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【暫定版】福井地裁の交通事故判決の判決文が公表されましたので説明します

■今回のテーマは何?

前回に引き続き,2015年4月13日に福井地裁で出された交通事故の判決を採り上げます。

福井地裁の交通事故判決をめぐる誤解と解説|sho_ya|note
https://note.mu/sho_ya/n/nd19bccdfa1ed


この事件については,以下のとおり,判決文が公表されました(※1)。今回は,この判決文に基づいて判決の論理内容を簡略に説明し(※2),今後の議論や批判の基礎となる情報を提供させていただきたいと考えています。

裁判所 | 裁判例情報:検索結果詳細画面
福井地判平成27年4月13日(平成25年(ワ)第51号 損害賠償請求事件)

http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=85058


もっとも,本件については以下のように原告代理人の先生方による詳細なご説明が既に為されております。ネット上のご意見・ご批判の前提が誤っていることや,福井新聞の報道内容や報道姿勢に対するご批判も書かれています。

ですから,この記事は屋上屋を架すようなものですが,多少なりとも何かのお役に立てばと思っております。

宮本法律事務所
https://www.facebook.com/miyamotolawoffice/posts/397974397071292

「一部のマスコミや多くのネットでの論調をみておりますと,本件訴訟においては,至近距離で突然センターラインを越えてきた車と対向直進車とが衝突したという事故状況の中で,裁判所が対向直進車の運転手に,無過失の立証ができていないから損害賠償義務を認めたようになっています。
しかし,そのような事故状況であれば,対向直進車に損害賠償義務を認めるような裁判官は絶対にいないと言い切ってよいと思いますし,そもそも,私が本件訴訟事件を受任して訴訟を提起するはずがありません。」

宮本法律事務所
https://www.facebook.com/miyamotolawoffice/posts/398221153713283

「ところが,記事を見てみると,そのことは全くといっていいほど書かれていませんでしたし,「もらい事故」でもないのに,「もらい事故」となっていることから,驚きました。このような記事になるとは思ってもいませんでした。その後,曲解されているのを知り,すぐに福井新聞に訂正申入れをしましたが,なかなか訂正してくれず,かなり大声を出しましたが,結局は訂正してくれませんでした。それで,問い合わせのあった他のマスコミに対しては,文書で正しい事故状況の報道を依頼しています。」
「対向直進車の責任が認められれば,対向直進者側の保険から賠償金が支払われ,それによって対向直進車の運転手への賠償も確保されるという皮肉な結果になったのです。」


※1 現在の制度では全ての判決がネットで公表されているわけではありません。社会の耳目を集める事件や先例的意義がある事件について,裁判所のサイトで公表されています。また,民間の会社が運営している有料の判例データベースサービスを利用すれば,様々な判決文などを見ることができます。
尚,一般論として,民事事件の判決文や当事者が提出した書類などを見たい方は,その判決を出した裁判所に行って,一定の手続をすれば原則として閲覧することができます(民事訴訟法91条)。ただ,実際にどのような手続で閲覧できるかは,裁判所ごとによって違いますので,細かい手続については裁判所に問い合わせる必要があります。

※2 今回の記事はあくまで判決のポイントについて,簡略な説明をするものに過ぎません。詳細については,あくまで原典である判決文を御覧ください。



■当事者・請求の内容・請求の結果等

※ 氏名や性別等は説明のために仮定したものに過ぎず,実際の事件とは無関係です。
※ 左の灰色ベースの図面は事故時の自動車の進行状況等を示しています。
※ 右の白色ベースの図面は訴訟の請求の構造等を示しています

今回の事故に関係する方々は以下のとおりです。

【太郎さん,次郎さん】
太郎さんと次郎さんは,もう1人の友人と一緒に,太郎さんの車で深夜のコンサートに参加し,その帰り道に今回の事故は発生しました。当時,車を運転していたのは次郎さんです。太郎さんは助手席で寝ていました。

【A社の花子さん】
花子さんは,A社の代表取締役です。ゴルフコンペに参加するために,A社の車を運転していました。


本件事故では,次郎さんが居眠り運転をしてしまったために,次郎さんが運転する車が,対向車線にはみ出し,花子さんが運転する車と正面衝突しました。太郎さんは亡くなりました。


【請求内容】
太郎さんのご遺族 → 次郎さん・A社
今回の事故で太郎さんは亡くなられました。その為,太郎さんのご遺族が,太郎さんの車を運転していた次郎さんと,花子さんが運転していた車を運行の用に供していたA社を訴えました。
これらの請求のうち,次郎さんに対する請求は金額に関しては全面的に認められており,A社に対する請求は一部認められています。

A社の花子さん → 次郎さん・太郎さんのご遺族
花子さんは,太郎さんの車を運転していた次郎さんと,その車を運行の用に供していた太郎さん(のご遺族)を訴えました。
これらの請求は,いずれも一部認められています。




つまり,今回の裁判では,事故に関係した方々の請求はいずれも(一部ではありますが)認められています。当事者の誰かが一方的に敗訴したという事件ではありません。



■本件は「もらい事故」だったのか

こんな↑小見出しを付けていますが,「もらい事故」の定義がはっきりしませんので,明確な回答は実はできません。

ただ,判決文16ページ以下を読む限り,少なくとも今回の事件は,自分が車を運転していたら,突然,すぐ近くの対向車がセンターラインを越えて衝突してきたという事故ではありません。

