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【ニンジャスレイヤー二次創作集より】「ジ・アイズ・スティル・アライブ」

(18.3.5、加筆修正)


「ドーモ、ビホルダー=サン。バンディットです」「ドーモ、バンディット=サン。ビホルダーです」

トコロザワ・ピラー。トレーニングフロア。2人のニンジャがアイサツを交わした。


茶色ニンジャ装束の男——バンディットが手を合わせ、オジギをし、名乗る。丁寧に作法を成すバンディットの身体から殺気が放たれ、フロア内を満たしていく。

車椅子に乗ったニンジャ装束の男——ビホルダーもまた手を合わせ、オジギをし、名乗る。丁寧に作法を成すビホルダーの身体から殺気が放たれ、フロア内を満たしていく。

殺気は空気を震わせ、透明な大波を生み出して相対するニンジャを呑み込む。常人ならばそのアトモスフィアだけで失禁、最悪ショック死に至るキリングフィールドの中においても、2人のオジギは決して姿勢が崩れない。

ネオサイタマを牛耳る闇のニンジャ暗黒経済組織「ソウカイ・シンジケート」の威力部門、ソウカイ・シックスゲイツ。その最精鋭の6人ともなれば、そのオジギの作法からもカラテの格が伝わってくる。「ドーモに始まり、サヨナラに終わる」とは古来より伝わる出所不明のコトワザであるが、これはニンジャ同士のアイサツの奥ゆかしさと、その後起こりうる凄惨なイクサ、その顛末を示すニンジャ真実を記したものではないかという説がある。

これから行われるのはごく普通の、身内同士の他愛の無いカラテ・トレーニングに過ぎない。トレーニングにタチアイニンは不要。オーディエンスも不要。ルールなども特にない。アイサツの掟だけが唯一、不変のルールとして存在するのみ。

ビホルダーは車椅子に座したまま立ち上がらない。その肉体はすでに半身不随、両脚の運動能力は喪失している。かのマルノウチ抗争における名誉の負傷と言うには、あまりにも重すぎるハンディキャップだ。日進月歩で技術が更新されるサイバネティクスでさえも、未だビホルダーほどの重体者を五体満足に戻すまでには至らない。

ビホルダーの身体は本来長身であるはずだが、今の姿は目の前に立つバンディットよりも小さく見える。ナムアミダブツ。このような痛ましい姿の者に対して殺気を放つバンディットとは、一体どれほど無慈悲なニンジャなのだろうか?


「バンディット=サン。私とカラテ・トレーニングをしないか」

バンディットはオジギを交わしながら、ビホルダーが発した言葉をニューロンで反芻する。数日前、この半身不随のシックスゲイツは自ら、己に対してトレーニングを申し込んだ。

シックスゲイツに加入してまだ日の浅いバンディットにとって、古参であるビホルダーの誘いは安易に無視出来ない。実力主義を謳うソウカイヤにおいて、実力・実績で勝る先達に対して敬意を損なうような真似をすれば、その先に待つのは無慈悲なムラハチであろう。バンディットは一瞬、言葉に詰まった。

彼は恐怖したのか。カラテ・トレーニングと称した抑圧的暴力によって心身ともに打ちのめされ、爆発四散するニンジャなど珍しくない。ましては相手はソウカイ・シックスゲイツの6人、ビホルダー。恐れて当然……否、よく見ていただきたい。バンディットの目に恐怖はなく、ビホルダーの姿を、表情を読み取ろうとしている。

確かにビホルダーは恐るべきニンジャだ。ソウカイヤ内での評価も高い。だが、あくまでその誉れはビホルダーが五体満足のコンディションであった頃の話。……現在は、どうか?バンディットはその誘いを受けた。ビホルダーの表情は、スモークの濃いサイバーサングラスで覆い隠され読み取る事は出来なかった。

そして今日、トレーニングの場に立っている。バンディットはビホルダーと目を合わせない。だがその耳と肌は、アイサツの最中にも油断なくビホルダーの肉体の状態を探る。オジギの角度、アイサツの声色、呼吸、アトモスフィアから、少しでもカラテの情報を得ようとする。

半身不随になったとして、ビホルダーのカラテはどれほど減退した?あのフドウカナシバリ・ジツの猛威は健在か?己とのカラテ力量差はどれほど縮まる?

