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「デスストランディング」考察その5:サマンサ・アメリカ・ストランドについて#1

人類の歴史において、ある国民が、他の国民とを結び付けてきた政治的なきずなを断ち切り、世界の諸 国家の間で、自然の法と自然神の法によって与えられる独立平等の地位を占めることが必要となったとき、 全世界の人々の意見を真摯に尊重するならば、その国の人々は自分たちが分離せざるを得なくなった理由 について公に明言すべきであろう

「独立宣言」日本語口語訳

「デス・ストランディング」を語る上で、アメリあるいはブリジット大統領という人物も欠かせない存在だ。

アメリ。
名前の由来はおそらくフランス映画の「アメリ」であろう。マンハッタン事件によりアメリカ初の女性大統領となった彼女のもう一つの名が、何故ハリウッドではなくフランス映画から取られているのだろうか。実を言うと、その件にはあのフリーめいs……らりるれろらりるれろらりるれろ。

モデルやアクターはリンゼイ・ワークナー、日本語版声優は井上喜久子と、実力のある俳優がこの人物を演じ、見事な存在感を放っている。恥ずかしながらリンゼイ・ワーグナー氏はこれまであまり存じ上げなかったが、この作品で思わず魅了されてしまった。

井上喜久子さんは小島監督の他の作品でもおなじみで、僕自身意識しないながらも子供の内から様々なアニメ・映画吹き替えとして聞いてきた声優である。あまりこうした女性の歳についていうべきではないかもしれないが、この作品の収録時期(2019年以前)若干17歳だったということであり、その齢ながらこのような複雑な人物を演じ分けていたことは、あまりに驚異的と思わざるを得ないだろう。

ブリジット・ストランドとサマンサ・アメリカ(アメリ)・ストランドは、実は同一人物でありながら時間の違う”ビーチ”と現実の空間とで、別々の人物のようにふるまっていた。

しかしその行動にはところどころ矛盾したような部分を見せ、もしかするとそれぞれの人格は少しづつ乖離していたのかもしれない。

様々な情報から物語をさかのぼって考えると、この人物のDOOMS能力あるいは絶滅体としての覚醒前後からDS現象は始まっていた。またゲーム中に語られる様々な観測可能な問題は、多くが彼女の行動に由来しており、ともすれば黒幕的な人物ともみなせるだろう。

だからこそ、彼女の行動をもう一度再検証していくことが、さらにこの「デス・ストランディング」のストーリを深堀する、重要なカギだと考える。

最終盤で語られる彼女の独白によると、彼女が20歳の時の手術が重要な出来事として語られる。他のシーンによるダイハードマンの言によれば、これはおそらく子宮がんの手術であり、それによって彼女ブリジットは子供が産めない身体になってしまったようであった。

それ以来彼女はビーチと現実との二つの生を持つようになった。また物心ついたころからみる絶滅夢を、その現象によってどうにかできるのではないかと考えはじめ、カイラル技術によるその終末の解明を始めた。

そしてついにアメリカ大陸での最初のボイド・アウト事件が発生し、世界は混乱期へ。

病室の白いアメリ(ブリジット大統領)と、ビーチの赤いアメリ。そしておそらくラスト・ストランディングを望む黒いアメリは、それぞれかなり乖離した思考を持ち始めていると思われる。彼女の行動には矛盾や混乱が強く見られ、細かくかみ砕いて考える必要があるだろう。

ブリジット本人としては、自身に起こった変化と世界で起こる事件とを、強く結び付けづにはいられなかったはずだ。ともすれば彼女が何か間違いを起こしたために、あるいは正しい行動を行わなかったために、このDSが起こったのだと考え始めても不思議はない。

ただしアメリ自身のそうした考えも、破壊衝動や自殺衝動を誘発し、記憶障害や判断力の低下を招く、カイラル汚染に影響を受けていたであろうことは考慮するべきだ。事実、物語終盤における彼女の地球の終末を望むかのような言動も、それまでの経緯を考えれば矛盾したものと考えられる。

彼女が本当に人類の絶滅を考えているのなら、もっとシンプルにディメンスたちを操って、そうさせることは出来ただろう。

”絶滅に抗うほど”とは言うが、”絶滅に抗わなかった”方の現実を、彼女は見たわけではない。
断片的な情報と彼女の語り方。またデス・ストランディング、ラスト・ストランディング、死者の座礁、ボイド・アウトなどの用語の整理の仕方によっては、矛盾するような混乱も見られる。
事件の前後関係や、因果関係、相関関係などが曖昧なのである。

