


***

どこを見回しても、リーダーが求められている。
就活でも、対策本に載っているのは、リーダーシップを発揮したエピソードばかり。

そんなにリーダーがほしいなら、一から育成してほしい。リーダーじゃなかった人間を、リーダーに育て上げることは、できないのだろうか。と少し思ってしまう。


ただ私が本当に不満に思っているのは、リーダーばかり求めている社会なんかじゃなくて、リーダーじゃなかった自分だ。

リーダーシップもないし、経験もない。素質としてリーダーに欠けることばかり。

失敗を恐れて、自分の可能性に蓋をしているだけかもしれない。やってみなきゃわからないとは言うし、やってみたら何か変わるかもしれない。

けれど、それでも踏み出さずにきた自分に、リーダーにふさわしい人間としての自信を持つことはほぼ不可能だった。

そんな時に出会わせてもらったのがこのTED。

私はリーダーにはなれないけれど、最初のフォロワーにはなれるかもしれない。そう思わせてくれる力がこの動画にはある。

リーダーになれなくても、フォロワーにならなれる。
フォロワーは、1人の人間を、リーダーにする存在。

こんな価値観が広まったら素敵だなと思う。

リーダーだけが良しとされてきた社会から、リーダーとフォロワーも良しとする社会へ。

そのうちに、もっともっと良しとするものが広がって、いろんなポジションが平等に必要とされたらいいのにな、と思う。


何か1つを絶対的に良いものだと言うことは、社会が発展する上で必要なことだったのかもしれないけれど、その1つに入れなかった人やその価値観に共感できなかった人は、いつまでも置き去りだ。

今は、その置き去りになってしまった人たちを少しずつ照らして、みんながみんなを良いね、必要だね、と言える社会にするまでの転換期のような気がする。

一人一人がどこかで掬われる社会になってほしい。一人も取りこぼさないで、誰もが自分に合った器に乗っていてほしい。

きっと絶対、誰しも必要とされる場所と、輝ける場所はある、と信じている。


#ブログ #日記 #エッセイ #リーダー #TED #11

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