ビホルダーの真意は窺い知れぬ。わかる事はただ一つ。このトレーニングに挑んだのはビホルダー自身。つまり、勝算があるという事だ。ならば、決して侮る事など許されない。

頭の中を思考パルスが駆け巡り、イマジナリーカラテが結論を下す。己がすべき初手。オジギを終え、顔を上げる。バンディットは、ビホルダーとは決して目を合わさなかった。

「イヤーッ!」アイサツ終了から0コンマ5秒、ビホルダーのフドウカナシバリ・ジツが発動!青白い瞳がヒトダマを放ったかのように光り出す!これがビホルダーの得意とするジツだ!この瞳を見た者はジツにかけられ、ビホルダーの操り人形と化すであろう!

「イヤーッ!」しかし、バンディットはそれを予測しその場で反転、ビホルダーに背を向けた!ワザマエ!背中に目のついたニンジャはいない!カナシバリ・ジツは回避されたが、ビホルダーに動揺は見られない。己のジツが読まれている事など百も承知だからだ。

だがバンディットの初手はそれで終わらない。常人の3倍の脚力を以て後方へ……即ちビホルダーの身体めがけて跳んだ!バンディットはビホルダーに背を向けたままトラースキックを放つ!「イヤーッ!」

奇襲!だがそのカラテ軌跡は見えている!ビホルダーは車椅子の車輪を掴み、猛スピードでバック走を開始!バンディットの蹴り足が車輪を掠める!蹴りの狙いは車椅子であった!

ギャリリリリリリ!蹴りは空を切った!車椅子が一瞬浮き上がるほどの急加速は、ビホルダーほどのニンジャと言えど一瞬バランスが崩れるほどであった。だがそれくらいのスピードで回避せねば、恐らく車椅子は一撃の下破壊されていたであろう!

アンブッシュを外したバンディットにも、動揺は無い。むしろこの蹴りによってビホルダーと自分との間合いを離す事が真の狙いだ。「イヤーッ!」バンディットは即座にその場から飛び去り、ビホルダーの視界から消える!何たる常人の3倍の脚力を活かした機敏な3次元移動か!既にバンディットは、ビホルダーの死角へと回り込んでいる!

「イヤーッ!」死角からスリケン投擲!ビホルダーの急所へと迫る!「イヤーッ!」だがビホルダーは鋭いニンジャ反射神経を発揮しこれに対応、スリケンを正確にブレーサー防御!スリケンが放たれた方角を振り向き、ジツを……ナムサン!既にバンディットの姿は無し!

「イヤッ!イヤッ!イヤーッ!」バンディットはスリケンを懐から取り出し3枚投擲!3方向から放たれたスリケンをビホルダーは正確にブレーザー防御!ビホルダーはバンディットの動きを視界に捉えようとするが、バンディットは速い。身体の動きに制限のあるビホルダーでは捉え切れない!

これがバンディットの戦術か。例え半身不随のニンジャと言えど、ビホルダーには必殺のフドウカナシバリ・ジツがある。真正面からカラテ勝負を挑むは愚策。常人の3倍の脚力を持ってビホルダーの周囲を3次元的に移動し、スリケンで確実に削り倒す戦術だ。バンディットは己の脚力とスリケンに自信を持つ。スリケンを外す事は万が一にも無い!

ビホルダーは車椅子をニンジャ筋力運転、ターボエンジン搭載のリキシャーめいて発進!バンディットの移動経路を予測し、己のジツの有効射程内に入るべくる急接近する!バンディットは更に加速し、トレーニングフロア全体を伝って機敏なパルクール運動!ビホルダーから距離を離す!

