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「観る将」が観た第16回朝日杯本戦 藤井竜王の1-2回戦

1月15日に第16回朝日杯将棋オープンの本戦トーナメントで藤井聡太竜王が登場する1-2回戦が名古屋国際会議場で行われました。

1回戦 藤井聡太竜王 vs 阿久津主税八段

朝日杯優勝経験者同士の顔合わせ

午前中に行われた1回戦では、これまで3回朝日杯を制している藤井竜王と、第2回朝日杯の覇者である阿久津八段との激突となりました。今回、藤井竜王はシードされて本戦からの出場、阿久津八段は二次予選からの出場で中村(太)七段と飯島八段を降して勝ち上がっています。

戦型は横歩取り

振り駒で後手となった阿久津八段が横歩取りに誘導し、藤井竜王は受けて立ち青野流で迎え撃ちます。阿久津八段も横歩を取って飛車をぶつけると、藤井竜王は飛交換に応じます。藤井竜王は▲8三飛と打ち込んで竜を作りますが、阿久津八段も△2七飛と打ち込んで竜を作り竜交換となります。

大駒を取り合う乱戦

序盤から大駒が飛び交う乱戦となり、藤井竜王は少考を重ねて持ち時間を削られています。阿久津八段が角を交換し△6四角と据えると、藤井竜王は9筋の歩を伸ばします。阿久津八段が7筋の歩を伸ばすと、藤井竜王は▲6六飛と打って桂頭を守りますが、AIの評価値は阿久津八段の65%とわずかに傾いています。

阿久津八段の攻勢

阿久津八段は構わず△7六歩と伸ばすと、1分将棋となった藤井竜王は飛車で取ります。阿久津八段は△7八歩と金頭を叩き、藤井竜王が金を寄ると△8九飛と打ち込みます。藤井竜王は飛車を9筋に回して香を守りますが、阿久津八段は9筋の歩を突き捨て、△9七歩と打って飛車と香の連結を断ちます。藤井竜王は香を諦め▲6六角と打ち、香を取らせて▲2三歩と反撃しますが、AIの評価値は阿久津八段の75%と大きく傾いています。

藤井竜王の反撃

阿久津八段は同歩と応じ、藤井竜王が▲1一角成と香を取って馬を作ると、△9八歩成と"と金"を作ります。藤井竜王が▲6五桂と跳ねて馬の利きを竜に当てると、阿久津八段は△3三桂と跳ねて馬の利きを止めます。藤井竜王が3筋の歩を突いて桂頭を狙うと、阿久津八段は△9七角成と馬を作りますが、AIの評価値は藤井竜王の55%とほぼ互角に戻ります。

馬に睨まれた竜

藤井竜王は飛車を馬と刺し違え、3筋の歩を伸ばして桂を取り▲3四歩と畳み掛けます。この歩を取ると馬で竜を抜かれてしまうので、阿久津八段は△7三桂と跳ねますが、藤井竜王は構わず▲3三歩成と飛び込み、AIの評価値は藤井竜王の80%と大きく傾きます。阿久津八段は△8八"と"と入って竜を馬の利きから守りますが、藤井竜王は"と金"で銀を剥がして金取りに▲3四桂と打ちます。

電光石火の寄せ

阿久津八段は△5一金と寄りますが、藤井竜王は桂で金を剥がしてから▲7三桂成と桂を補充して再度金取りに▲3四桂と打ちます。阿久津八段が金取りに△3六桂と打って形を作ると、藤井竜王はもう1枚の金を剥がして▲3三馬と王手します。この馬はタダで取れますが、プロ棋士であれば取ってもかわしても即詰みなのは明らかなようで、阿久津八段はすぐに深々と頭を下げて投了を告げました。

1回戦のまとめ

本局は後手の阿久津八段が注文を付け、お互いに大駒を手持ちにする激しい将棋となりました。阿久津八段が竜を作って本人も優勢と認識する局面を築いた時には、既に1分将棋となっていた藤井竜王はかなり苦しい状況に見えました。藤井竜王は攻め合いに命運を託し、AIの評価値的には更に悪化しましたが、結果的にはこれが奏功したようで鮮やかな逆転勝ちとなりました。
阿久津八段は対局後に「めちゃくちゃ悔しいです」と話しましたが、苦しい中でも攻め合いに活路を見出し、鮮やかに寄せ切る藤井竜王の強さが際立つ一局だったと思います。