仮にこのような至近距離の突然の事故を「もらい事故」と定義するのであれば,本件は「もらい事故」ではありません。

また,今回の事故では,A社の花子さんが事故直前に脇見運転をしていたことを花子さん自身も認めています(※3)。


これらの事実関係からすると,ネット上の多くのご意見は,その前提が誤っていたのではないかと推測されます。


※3 但し,花子さんは,「歩行者の動向に注意を払うのと同時に,進行道路前方を注視することも不可能ではない」として無過失を主張されています



■判決の論理と疑問

以下は,やや専門的な話になります。

※ 判決文をざっと拝見した段階での疑問ですので,勘違いや間違いもあろうかと思います……。

岡口判事がtwitterで述べられていたように判決文によれば,A社の花子さんの車の前には先行車が2台存在していました。

そのため,A社の花子さんの過失を考えるに当たっては,先行車1と先行車2がどの位置にあったかが重要になります。
なぜならば,A社の花子さんが,次郎さんの車に気付くことができたかどうか(=見通し)は,先行車1と先行車2の位置によって左右されるからです。


判決文によれば,次郎さんが運転する車がセンターラインを約50cm越えた時点で,次郎さんの車と先行車1の距離は約29m,先行車1と花子さんの車の距離は約128mでした。
そして,先行車1の運転手はその場でハンドルを左に切って,次郎さんの車を避けました。


問題は,花子さんの前を走っていた先行車2の位置です。実は,これが証拠上明らかではないとされています(判決文19ページ)。

そのため,「A社の花子さんが,いつ,次郎さんの車に気付くことができたのか」を明確に認定することができません。裁判所も,判決文21ページで,A社の花子さんが「どの時点で次郎さんの車を発見することが可能であったかについては,特定することができない」としています。

この結果,裁判所は,太郎さんのご遺族もA社(≒花子さん)も,過失の有無を十分に立証できていないと判断しました。

そうなると,前回ご説明しましたように,A社(≒花子さん)が無過失を立証できていない以上,自賠法3条により,A社(≒花子さん)の損害賠償責任が認められることになります。


このように,判決は,法論理としては一応成り立っており,ネット上で批判されていたような荒唐無稽なものではまったくありません


ただ,疑問が2つあります。訴訟資料を見れば分かるのかもしれませんが……。


第1の疑問は,自賠法3条ただし書の無過失の認定に関するものです(判決文19ページ末尾以下)。

福井地裁は,一定の仮定を置いた上で,「過失がなかったということはできない」という結論を導かれています。

しかし,この仮定を置く必要性と有益性がいまいち分かりにくいです。

話がやや逸れますが,今回の事故現場は,グーグルストリートビュー事故当時の写真,そして上掲の原告代理人のご説明※4)からすると,かなり見通しの良い直線道路です。そして,事故発生時刻は午前7時,天候は曇り,路面は乾燥していたと認定されています。

ですから,A社の花子さんが脇見運転をしていなかったのであれば,少なくとももう少し事故の被害が小さかったのではないかという直感がひょっとすると裁判所にあったのかもしれません。

つまり,この直感を法に則して(?)表現するために仮定を置かれたのかもしれません。我ながら邪推かと思いますが……。

尚,グーグルストリートビューで確認したところ,判決文に書かれた諸条件と恐らく合致する場所が見つかりました。もし,この場所が事故現場であったとすれば,事故の被害程度を軽減することはともかく,事故自体を全面的に回避することは相当難しかったのではないかと思われます。


※4 もちろん,代理人は原告側(太郎さんのご遺族側)の方であり,今回の裁判の当事者のお1人ですから,中立的に検討するに際しては,一方的に盲信してはいけませんが……。


第2の疑問は,過失の有無に関するものです。

上述のとおり,裁判所は,自賠法3条ただし書との関係では「無過失の立証ができていない」とし,民法709条,715条との関係では「過失の立証ができていない」としました。

今回の事故では,同一の行為に対する結果回避義務違反が問題になっています。

もし,裁判所が,(1)自賠法3条ただし書に言う「過失」と民法709条,715条の「過失」を同種の概念と考え(※5),かつ,(2)無過失概念と過失概念を択一的な関係と考えるのであれば,この結論は,過失に関する認定を誤っているのではないかと考えられます。

つまり,やや不正確な表現になりますが,「無過失=ミスがゼロであること」,「過失=ミスがゼロより大きいこと」という理解に立つのであれば,無過失の立証ができていないということは,「何らかのミスがある」という心証を裁判所は抱いていることになります。

これは,まさに過失が存在するという心証を抱いているということです。ですから,民法709条,715条との関係では過失の立証ができているということになるものと考えられます。


ただ,自分で「疑問」と言いながら恐縮ですが,上記の(2)については,「過失=ミスがゼロより大きいこと」ではなく,一定の閾値を超えて初めて過失を認定するという考え方もあり得ると思います。

ですから,上記(2)の前提は成り立たないのかもしれません。


※5 同種と考えるのが通説です。潮見佳男『不法行為法2』(信山社,第2版,2011年)337ページなど。



しかし,今回の記事は長くなりました……。


#法律 #裁判例 #解説 #交通事故 #不法行為 #自賠法

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