見出し画像

逃避行と土と嫁

逃避行

コーヒーが美味い。

少しの時間だけ逃避行をしてみる。少しずつこんな時間が増えてきた。所謂学生時代だのモラトリアムだのを取り返すような、捨ててきてしまったものを一つづつ拾い上げるような、そんなくだらなく情けない時間では決してない。この時間は決定的で確固たる完璧な人生の使い方をした上に更に美しいヴェールをかける。
あらゆるもの、借りたままの音楽や無駄に多く撮りすぎた写真や、買うだけ買ってほったらかした古本やあいつのポケットから出てきたガム、黄金の城となったガラクタで軋む、そのどこに何があるか全てわかっている"ボクら"の机を綺麗に一つのケースにぶち込むような作業をするのだ。

桜のチーズケーキの濃さが良い。

この1週間千葉のちょうど良いところで愛知の師匠の左官の手伝いでひたすら土を塗っていた。

左官という仕事に携わると、特に長年大きな建築物に携わってきた僕からしたら土を塗るという行為は特別なものだった。それはそれはとてもとても大きな勘違いをしていたようだ。
僕はひたすら土を塗りつけ、土の壁が生まれていく。土を塗るという言葉を純粋に見ればただこれだけのことだった。

呆れる。

多分自分自身と、業界ってやつなんだろう。凡ゆる大人達だろうか。
蓋を開けて見れば師匠がやってることは実に単純なことだ。
「土を練って塗る」
手分けして時間の許す限り土を練り運び塗り上げ、
 仕舞う。

くだらなすぎてそれ以上書くことを躊躇う。
多くの謂れがくだらなすぎて。

土を練り、運び、塗り、仕舞えばいいのだ。

タバコが吸える喫茶店サイコ〜

ギターを抱きしめて、右手を振り下ろす。音が出る。
良いギターなんてよくわからない、良い音ってなんだろう。ブライアンメイの情報が全くない人間がその一音に何を思うだろうか。めちゃくちゃカッコいいギターにシールドをぶっ刺して、全部右に回して殴れば良い。殴れば殴るほど良い。殴らなくても良いかもしれない。めちゃくちゃカッコいいギターじゃなくても良い。どっかで"拾っちまった"それで良い。それこそが良いかもしれない。きっとそっからなんだろう。
みんなで沢山話して沢山聴きにいって、そうだ、音楽でいったら「百見は一聴にしかず」なんだ。そしたら左官は「百文も百見も一鏝にしかず」なんだろう。

さっき美容室で「アルジャーノンに花束を」を読み終えた。

土を暗闇で塗りまくってたら目が悪くなった。一時的になのかこれがずっと続くのかまだわからないけど、親族の中で唯一僕だけ目が良くて、やっと同じ悩みや苦しみを得られるかもしれないと思うと少し嬉しいと思ったりする。でもやっぱり、とても不安だ。
凡ゆることに恵まれてきたから少しはくれてやるつもりだけど、それでも眼鏡なんかかけたら多少戻るんだろう。尚更僕がやるべき左官みたいなことがクリアに見えてきそうだ。

気を抜いたらちらりとわいてくる

2杯目のコーヒーを飲み終えてしまった。薮の中からアイツが覗いてくる。最近たまに嫁に言われてその言葉を発さないでくれと頼む。
昨日二人でダニエルブラッシュ展に行った。無理矢理連れてって最悪なデートを始めた。少し、いやめちゃくちゃ喧嘩しててそれでも彼女といないと壊れてしまうから着いてきてもらった。ピロウズのストレンジカメレオンはどこだったかな、身体中に巻き付けた祈りの、あるいは呪いの一つにずっとある。結構右腕くらいにあると思う。いつだってそれを見返してしまう。
彼女がいない時はほとんど嫌いなのだ。何がだろう。自分が、だろうか。
少しだけ見て彼女は消えた。「外のベンチで待ってる」ってLINEが入ったけど僕はくまなく文字を読んで作品を見て、もちろん建築そのものにも時間をかけた。喧嘩してるから。屋根の平滑さ、コンクリートの鋭さ、周囲の建築との関係。喧嘩してるからそうやって時間をかけたりした。
彼女とは全くソリが合わない。初めからそうだったんだろう。22年も前から。わざとやってるんじゃないかと思う。もしかしたら僕の方が。
全然分かんないし、面白くないし、こういう所に行ける人とは合わないって言われた。
大した会話も無く二人で虎屋に行って、彼女はおしるこを、僕は羊羹を食べた。

全てが解決した。
座り心地の悪い椅子や羊羹の硬さや、二人して空耳した「おもち、たてまつるのでお気をつけ下さい」(おもちとてもあついので)について沢山おしゃべりして手を繋いで仲良く帰った。左官のせいで指が太くなってて、毎回痛いって言われるけどそれでも握り返してくれるから、まったく、やめられないな。

さっきから水だけで凌いでるのでそろそろ帰ろう

僕がどんなに何かを掘り起こしたって、立ち返ったって、何かに憤りを感じたって、みんなとの楽しい夜過ごして新しいことに気付いたり(あるいは勘違いしたり)、ひとつづつちぎって捨てながら歩いて帰ってきても
彼女はずっとここでいつまでも15歳の女の子でいて、僕も15歳のクソガキになれる。本当に厄介だし、本当に厄介だと思われてるだろう。それでも僕は彼女の前でギターを掻き鳴らして彼女の細い手を握って痛いって言われながらこの先も生きていこう。

何の話だっけ。

これは逃避行だから何でも良いのだ。

帰ったら嫁さんに言われるだろうな。

「確定申告やった?」

💀

#左官
#嫁

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?