「イヤーッ!」スリケン投擲!ビホルダーは防ぐ!バンディットはトレーニング用木人を飛び越してビホルダーの裏へ回る!

「イヤーッ!」スリケン投擲!ビホルダーは防ぐ!バンディットはケンドー・アーマーを飛び越してビホルダーの裏へ回る!「イヤーッ!」スリケン投擲!ビホルダーは防ぐ!バンディットは神棚を飛び越してビホルダーの裏へ回る!「イヤーッ!」スリケン投擲!ビホルダーは防ぐ!バンディットはダルマ・サンドバッグを飛び越してビホルダーの裏へ回る!「イヤーッ!」スリケン投擲!ビホルダーは防ぐ!バンディットは肺活量訓練井戸を飛び越してビホルダーの裏へ回る!「イヤーッ!」スリケン投擲!ビホルダーは防ぐ!バンディットは電流バーベルを飛び越してビホルダーの裏へ回る!

対するビホルダーも然る者、スリケン防御と車椅子操作の両立にも即対応!バンディットの移動速度にも怯まず、スリケンを投げ返す手間も惜しんで正確にバンディットへと迫り、フドウカナシバリ・ジツの眼力をチラつかせる。何たるニンジャ器用さ!バンディットは驚愕した。重傷を負って間もないながらこれほどの動きが出来る物か!

バンディットは間合いを離しつつスリケン投擲!「イヤーッ!」ビホルダーはスリケンを回避しながらバンディットへと迫る!カラテ・トレーニングとて容赦などない。もし不慮の事故などでニンジャの損失があろうとも、ソウカイヤの長たるラオモト・カンはそのような弱者の存在を省みないのだ。バンディットはスリケンの一射一射に殺気を込め、ビホルダーはジツの行使に殺気を込める!手を抜けば死!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」バンディットは正確にスリケンを投げる。ビホルダーは回避しながら距離を詰める。バンディットは逃げる。その一連のカラテ・ムーブは数十分も繰り返され、徐々に2人の目に疲労が浮かび始めた。

この状況はビホルダーにとってジリー・プアー(徐々に不利)か?それとも2人にとってのサウザンド・デイズ・ショーギめいた展開か?いずれにせよ、トレーニングの主導権は依然、バンディットが握り続けている!「イヤーッ!」スリケン投擲!

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ガーゴイルの死、斥候ニンジャであるヘルカイトの台頭……その突発的な出世劇はシックスゲイツ全体を少なからず動揺させた。現在もメンバー間には、猜疑心や警戒心による剣呑なアトモスフィアが満ちている。

この人事はバンディットにとっても大きな焦りに繫がった。シックスゲイツの選考基準は甘くない。先頭に立つに値しないと判断されたニンジャは、容赦なくアンダーカードへと回される。近いうちに新たなミッションが下されるだろうが、その時失態を犯すような真似をすれば……キリステを覚悟しなければいけないだろう。

バンディットは、ビホルダーにも己と同じ焦りがあると予想していた。半身不随のニンジャ。一時は再起不能とまで囁かれた存在。次のミッションが最後のチャンスという噂もある。このトレーニングは、その為の調整か?

(だとしてビホルダー=サン。何故俺なのだ。俺にカラテ・トレーニングを挑んだとて、ジリー・プアーになるのは目に見えていたであろうに)

懸命にバンディットの足跡を追い、車椅子を走らせるビホルダーの姿。己のスリケンと脚力はビホルダーに対しても見劣りしない。それどころか……己がトレーニングの主導権を握っているのだと、バンディットは強く実感した。古参のシックスゲイツに対し優勢に立ち回れている事への喜悦が、バンディットの脳裏に優越感を芽生えさせる。口元が緩み始める。

(……いかん!調子に乗るな!俺はサンシタではない!)バンディットはその優越感を振り払った。気を引き締めよ!油断は死だ!ウカツが過ぎればスリケン投擲は乱れる。パルクールは乱れる。そうなればあのビホルダーは油断無くその隙を突いてくる。隙を突かれるという事は即ち、死だ!だが……優勢!

