見出し画像

インスタ映えとは息を吸って吐くような驚きだ

 本に囲まれて寝落ちする-。そんな触れ込みのゲストハウスに泊まった。2段ベッドの壁面が本棚になっており、ロビーのソファでくつろぎながら好きな本を読める。それだけといえばそれだけなのだが、とにもかくにも雰囲気がおしゃれだ。

 不思議なことに、この宿にいる人は日本人でも外国人でもみんなおしゃれな人たちに見える。おおむね20~30代の若者で、スウェットなどくつろいだ部屋着を着ている人もいるけどそれすらもキマって見える。だらしない印象の人は誰一人として居ない。机に座ってほおづえを突きながら、もしくはソファーに寄りかかりながら、本を読む姿がそれぞれに様になっていて感心する。

 ここではなぜか、ジーンズの足を大げさに組んだり、ソファーの上であぐらをかいたり、体育座りしたり、そうした動作ですらもいちいちおしゃれな気がする。本を取ってもったいぶってぺらぺらページをめくっているだけでおしゃれな人として認定してもらえそうな魔法がかかっている。

 なぜ宿泊客がみなおしゃれに見えるのか。もとからファッションに秀でた宿泊客もいたと思うが、たぶんそれだけではない、その場での振る舞いが影響しているような気がした。スマホではなく思索をしながら本をめくる若者たちの姿は不思議だ。電車の中など普段の日常で会える場面はかなり少ないし、自分自身がそうなることもあまりないだろう。

 「普段読まない本を手に取っている私」。そこに、他人の目が加わる。実際は他人の存在なんて誰も気にしていないのだが、おしゃれな他者の影が目の端に映っているだけで、自分の姿もよく見せたいという欲が湧き、さらには「私もこう見えているはずだ」という錯覚におちいる。だから、自分がおしゃれになったような気がするのだ。

 2段ベッドの上の段の住人は例に漏れず、はしごをよじ登らなければならないのだが、この作りが質の悪いジャングルジムのようだった。今回は2㍍もないのだが、入り口が狭いためにうまく身体を滑り込ませるのに難儀した。床に落ちないように無様に格闘する私のお尻が他の客に見えないよう、外側にのれんの帆布がぶら下がっていて良かった(反対側のベッドの壁は本棚になっているため、この布は無かった)。おしゃれな空間において、機能性には誰も文句を言わないのだろう。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 その日の朝、併設のカフェで注文した「イチゴサンドイッチ」がステンレス製の正円のプレートに乗っかって、周囲の光を反射しまき散らして登場した。パンはチョコが練り込まれているのか真っ黒で、皿の上のジャムや蜜も不思議なプレートのせいか見た目では何かわからないぐらい宇宙的に見える。とてつもないインスタ映えフードだ。

 インスタ映え、という言葉はもう新しくも何ともない。「おしゃれ」な風景やモノを写真におさめてSNSにアップロードするという行為は、太古の昔から息を吸って吐くような自然さでみんながやっている。私も黒光りするイチゴサンドを素早く写真に撮った。

 今回の旅行で、北陸の有名な現代美術館で春休み中の大学生グループがプール型の作品の中で自撮りしまくるのにすっかり辟易してしまった後だったが、SNSに写真をアップする行為自体とか「承認欲求」言説の話ではなく、なぜそのモノにカメラを向けるのか、ということについて考えてみよう。

 やはり、撮られるモノは「映え」なくてはならないだろう。キラキラのサンドイッチ、ラテアート、カラフルなアート作品、犬、猫、海、山、川、パンケーキ、北欧風カフェなど。ただし新聞チラシの束とか、ラックにぶら下がったハンガーとか、自分のお父さん(ものすごく自慢したくなるほどおしゃれな場合を除く)とか、電車に並んで座る乗客たちとかではだめだ。ましてや映像作品などの硬派な現代アート作品は、足を止めて意味を読み解かないとよくわからないので無視され、写真撮影も禁止の館内では大学生たちが生気を失ったゾンビのような顔で徘徊する。少し「ざまあ」と溜飲が下がる思いだ。

 「映える」というのは直情的に好ましく脳みそに訴えかけるものだ。それをわれわれは、本能的に瞬時に判断しているということになる。理屈抜きで自動処理されるこの心の働きについて、われわれは論理的に理解することはない。まして「これはインスタ映えするよね」とわざわざ友達に確認してからアップするなんてことはしない。それなのにとても普遍的で、インスタは写真の技術やセンスなど多少の優劣はあるが「映える」写真であふれかえる。虹色の合成着色料や草間彌生の作品は、いつでもトップチャートだ。よく考えると、これはとても不思議なことなのかもしれない。

 現代アートにしろ読書にしろ、本質的には自分と向き合って答えを出す(出せないと気付く)必要があるし、普段の自分とは違う世界の見方を常に突きつけられるものだ。こうした世界と、100%視覚に頼り切る「映える」の世界は次元が違う。そこにたとえば驚きがあっても、全く違う質の驚きだ。読書の世界では、息を吸って吐くように驚くことは出来ない。

 そんなことに没頭しながら無駄な思考をめぐらすと、たぶん自分がおしゃれに見えていようがいまいがどうでもよくなってくる。

* * * * * * * * * * * * * * * * *

 朝ベッドから出てきた女の子が、シーツとペットボトルの入ったゴミ袋を手に、シーツを回収するカゴの前で固まっていた。おそらくどこにどれを入れたらいいか迷っていたのだろう。日常から遠すぎる空間で彼女の持ったゴミ袋が、おしゃれな空間をぶちこわす爆弾のようにカサカサと細かい不快な音を放った。(おわり)

#エッセー #創作 #ライター #ノンフィクション #私小説 #ゲストハウス #旅先 #現代文学 #読書 #インスタグラム #インスタ #現代アート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?