2017/1/31-01. 合唱のはなし

先日、母校のOB合唱団の練習に参加してきたときに感じたことを忘れないように綴ります。要は公開日記です。ふだん31文字しか書かないので、文章はへたくそです。

合唱。義務教育を受けていたひと、公立の小中学校に通っていたひとで合唱をしたことがない人はいないでしょう。私は小学三年生の時からもうかれこれ干支一周分アルトパートを担当してきました。歌はもともと好きだったけど高校でまさか合唱部に入るとはまったく想像もしていなくて、嘘みたいなほんとのはなしですが、「軽音楽部」だと思って見学に行ったら、自分の高校の合唱部は「音楽部」という名前だったのでびっくりしたとかいう。

中学生の時は吹奏楽部で、今しんたん(神戸大学短歌会)でも一緒に活動しているすだちとはそこからの縁。いっしょに同じ高校を受け、いっしょに吹奏楽部に入ろう!と約束していたにもかかわらず、部活動見学で聴いたスピッツの「チェリー」(私が三歳くらいの時、人生で初めて歌ったJーPOP曲)の合唱に、感動の涙を零し、そのまま勢いで合唱部に入ってしまいました(すだちにはその後秋まで口をきいてもらえませんでした)。

部活はそこそこ強くって一年生の時に全国大会に出たりもしたけれど、なんとなく入ってみて途中からやる気がなくなってしまった人たちもいました。つまり温度差があったということ。合唱はチームプレイなので、自分がサボっていても全体にすごーく大きくは影響しないんですね(逆に言うと、ひとりひとりがちょっとずつ上手になることが必須でした)。私は相手が部活をがんばっているかどうかと好感度はまったく別物だったので、サボっていようがなんだろうがみんなのことが大好きで、大好きで、後輩ともすっごく仲がよくて(今も休日に二人で遊びに行ったりするような後輩がいること、幸運だと思います)。合唱が好きというより、メンバーが好きで。他の同期が引退してもひとりっきりでずっと部活に残って……高三の十一月末、そろそろ受験勉強せなな、と引退。それ以降、合唱をやめてしまいました。

自分が引退して、卒業して、新しく入れ替わったメンバーでの後輩たちの演奏を聞いたり、神戸大学の合唱団の演奏会を聴きに行ったりしても、「すてきだなあ」止まり。自分が歌いたい、って気持ちには全然ならなくって、思うのは自分が3年生のころの合唱部でした。あのメンバーで歌えることは二度とないし、いつのまにか後輩も引退して、自分がまた合唱をすることはないんだろうな、と思っていました。ところが。

この冬、たまたま、自分の元恋人が今所属している合唱団の演奏会を、別の団員さんに誘われて聞きに行く機会がありました。いっしょに合唱をしていた仲間が、違う場所で、違うメンバーとまた合唱をしている、ということはとても違和感で、舞台の上に立っている知らない顔と、知っている顔を、じっと見ながら、長くてあっという間の演奏を聞き終えました。その終演後のホールの前で、私たちの合唱部のOB合唱団の団長さんにばったり出会ったのです。

「せっかくやし九条さんも今度の舞台一緒に立たない?」

そうして、先日。練習に顔を出しに行きました。

OB合唱団は、二年ないし二年半高校生活で合唱をして、そのうえでまた合唱をする道を選びとった人の集まり。クオリティもさながら、合唱が好き、という気持ちが、いっしょに歌っていて伝わってきます。メンバーは違う、世代もぜんぜん違うけれども、たしかに、高校のときの音楽室の居心地が、蘇るようでした。先輩たちも、後輩も、みんな、高校の合唱部で感じた、「合唱がたのしい」気持ちでいるのだと、ひしひし伝わってきました。

そして、丸々に年ぶりに、合唱用の歌声を出した途端。
合唱でしか味わえないあの快感。
自分の声が透明になって、「わたしの声」から「アルトの声」になる瞬間。

やっと「あのころのメンバー」から解き放たれ、「合唱が好き」という気持ちで満たされ、ああ、私はまた、今日から、合唱を始めるのだ、と確信したのでした。

もう二度としないであろうということをもう一度始めたのは、これが二度目です。
一度目は、DTMでした。そのはなしも、いつかまた。

大変ひとりよがりな日記ですが、読んでいただきありがとうございました。

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Shoco.K

九条のつれづれな感じとか

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