碧(あお)のハッカー、猛き樹海を行く

 かつて49階立てだった廃ビルの窓という窓から生い茂る七色の枝葉を見上げながら、メイド姿の彼女は言った。
「ここが目的地ということでしょうか?」
「ええ、これまでの情報を総合するとその可能性が高いわ」
 答えたのは彼女が押す車椅子に乗った少女。車椅子のグリップと一体化した画面を睨みながらキーボードを細かく叩く。それから車椅子の脇に釣り下げたバッグに手を突っ込むと、ピックにケーブルの繋がった道具を数本取り出した。
「イナミ、お願い」
「はい、アオ様」
 メイドのイナミはそれらを受け取ると、廃ビルの一階部分から大量に這い出ている巨大な根に近づいていき、一本一本突き刺していく。
 染み出た樹液がほのかに光り、ケーブル両端のアクセスランプが点灯し、廃ビルを貫く【ネットワーク】と車椅子内蔵コンピュータとのリンクが確立。
 アオはあらかじめ用意しておいたプログラムを複数並行で走らせると、眼鏡の奥の目を皿のようにして高速で流れるログを睨みつけた。
「……いたわ。おおよそ十階のあたりに巣があり、人間と思しき生体反応も複数ある」
「複数? 依頼のあった要救助者はおひとりでしたよね?」
「他にも被害者がいたのでしょう。あるいは、もっと別の良くない可能性か……」
 アオはてきぱきとデバイスを操作し更なる情報を見出そうとするが、憶測以上のものは今は出てこないと判断するとすぐに諦め、イナミの方を向き直る。
「やれる?」
「もちろんで御座います」
 イナミは即答すると、インカムのマイクを口元に寄せた。
「……というわけですが、もちろん貴方も聞いていましたよね?」
『それこそ愚問だな。いつでも行ける』
 スピーカーから男の声。
『お嬢様。ひとつ確認させていただきたいが、十階以外に問題は?』
「他に明確な敵性反応は今のところ無し。例によって根を張った樹海が過剰反応をする畏れはあるけれどそれは私が抑えます」
『了解。先行する』
【続く】

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