2回戦 藤井聡太竜王 vs 増田康宏六段

西の天才対東の天才

午後に行われた2回戦で藤井竜王に挑むのは、午前中に行われた1回戦で永瀬王座を破った増田六段となりました。かつて藤井竜王の「西の天才」に対して「東の天才」とも言われた増田六段は、そろそろタイトル戦登場や棋戦優勝が期待されています。今回、増田六段は一次予選を3連勝で抜け、二次予選では森内九段と宮田七段を降して勝ち上がっています。

戦型は角換わり

振り駒で先手となった藤井竜王が角換わりに誘導し、増田六段は受けて立ち相腰掛け銀の定跡形の駒組みを進めます。藤井竜王が▲8八玉と入城してから▲4五桂と跳ねると、増田六段は銀を引き、4筋の歩を伸ばして桂を取ります。藤井竜王は代償に歩を2枚得ますが、増田六段は6筋と9筋の歩を突き捨て、7筋の歩もぶつけます。

増田六段の仕掛け

藤井竜王が手抜いて6筋の歩を取り込むと、増田六段は8筋の歩も突き捨ててから△6五桂と跳ねます。ここまでほぼノータイムで指し進めてきた藤井竜王が少し手を止め、6分程考えて銀で桂を食いちぎり、▲6三歩成と飛び込んで金に当てます。いきなり激しい戦いに突入しましたが、AIの評価値はほぼ互角です。

絶妙のバランス

この"と金"を取ると飛金両取りに角を打たれるので、増田六段は7筋の歩を取り込んで銀に当てます。金と銀を取り合ってから増田六段が△8六飛と走って王手すると、藤井竜王は手厚く持ち駒の金を打って守ります。早くも終盤戦の様相ですが、両者ともAIの最善手を指し続け、評価値もほぼ互角です。

藤井竜王の受け

増田六段が△7六桂と王手で追撃すると、藤井竜王は▲9七玉と上がってかわします。増田六段が飛車を引いて"と金"に当てると、藤井竜王は▲8五歩と飛車の利きを遮断します。増田六段が△6四角と王手で追撃すると、藤井竜王は桂で合い駒します。増田六段は9分程考えて飛車で"と金"を取りますが、AIの評価値は藤井竜王の68%と傾いています。

藤井竜王が1分将棋に突入

藤井竜王が▲6五桂と銀を取ると、増田六段は△7五銀と打って桂を支えます。藤井竜王は時折俯きながら15分の長考で1分将棋となり、少し迷った手つきで▲7三角と打ちます。増田六段が5分程考えて角交換に応じて△6六飛と飛び出すと、藤井竜王は飛車取りに▲5五角と打ちます。

激闘の序章

増田六段は飛車を引いて角に当て返しますが、藤井竜王は飛車取りに▲5六銀と打って角を支えます。増田六段は飛車を見捨てて金取りに△6九角と打ち、藤井竜王が飛車を取ると、△7八角成と金を取って先手玉に迫ります。藤井竜王は▲7二飛と王手で打ち込んで攻め合いますが、AIの評価値はほぼ互角に戻り、どちらの玉が詰んでもおかしくない激闘となっています。

絶体絶命

増田六段が玉を引いてかわすと、藤井竜王は▲7六銀と桂を取りますが、AIの評価値は増田六段の97%と大きく傾いています。ここで1分将棋に突入した増田六段は△9五香と走って王手し、先手玉の上部を押さえてから△7六銀と銀を取ります。先手玉は絶体絶命となり、藤井竜王は▲2二角成と銀を食いちぎって後手玉に迫ります。

合い駒の選択

藤井竜王は3筋の歩を成り捨てて後手玉を吊り上げ、▲3九飛と寄って王手を続けます。増田六段が歩で合い駒すると、藤井竜王は飛車で歩を食いちぎり、金を取って▲3二竜と食い下がります。AIは合い駒に銀を推奨していますが、秒読みに追われた増田六段は金で合い駒し、AIの評価値は再びほぼ互角に戻ります。