この人物に抱く僕自身のイメージを現すのなら、彼女が旧約聖書のヨナのような運命を持っているということだろうか。旧約聖書のヨナ書のエピソードは「ピノキオ」のモデルとなるなど、聖書の中でもユニークな話だと思う。

あるときアミタイのヨナは、神様からニベネの街に彼らの悪徳が酷いので、それを正すよう預言を賜った。ふつう神様からの言葉があれば畏れはしてもそれに従う人物が多いけど、ヨナは逃げ出してタルシシュの街への船へと乗ってしまうんだ。

神様は当然怒ってその船を嵐に合わせる。船乗りたちは荷物を捨てて祈り始めた。でもヨナはさらに知らんぷりで船底で寝ていて、とうとう船乗りたちに問いただされる、「なぜ神様に助けてくれるよう祈らないのか」。

さらに船乗りたちは籤を引いて、この厄災が誰のために起こったのかを占った。籤はヨナに当たり、彼が神の怒りを買っていることを白状させられてしまうんだ。

ヨナが自分を海に投げれば助かることも口にするが、船乗りたちは一旦彼をゆるし舟をこぎ出す。しかしとうとう耐えられなくなると神に許しを請うてヨナを船から投げだした。ヨナは大きな魚(おそらく鯨と思われる)に飲まれ三日の間その魚の腹の中ですごした。

ヨナは神に許しを請い、その預言である「ニベネの街が40日後に滅びぼされる」という言葉を伝えた。

大きなニベネの街でそんなことを言い出せば、人々の怒りを買いそうなものだけど、ニベネの人々はすぐさまこれに改心し、断食をして神様に祈り始めた。すると神様も彼らをゆるして、ニベネの街はそのまま保たれることになった。

でも今度はその神様の行動に、ヨナのほうが腹を立てて怒ってしまう。

確かに神様が「40日後に滅ぼす」と言ったから、それを信じてあんなに彼は右往左往をしたというのに。もしも反故にされるなら、自分は死んだほうがましだとまで言い出しすと、ヨナは街から出て東の荒野に掘っ立て小屋を建て、神様が街をどうするのか見守るんだ。

すると今度は神様は彼のそばにトウゴマ(あるいはヒョウタンとも)を生えさせ、彼のために日陰を作る。厳しい荒野の中で彼はそれを喜ぶけど、今度は虫をやってそのトウゴマを枯れさせてしまった。

どうしてこんな仕打ちをするのかと尋ねるヨナに、神様は言う。

「あれほどの日陰のためにそんなにトウゴマを惜しく思うのに、自分が反省したニベネの人々を惜しく思うのがおかしい事か?」

ヨナはその言葉に反省し、神様と和解したんだ。

どうだい、ソドムとゴモラ、ノアの箱舟なんかのエピソードと比べると、かなり神様が柔らかい印象に変わるだろう?

他の聖書のエピソードでは神様の言葉は絶対で、振り向いただけでも塩の柱にされてしまった人もいるくらいだ。それに比べるとトウゴマを枯らせてヨナを説得にかかっているヨナ書の神様は、ずいぶんこの人間的な人物を気に入っているように思うだろう。

アメリの人物像も実際にゲームを進めてみると、かなり人間的な人物だと気づくと思う。

サムの母となることを決意するブリジット・ストランド大統領。
それ以前には彼をBB被検体や人柱候補としか見ておらず、またさらに後のシーンではビーチから出てきたクリフにサムを差し出そうともする。しかし彼女の半身であるアメリは、さらに矛盾する行動をいくつも行い、その行動には一貫性が無いかのようにも見えるだろう。

彼女ははじめかなりミステリアスな面を持っていて、その能力が知れるにつれ、この世界のかなりの部分に関与している人物だと知ることになる。でもその実、心情的な混乱が見られる人物でもあり、彼女の様々な姿や顔も自分自身の何かを庇おうとしているように見えるはずだ。

繰り返しになるが、彼女がこの「デス・ストランディング」の舞台の裏で何を考えていたのか、これは物語を理解するうえで重要な要素のはずだ。

アメリそしてブリジットが何を悩み、どのように自分の運命を捉えていたのか、そのことがアメリカ横断第二次遠征隊の真の目的を教えてくれるはずだ。

2022/12/17

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