(……こうなって当然なんだ。本来ならば、俺とビホルダー=サンがカラテ勝負を交わす事などありえないのだから)バンディットは己のイクサを思い返す。仮に何らかの実戦で、ビホルダーのようなニンジャと相対した場合どうする?今のような戦術を持って立ち向かうか?否。バンディットは逃走に専念する。今のビホルダーが己に追い縋る事など出来ない。

例え相手が五体満足のニンジャであったとしても同じだ。全力で追跡を振り切るのみ。己が目で見た敵対メガコーポ、敵対ニンジャ勢力の情報を確実に持ち帰る事。IRCネットワークに流すべきでない機密任務情報をマキモノにしたため、己の足で運び仲間のニンジャに伝える……それがシックスゲイツの斥候たる、バンディットのイクサだからだ。カラテでニンジャを殺す事が己の本分などではない。優勢で当然……己に慢心なし……

「……バンディット=サン。私はあの憎きザイバツ・ニンジャに背骨を折られた時、ジゴクが見えたのだよ」

バンディットの思考は一瞬途切れる。ビホルダーの声がバンディットに響いたのだ。耳元に大声で浴びせられたかのような大音量で!「……これはっ!?」

「ジゴクとは神経を寸断された激痛ゆえか?違う!ザイバツ・ニンジャへの果てなき憎しみか?違う!違う!真っ先に浮かんだジゴクとは、そう、ラオモト=サンだ」

爆音!バンディットは周囲を見渡した。声が四方八方から響き渡っている!ビホルダーの胸元に取り付けられたサイバーインカムが音を拾い、このトレーニングフロアにて密かに設置されたスピーカーから、拡声器めいて声が増幅されている!まるで天井に描かれた八つ目のブッダデーモンが、バンディットの喜悦を諌めるが如く!ブッダ!いつの間にこのような仕込みを!

「二度と立ち上がれなくなり、最早カラテが振るえなくなったのではないか?ソウカイ・ニンジャとして戦えなくなったのでは?ラオモト=サンの為に働く事が出来なくなったのでは?そうなると私はどうなる?シックスゲイツにいられないのでは?ソウカイ・ニンジャでいられないのでは?ザイバツへの憎しみ以上に、私は絶望したのだよ、バンディット=サン。私は抗争が終わった後、ラオモト=サンに首を刎ねられるのではと毎夜震えていた!」

同情を誘う妖しい演技!涙声にすら聞こえる必死な叫びが、スピーカーのエフェクトにより扇情効果を増幅!トレーニングフロア全体に反響し、バンディットの集中をかき乱す!「今はトレーニング中だ!ビホルダー=サン!」負けじとバンディットもビホルダーに呼びかけ、スリケンを更に3枚投擲!ビホルダーは防御!

ビホルダーの放つ言葉は、バンディットにとっても無視出来ない内容だ。ヘルカイトの台頭……斥候ニンジャとしての立場……替えが効く存在……カラテ……バンディットは迷いを振り払うかのようにスリケンを投擲!「イヤーッ!」

「グワーッ!……食らってしまったよバンディット=サン。やはりお前は恐ろしい使い手だ。先ほどから私はお前に近づく事すら出来ない」

ナ、ナムサン!今まで防御され続けたスリケンが、当たった!ビホルダーの肩口に生々しいスリケン傷が出来上がり、バンディットは目を見開く。(嘘だ!避けられたスリケンを!わざと回避せず俺を誘っている!)バンディットは警戒を強める。ビホルダーは何を考えている?常にビホルダーの死角に回るバンディットに、ビホルダーの表情を読み取る事は出来ない。

「わざとスリケンを食らったのだと思っただろう?違うのだ……」ビホルダーの声に込められたアトモスフィアが変わった。バンディットはスリケンを投擲!「イヤーッ!」「グワーッ!」またもビホルダーは避けない!肩口に生々しいスリケン傷!「今度は避けるつもりだったが……」ダメージに喘ぐビホルダーの声。フロア中に響き渡る。演技ではないのがわかってしまう。

「謀るなビホルダー=サン!俺は油断せぬぞ!イヤーッ!」バンディットが再度スリケン投擲!惑わされてはいけない!動きを止めてはならない!(避けずにいるというのならばそれでよい。そのまま予定通り削っていくまで!)狙いは胴体であったが、ビホルダーは避けない!スリケンが刺さる!

