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ジューススタンド

母が遊びに来た時のことである。

駅に迎えに行くと「喉が渇いたからジューススタンドに行きたい」という。
どういう訳だかブームらしい。
それで、近くのデパ地下のジューススタンドに向かった。

その時のメニューは次の4種類だった。

ミックスジュース
レモンとはちみつ

ゴーヤと小松菜
私は柑橘類が苦手なのと、いくら体に良いものでも美味しくなければダメだという味の快楽主義者なので、レモンとゴーヤはなし。残った柿とミックスで迷ったものの、いつも期待を裏切らないミックスにすることにした。

母も私と同じく柑橘類がダメなのでレモンはなし。柿とゴーヤで悩んでいるらしく、私に「どっちがいいと思う?」と聞いてきた。せっかく飲むなら体によさそうなのも捨てがたい、という母に
「そんなの、いくら体に良くてもまずくて飲めなかったら意味ないじゃん。柿にしといたら」
というと、母は素直に「じゃあそうする」と言った。

私たちがそんな会話をしている少し離れたところで、母と同年代のご夫婦が、同じくジュース選びをしていた。
ご主人が早々にゴーヤに決定したらしく、カウンターで注文。奥さんが母と同じく柿とゴーヤで迷っていると、ご主人が
「そんなもん、体にええのがええやろ、ゴーヤにせえ」
と言って、奥さんもゴーヤを注文していた。
私たちはその後で、それぞれのジュースを注文した。

さて、ジュースを受け取ってどこか座る所はないかとみると、椅子が3つ並んで空いていた。
そのうちの2つに先ほどのご夫婦が座ったので、母が残りの椅子に、私は母の後ろに立つことにした。その場所はちょうど、母と、隣に座った奥さんの中間で、二人の手元が良く見えた。集合写真みたいな位置取りであった。

ミックスジュースはさすが、何の期待も裏切らない安定した美味しさであった。
ふむふむ、と味わっていると、奥さんの手元がふと目に入った。奥さんはゴーヤジュースをストローでガラガラ混ぜた後、勢いよく飲んだ。勢いよく、というのがなぜ分かるかというと、ストローの中を緑の粒粒が、すごい勢いで動いていたからだ。

ああ、ゴーヤはあんな風だったのか、思った。いかにも苦そうである。あれだったら母には無理だったなあ…良かった、柿を勧めておいて、そんなことを思った。

と、奥さんのストローの中の粒粒が、止まった。ひゅ~っと、下に下がっていく。
奥さんはストローから口を離し、「おや?」という感じで目の高さにコップを持ちあげながら、またガラガラとストローでジュースをかき混ぜた。

奥さんはまたストローを口にしてジュースを飲んだ。が、その粒粒の流れはひどくゆっくりだ。今度は見ている私が「おや?」と思った。ゆっくりした粒粒の流れは止まり、なんとなくその場で上下するだけで、もう二度と勢いよく口に運ばれることはなかったのである。

あ!苦いんだ!奥さん、このジュースがまずいんだわ!!

私がそう思った瞬間である。母がくるっと私の方を振り向いた。そして
「ちょっと、この柿ジュース美味しいわ! あんたも飲んでみなさいよ! そっちのミックスも美味しい? ちょっと交換して?」

奥さんが、ハッとした顔で母を見た。そう、私は知っている。奥さんは柿とゴーヤで迷っていたのだ。そして自分のゴーヤがまずいのだ。
そんな事情を一切知らない母は無邪気であった。ミックスジュースの味を確かめて安心した後、自分の柿を私から受け取り、またそれを飲みながら満足げに
「うん、うん、これ美味しいわ! 良かった~ゴーヤにしなくて! ありがとう!!」
と、私に言ったのであった。

上機嫌で柿ジュースを飲む母の手元を、奥さんがじーっと見ている。ゴーヤジュースは一向に減らない。今やもう、飲もうともしていない。

母がまた私を振り返って「気に入ったわ~これ!」と言った時、隣の奥さんは恨みがましい目で、反対に座るご主人を見た。ご主人は空になった自分のコップを捨てに行くふりで、しら~っとその場を離れて行った。

「は~おいしかった! あんたも飲んだ? そう? じゃあ行こうか」

無邪気に笑って、母は席を立った。私も飲み終わっていたので二人でゴミ箱に向かって歩き出す。
チラとみると、半分以上が緑色のコップを持った奥さんが、一人座って、近くに立つご主人に危険な視線を投げかけていた。

#shizuno #ジューススタンド #苦いジュース

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