自分がされて嫌なことをしない、ということ。


幼稚園の頃から、お母さんの言いつけることはこうだった。

人の家にあがるときは、お邪魔しますって言いなさい。
挨拶とお礼はちゃんとしなさい。
自分がされて嫌なことは人にしないこと。

他にもきっともっとたくさんのことを言われてきたと思うけれど、今覚えているのはこのくらいだ。

多分ほかのやつは、気がつかないうちに体に取り込まれているのだろうと思う。

そう思うと教育って大事だ。

私は、幼稚園生の頃から、
「自分がされて嫌なことは人にしない」と言われてきてよかったと今思っている。

もちろん、この教えを守ろうとしても、自分に余裕がなくて、自分がされたら嫌なことをしてしまったことなんて、数えきれないほどある。

それでも、心掛けとしては、いつも胸にしまってあるつもりだ。


話は変わるけれど、私は「怒り」の感情を向けられることと争いごとがとても苦手だ。

この理由は明確に説明できるものではないけれど、とにかく平和でいることが第一だと思っている。

争いごとがあるなら一刻も早く終わってほしいと思う。
怒られたときは、本当にしばらく引きずるし、しょんぼりしてお豆腐メンタルになってしまう。
(叱られたり、指摘されたり、というのは頑張って受け止める)

だから、人が貧乏ゆすりをしているだけでドギマギしてしまうし、なぜかそれが自分に向けられているのでは、というところまで想像して、いちいち気にしてしまう。

心臓が弱すぎる。笑

だから私は怒りの感情は人には向けないようにしている、つもり、だけどできてない時もあるから、偉そうなことを言うつもりない。

けれど、私に怒りをそのまま向けてくる人がいたら、私が怒りを吸収できない限り、私はその人の元をすっと離れると思う。


その理由は2つある。

1つ目は、
もしその人が、自分にも怒りを向けられても構わないと思っているのなら、その人と付き合い続ける限り、私は嫌なことに巻き込まれ続ける可能性があるから。

もはやこれは価値観の相違であって、きっと適度な距離を保っていることがお互いにとって幸せだ。

怒りを向けられてもいいから、人に怒りを向けることも特に何も思わないならそれはそれでいいと思う。

ただ、私はその考えとは少し違う。
それだけのこと。

2つ目は、
もしその人が自分に怒りを向けらるのが嫌だったとしたら、自分がされて嫌なことを平気で人にしていることになるから。

もちろん、余裕がなかったということも考えられる。
普段はいい人かもしれない。

だけど、じゃあ、普段がいい人だからって、心が傷つけられた事実は変わるのか。

自分の心の痛みより、自分を傷つけた人を守るのか。

これは確率の話じゃない、事実の話だ。
あったのか、なかったのか。

きっと普段はいい人だから、嫌なことをしてくるのは稀だから、といつまでも頻度の話をしていては、問題は解決しない。

自分がされて嫌なことを人にしてしまう人からは、その人に悪気があったにせよ、なかったにせよ、たぶんあまり近くにいないのが得策だ。


逃げるのも、大きな策略の1つだ。

とにかく、嫌だと思ったのなら、ちゃんと逃げてほしい。逃げたい。

嫌なことをしてくる人と関わり続ける義務もないし、好きな人とだけ一緒にいればいい。

好きな人とだけ一緒にいたら幸せかどうかはわからないけれど、
嫌なことをしてくる人と一緒にいたら幸せじゃないのは当然だ。


自分がされて嫌なことは、人にしない。

忘れがちで、大切なこと。

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