「グワーッ!」「……グワーッ!?」

ど、どういう事だ!?バンディットの右足にスリケンが刺さっている!生々しいスリケン傷がバンディットにもつけられる!「バカナー!?」「……安心せよバンディット=サン。お前に油断はない!」ビホルダーも当然負傷、その腹部に血が滲み始める。

読者の中にニンジャ視力とニンジャ洞察力を持つ者がいれば、今の攻防の意味が理解出来たであろう。ビホルダーはバンディットの投擲のタイミングに合わせ、バンディットと同時にスリケンを投擲!その移動経路を先読みして正確にバンディットの脚を狙ったのだ!

ビホルダーはこのトレーニング内においてまだスリケン投擲を見せていなかった。そのスリケンの投擲姿勢と角度、速度を見せていなかった!巧みな情報戦によってアドバンテージを得て、声でバンディットの動揺を誘い、尚且つ相打ち覚悟でスリケンを受ける事で機先を制し、この一手を成功させたのだ!タツジン!

互いに重いダメージを負ったものの、より致命的なのはバンディットの方と言えた。右足に受けたスリケン傷は予想より深く、そのパルクールを著しく乱した。3次元的な動きに綻びが生じる。その隙をビホルダーは見逃さない!ビホルダーが再度スリケン投擲!

「イヤーッ!」「グワーッ!」ハヤイ!バンディットの肩口に生々しいスリケン傷!

「イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!」スリケン3枚投擲!バンディットは己を律して身体を動かし、再び3次元移動パルクール開始!だが明らかに精細を欠いている!「ヌゥッ!」スリケンが背中を、足を、頭を掠める!

「イヤーッ!」ビホルダーはスリケンを投げ続ける!トレーニングフロア中央に陣取りバンディットを追い立てる!バンディットは避ける!ビホルダーは更なるスリケン投擲!「イヤーッ!」何とか避ける!

(避けねば!もっと早く移動せよ!だが俺もスリケンを投げるべきでは)「イヤーッ!」「グワーッ!」被弾!

焦りと痛みによって、バンディットの思考は単純化した。バンディットは最早スリケン投擲する間も惜しみ、逃走に専念し始める。常人の3倍の脚力を活かして壁から壁。トレーニングフロア内を縦横無尽に駆け回る。右足から血が吹き出る。バンディットは意に介さず脚を使う。徐々にその移動速度は増していき、問題なくスリケンを避けられるほどになってきた。

これは2人の攻守が入れ替わったと見るべきか?否。ビホルダーの今までの守勢はその実、己の勝機を手繰り寄せる為の手段であり、それがついに身を結んだ形だ。一方バンディットは己の戦術が破られたあまりに動揺し、体勢の建て直しが出来ていない。スリケンを恐れ、ダメージを恐れ、ビホルダーを恐れ逃げ惑うのみ。右足からは夥しい出血。

(否……これは逃げではない……ビホルダーの負傷の方が重い……避け続ければいずれダメージレースは俺の方にグンバイ……)

バンディットに最早優越感は無い。それどころかトレーニング開始前の勇猛さすらも見失い、消極的な思考に支配されていた。(己は斥候ニンジャ、故に彼はカラテ勝負に拘らない。卑怯者、弱者と詰るならば詰れ。これは己の矜持に従ったイクサ……)右足の出血は止まらない。無理を強いて右足を酷使しているからだ。

実際、ビホルダーの負傷も決して軽いものではないだろう。バンディットの隙を確実に突く為の覚悟だった。だがビホルダーはスリケンを投擲しつつも、己の負傷を意識しカラテの配分を抑え、ニンジャ治癒力の発揮を優先し始めていた。長期戦を覚悟しているが故の判断。ナムアミダブツ!既にバンディットはジリー・プアー!