藤井竜王の連続王手

藤井竜王が歩の連続王手で後手玉を5筋に追い▲6六桂と王手すると、増田六段は△6五玉とかわします。藤井竜王が▲6二竜と追撃すると、増田六段は歩で合い駒します。藤井竜王は▲5六銀と王手し、馬で取らせてから▲7六金と自玉に迫る銀を取りながら王手します。藤井竜王は更に▲8七金と王手し自玉の守りを補強してから馬を取ります。藤井竜王の12連続王手を凌ぎ、AIの評価値は増田六段の78%と再び大きく傾いています。

ギリギリの攻防

先手玉は一時の危機を脱しましたが後手玉も入玉を果たし、増田六段は飛角金銀3歩4と豊富な持ち駒から△7九角と王手で打ち込んで再び先手玉を攻めます。藤井竜王が銀で合い駒すると、増田六段は深追いせず△6八角成と馬を作って力を溜めます。藤井竜王が▲6四竜と引き付けると、増田六段は△7六銀と打って先手玉に迫ります。藤井竜王が▲8九角と打って王手すると、増田六段は△7八銀と合い駒しつつ攻め駒を足します。

一瞬の隙

藤井竜王が桂を跳ねて竜の利きで王手すると、増田六段は歩で合い駒します。藤井竜王が角で銀を食いちぎって王手し、▲7五竜と引いて間接的に後手玉を睨むと、増田六段は△6七銀打と銀を支えます。藤井竜王が▲5八銀と打って銀に当てると、増田六段は△5八同馬と食いちぎりますが、ここでは△5八同銀成が勝ったようです。増田六段は△8九角と打って詰めろを掛け、先手玉は再び追い詰められたように見えますが、AIの評価値は藤井竜王の73%と逆転模様です。

死力を尽くした攻防

藤井竜王が▲7七金と寄って王手し、詰めろを逃れてから▲6七金上と銀を取ると、増田六段は△8七歩と銀頭を叩いて攻めをつなぎます。藤井竜王が王手角取りに▲7八銀と打つと、増田六段は角を銀と刺し違えてから歩で銀を取ります。藤井竜王が竜で銀を取ると、増田六段は△8九飛と打って詰めろを掛けます。藤井竜王が金を寄って詰めろを逃れ、銀を打って竜の利きを遮断すると、増田六段は△9六香と走って先手玉を吊り上げ△8八竜と金を取ります。

持将棋の可能性

藤井竜王が銀に紐を付けつつ王手で▲8七角と打ち、▲8九香と竜取りに打つと、増田六段は竜を角と刺し違え、△4八金と打って自玉の安全を図ります。先手玉も上部が開き持将棋の可能性も出てきましたが、藤井竜王は▲7八竜と引いて王手し、▲7九飛と打って2枚飛車で後手玉を捕まえにいきます。

飛車切りの寄せ

増田六段は銀で合い駒しますが、藤井竜王は飛車で銀を食いちぎり、▲3八銀と打って後手玉の退路を塞ぎます。増田六段は△5八金と寄って退路を作り、藤井竜王が▲7七角と王手すると、△4八玉とかわします。藤井竜王は竜で金を食いちぎって即詰みに討ち取り、169手の大激闘に終止符を打ちました。

2回戦のまとめ

本局は増田六段が研究手順で先手玉を追い詰めましたが、藤井竜王は的確に対応して逆にリードを奪いました。藤井竜王が先に1分将棋に突入して形勢も混沌とし、何か見落としがあったのか一時は増田六段が逆転して勝勢を築きました。絶体絶命となった藤井竜王は執念の連続王手で後手の攻め駒を除去しますが、入玉を果たした増田六段は豊富な持ち駒で再び先手玉に迫りました。お互いの玉が接近している状態でギリギリの攻防が続きましたが、藤井竜王は一瞬の隙を突いてリードを奪うと、相入玉には目もくれず2枚飛車を切り飛ばして鮮やかな即詰みに討ち取りました。
敗勢の状態で1分将棋となり、90手以上を指し続けて逆転した藤井竜王の粘り強さも見事でしたが、藤井竜王をあと一歩のところまで追い詰め、早指し棋戦とは思えない名局を紡ぎあげた増田六段の健闘も称えられるべき内容でした。対局後の会場で増田六段に贈られた拍手が、地元の英雄藤井竜王に勝るとも劣らない盛大なものであったことは、観戦者の感動を示す何よりの証明だったと思います。近い将来、増田六段が再び大きな舞台で藤井竜王と対局することを楽しみにしたいと思います。

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