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そうして、一日の終わりを、過ごせることを、願ってばかりいる。

 時を止めるように、止まるように、願いながら、息を止める。

 noteを始めてから、始めて数日書かなかったような気がしている。今までもあったのかどうか、この20日間くらいのことが今ひとつ思い出せずに、自分の記憶力のなさにため息が漏れた。

 別段変わったことがあったわけではなく、単純に、時間と体力に余裕がなかっただけで、歳はとりたくないなと思ったけれど、睡眠が必要なのは、今も昔も同じだなと思い直す。昔よりも今の方が、自分のできることできないこと、苦手なこと得意なことがわかっただけかもしれない。

 7時半には出社して、0時に退社する生活が続くと、自分がやりたいことも、過ごしていたい時間も、自然と限られてくる。もちろん私よりも忙しい人なんていくらでもいると思うけれど、食べて寝て、なんとか仕事に行くだけの気力と体力を取り戻すには、ギリギリの時間だった。

 元々本を読むことが好きで、お気に入りの本は何度も何度も読み返してしまう。読むのは早い方だけれど、読み飛ばしてしまうことも多く、そして、この素敵な記憶力のお陰で、同じ本のはずなのに、始めて読むシーンもでてきたりして、好きな本は、何度読んでも飽きることがない。

 そんなだから、新しい本を買っても、買っても、部屋の中に積まれていき、山は高くなってゆくばかりで、いつになったら手に取るのだと、今にも雪崩を起こしそうな山からいくつも声が聞こえてくる。

 最近は帰宅する頃になると、いつも、今日は読もうか、それとも書こうかと、頭を悩ませる。読むのはいつでも止めることはできるけど、書き始めれば、一つ終わるまで、止まることがない。一気に書かないと、今書いているこの文章は、たぶん、完成されることなく下書きへ保存されて、そのまま、塩漬けにされてしまうだろう。私が書くには、少しだけ、でもまとまった、時間が必要だった。

 そうして諦めて本を読み始めると、noteを開かない時間が増えて、皆の記事も読まない日があったりもする。読みたい気持ちはもちろんあるし、本と、noteの記事と、どちらにしようか迷うことも多いのだけれど、皆が書いた、言葉を、文章を、気持ちを読めば、きっと私は、書きたくなってしまうのだ。

 他愛もないことをつらつらと書いてしまう癖が、どうにもあるみたいで、どの記事も長くなってしまうけれど、この、言葉を選んで、自分を書いていく時間を、私は存外気に入っているようで。

 ただ、本を読む日でも、できるなら、何かは書きたいなと、作りたいなと思うので、ツイッターの本城雫では、なにかしらを、書いたりしている。相変わらず、明るいものは書かないでいて、希望というまばゆいものからは遠いものだけれども、それでも、どれだけ疲れていても、生み出した言葉は、愛しく思えるように。

 今日はお休みだけれど、これからまた、職場に行くことになる。できるなら、読んで、書いて、睡眠がとれる時間に、帰ってきたいものである。

文筆乱れてお目汚し。失礼致しました。

本城 雫

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いつも見ていてくださって、ありがとうございます。 役に立つようなものは何もありませんが、自分の言葉が、響いてくれたらいいなと、これからも書いていきます。 生きていけるかな。