「イヤーッ!」スリケン投擲!バンディットは避ける!「イヤーッ!」スリケン投擲!バンディットは避ける!「イヤーッ!」スリケン投擲!バンディットは避ける!「イヤーッ!」スリケン投擲!バンディットは避ける!「イヤーッ!」スリケン投擲!バンディットは避ける!

(避けろ、避けきればビホルダー=サンの体力も尽きる、避けきれば……)避け続ける。スリケンが身体を掠める度に「死」のカンジが頭を過ぎる。避け続ける。もう一度スリケンを食らい足を失えば終わりだ。避け続ける。スピーカーから響き渡るビホルダーのカラテシャウトが耳を劈き、バンディットの思考を乱す。避け続ける。右足から血の気が引き始めるのを実感する。避け続ける。バンディットはこのトレーニングフロアという有限のフィールドから飛び出したくなった。避け続ける。だがいくら己が斥候といえど、避け続ける。トレーニングを避け続ける投げ出す行為は避け続けるケジメ案件に避け続ける等しい行為だ避け続けるビホルダーの体力はいつ尽きる避け続けるそれは己の体力と避け続けるどちらが早い避け続けるこのまま避け続けていいのか避け続ける

避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるガーゴイルの死避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるヘルカイトの台頭避け続ける避け続ける避け続ける避け続ける替えが効く避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるラオモト=サン避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるニンジャスレイヤーとは避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるシックスゲイツ避け続ける避け続ける避け続ける避け続ける常人の3倍避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるカラテ避け続ける避け続ける避け続ける避け続けるビホルダー避け続ける避け続ける避け続ける避け続ける

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

ビホルダーのスリケンが腹部に突き刺さる。バンディットは呻いた。飛ぶ鳥を落とすかのようなスリケン投擲。中空で打ち落とされたバンディットにもはや成す術は無い。背中から落ちる。「アバーッ!」

八つ目のブッダデーモンが、バンディットを見下ろしていた。

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ウケミも取れず落下し、トレーニングフロアの地面にうつ伏せになるバンディット。右足の負傷は重い。腹部からも血が吹き出す。ビホルダーが近づいてくるのがわかる。だがもはや視界も虚ろだ。脅え切ったニューロンが悲鳴を上げている。どうする。どうすればいい。このままでは死ぬ。逃げたい。

(……逃げて、どうする。逃げても上手くいかぬ。それはわかっただろう)思考が途切れた事で、負け犬めいた消極的思考は一時霧散し、考える隙が出来た。バンディットは立ち上がった。未だ視界は虚ろ。目の前からビホルダーが近づいてくる。

(俺はバンディットだ。俺は追う者だ。ニンジャになってから、ずっとそうしてきた。そうだろう)まだ身体は動く。まだ脚は生きている。ニンジャソウルに憑依され、闇に落ちたあの日から、バンディットはこの脚を使って生きてきた。視界は晴れぬ。ビホルダーは目の前にいる。


バンディットが手にしたものは、常人の3倍近い脚力。それしかない。だがそれがある。

バンディットは目を閉じていた。視界を閉ざし、ニューロンを休め、頭をクリアに、そしてそれ以外の全てを鋭敏に働かせた。目の前、タタミ10枚分の距離にビホルダーがいる。それがわかる。今ならわかる。なんと大きなニンジャだ。バンディットはカタナを構えた。

「セプクでもするのか?バンディット=サン」瞳を閉じ、呆然と立ち尽くすバンディットに対し、ビホルダーは問うた。バンディットは不適に笑い、答えた。「まだトレーニングは終わってないぞ、ビホルダー=サン」バンディットは両脚に力を込めた。ビホルダーはすぐに察した。来る。

「イイイヤアーッ!」バンディットはビホルダーめがけて真っ直ぐに走り出した!その目を固く閉じたまま、カタナを真っ直ぐに構えて全力疾走している!無謀である!ヤンクのチキンレースと何ら変わらないデスパレードだ!だが少なくともカナシバリ・ジツは効かぬ!

視界を閉ざしたバンディットの全身が引きつっていた。一歩一歩踏み出す度に身体が緊張で恐怖し、ニューロンが悲鳴を上げる!非常に危険な状態だ。フドウカナシバリ・ジツを避ける為とは言え、危険なカラテを持つニンジャを相手に目を閉じて戦うなど自殺行為!だがこれ以外に方法など無し!これが正しいとバンディットは直感している!

真っ直ぐに突き進めばそこにはビホルダーがいる!ビホルダーを追え!後ろに下がろうが横に避けようが絶対に逃さない!バンディットには常人の3倍の脚力がある!ビホルダーが失った脚力がある!

「イーーーヤヤヤヤヤッ!」ビホルダーの連続スリケン投擲!雨のように降り注ぎバンディットを襲うが、もはや多少のダメージは意に介さぬ!急所へ命中せぬよう腕を翳し真っ直ぐ進む!スリケンの威力と射線からビホルダーの位置は把握出来た!確実に逃しはしない!

ビホルダーは悟る。バンディットの勢いは止められぬ。目を閉じている以上ジツも通用しない。何というヤバレカバレか。だがこの放たれたニンジャの猛進を止める術を持たぬのも事実。ならば真正面から叩き潰すのみ。ビホルダーはサイバーインカムの電源を切り、ジュー・ジツの構えを取った。

迫るバンディット!構えるビホルダーの右手はチョップの型。左手は車椅子に添えられている。バンディットをチョップの一撃で叩き割ろうというのか!?当然下半身は効かぬ身、上半身だけのカラテだ!迫るバンディット!あとタタミ5枚!3枚!1枚!

「イイイヤアアアアアアアーーーーッ!」「イイイヤアアアアアアアーーーーッ!」おお、ナムアミダブツ!


「……惜しかったな、バンディット=サン」バンディットの突進は止められた。ヤリめいたカタナの一刺しはビホルダーの脇をすり抜け、シラハドリの形で止められた。カタナはそのまま脇を締めるように圧迫され、折られた。

バンディットの一撃は通らなかったが、ビホルダーの一撃もまた止められていた。ビホルダーの放つ渾身のカラテチョップは、バンディットの左腕を頭に沿わせた防御で防がれていた。それでもバンディットに通るダメージは無視出来ない。五体満足でなくとも侮れぬカラテ。バンディットの左腕のブレーサーはひび割れ、そのカラテはバンディットの頭蓋にまで浸透しかけていた。閉じられた目から、鼻から、耳から血が吹き出す。「アバッ……」

終わりか。否。バンディットの閉じられた瞼の奥、その目は……まだ生きている!バンディットにはまだ武器がある!「イイイ……」「何!?」「イイイヤアアアアアーッ!」常人の3倍の脚力!

ゴウランガ!バンディットは最後の力を振り絞り、常人の3倍の脚力を持って地面を蹴った!カタナを手放し、咄嗟のジュー・ジツでビホルダーのニンジャ装束を掴み、ビホルダーの身体を車椅子ごと押し倒す!「ヌゥーッ!コシャク!イヤーッ!」

地面に倒れこむ直前、ビホルダーの左カラテフックがバンディットの顎を打ち据えるが、もはや勢いは止まらない!車椅子からも弾き出され地面に寝かされるビホルダーの上に、バンディット!ナムサン!これはマウントポジションだ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!

バンディットは打ち続ける!ビホルダーは食らい続ける!

「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!

バンディットの目は、固く閉じられたままだ。目から血が流れ続け、バンディット自身も余裕など残っていない。この機会を逃せば終わりだ。頭の位置を探れ。確実にカラテを叩き込め。腕を引っ張られればマウントを抜けられかねない。油断をするな。全ニューロンを酷使せよ!

「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!

(勝つ!俺は勝つぞビホルダー=サン!俺はシックスゲイツだ!俺こそがシックスゲイツだ!他の誰にも譲りはしない!この俺と対峙したことが運のツキよ、ビホルダー=サン!)

「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」右パウンド!「イヤーッ!」「グワーッ!」左パウンド!

パウンドが深く入る。拳にビホルダーの顔面の感触を覚える。勝利が近い。誇りの勝利が。「イヤーッ!」パウンドが更に深く入る。「イヤーッ!」ビホルダーのカラテシャウト!バンディットは構わず拳を振り上げる!「イヤーッ!」

振り上げた拳を、下ろす事は出来なかった。身体が動かない。

全ては一瞬の出来事であった。伸ばされたビホルダーの手が、バンディットの顔面に一瞬触れ、その指が瞼を抉じ開けたのだ。カラテが、強引にバンディットの目を開かせた。差し込まれた光に抗う術は無い。開かれた視界の先には、青白いヒトダマをたたえた目。その目はまだ生きていた。フドウカナシバリ・ジツ。

バンディットの身体はローマ戦士彫像めいて固まり、動かなくなった。ビホルダーのサイバーサングラスはバンディットの連続パウンドによって粉々に破壊され、使い物にならなくなっている。その顔面は血みどろであったが、視界を閉ざした状態でのパウンドは僅かにビホルダーの急所を捉え損ねていた。それがビホルダーの命を長らえさせていた。トレーニングは終わった。

「立て」ビホルダーは命ずるとバンディットは即座に立ち上がった。カナシバリ・ジツに支配された身体は使い手のジョルリ人形も同然だ。ビホルダーの身体から離され、立ち尽くすバンディット。

「私の勝ちだ、バンディット=サン。ハイクを詠むか?」フロアへ大の字に寝たまま、ビホルダーは冷たく言い放った。バンディットは心底恐怖した。声も上げられない。セプクも自爆も出来ない。生殺与奪の権利はビホルダーが握っている。ソーマト・リコール現象が始まろうとしていた。

「車椅子を持ってこい」バンディットは言うとおりにした。クローンヤクザのように忠実に、ビホルダーへと恭しく車椅子を寄こす。ビホルダーは上半身と腕の力だけで器用に車椅子へと騎乗した。ビホルダーは動かないバンディットの姿を暫く見つめていたが、最後にポツリと言った。

「楽にしろ」

その宣言は、カナシバリ・ジツの解除を意味していた。合図を受け、バンディットの身体は自由となった。ビホルダーはバンディットの命を解放した。「……ハァーッ!ハァーッ!」バンディットは荒く息をする。身体が震えている。死ぬ一歩手前であった。命は拾ったが、勝てなかった。拳を握り締める。

「自信を得たよ、バンディット=サン。お礼に命だけは助けてやろう。お前がもう少し情けないニンジャであったなら、殺していたが」バンディットは顔を上げ、その顔を見た。ビホルダーは不適に笑っている。

嘗て五体満足であった頃の、自信に満ち溢れた表情がそこにあった。ギラついた両眼。活きた瞳。その身体にはカラテが宿っている。車椅子の身でありながら、大きな身体だった。バンディットはその顔を見て、己の敗北をすんなりと飲み込んだ。同時に、ささやかな達成感を覚えていた。今まで見た事も無いほど晴れ上がったビホルダーの顔面。己のカラテがつけてやった傷だ。

「どうだ。私は誇り高きソウカイ・シックスゲイツであろう?」ビホルダーは問うた。バンディットは立ち上がり、その眼を見据えながら頷いた。


【ジ・アイズ・スティル・アライブ】 終わり

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