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「観る将」が観た第71期王座戦五番勝負第一局

8月31日、神奈川県秦野市の元湯陣屋で王座戦五番勝負が開幕しました。本シリーズに名誉王座の永世称号が懸かる永瀬拓矢王座に挑むのは、前人未到の全八冠制覇を目指す藤井聡太竜王名人です。

永瀬王座は前期、豊島九段を挑戦者に迎え、3勝1敗で降して4連覇を成し遂げています。藤井竜王名人は今期、挑戦者決定トーナメントで中川八段、村田(顕)六段、羽生九段、豊島九段を破り、自身初の王座挑戦権を獲得しています。

両者の対戦成績は藤井竜王名人が11勝5敗とリードしていますが、直近の10局では6勝4敗となっています。番勝負に敗退したことがなく、勝率8割を誇る藤井竜王名人としては、油断ならない強敵と思われます。

前日に行われた記者会見で、永世称号の重みについて問われた永瀬王座は「永世称号は偉大な記録だと思っています。それに挑戦するのは初めてですが、それに近づけるよう、頑張らなければいけないと思います」と答えています。
一方、八冠制覇について聞かれた藤井竜王名人は「八冠に挑戦できるのは凄く貴重な機会かなと思っています。凄く注目していただける舞台にもなるので、それに相応しい将棋が指せるように頑張りたいなと思っています」と話しています。


先手は藤井竜王名人

数々の名局が指されてきた対局室には、連盟会長の羽生九段、立会人の佐藤(康)九段、新聞解説の森内九段と錚々たるメンバーが揃っています。最近はタイトル戦でもスーツ姿の多かった永瀬王座が生成り色の着物と灰色の袴に濃灰色の羽織で入室すると、すぐに挑戦者の藤井竜王名人が薄黄色の着物と灰色の袴に象牙色の羽織で入室します。注目の振り駒は"と金"が3枚出て、藤井竜王名人の先手となります。

戦型は角換わり

藤井竜王名人がいつも通りお茶を口にしてから飛先の歩を突き角換わり腰掛け銀を目指すと、永瀬王座は受けて立ち、あまり見かけない△4一玉型で早繰り銀を選択します。藤井竜王名人は19分の考慮で右桂を3筋に跳ね、永瀬王座が右金を5筋に上がると、更に24分考えて飛車を下段に引きます。永瀬王座の趣向に、藤井竜王名人は小刻みに時間を使っています。

永瀬王座の長考

藤井竜王名人が6筋に玉を上がって自ら戦場に近づくと、永瀬王座は初めて手を止め、28分の考慮で7筋の歩を突き捨て銀を繰り出します。藤井竜王名人は2筋の歩をぶつけ、永瀬王座が更に20分考えて銀で取ると、4筋の歩もぶつけます。次の38手目を永瀬王座が50分以上考えて昼休の時刻となりました。各5時間の持ち時間の内、残り時間は永瀬王座が3時間9分、藤井竜王名人が3時間47分となっています。

好所の角

4筋の歩を取ると飛香両取りがあるので、永瀬王座が昼休を挟む58分の長考で7筋の銀頭を歩で叩くと、藤井竜王名人は強く銀を6筋に上がってぶつけます。永瀬王座が構わず8筋の歩を突き捨て銀で取ると、藤井竜王名人は飛頭を歩で叩き、▲6五角と左右を睨む好所に打ち飛車に当てます。永瀬王座が飛車を引いてかわすと、藤井竜王名人は56分の長考で再度飛頭を歩で叩きます。

玉の避難

永瀬王座は飛車を7筋にかわし、藤井竜王名人が4筋の歩を取り込むと、6筋の歩を伸ばして先手の角を5筋に引かせます。永瀬王座が玉を3筋に寄って戦場から遠ざけると、藤井竜王名人もじっと玉を5筋に寄せます。AIの評価値は藤井竜王名人の57%とわずかに傾いています。

コビン攻め

永瀬王座は34分の熟考で5筋の歩を突き、先手が飛車取りに角を4筋に出るのを先受けしますが、藤井竜王名人は角を3筋に飛び出します。永瀬王座が6筋の歩を伸ばして銀を吊り上げ、△6六歩と先手玉のコビンを攻めると、藤井竜王名人は7筋の飛頭を歩で叩きます。次の60手目を永瀬王座が30分程考えて夕休の時刻となりました。AIの評価値は藤井竜王名人の64%、残り時間は永瀬王座が1時間29分、藤井竜王名人が1時間23分となっています。

角切りの強襲

夕休が明けてすぐ、永瀬王座が飛車を6筋にかわすと、藤井竜王名人は▲5六銀上と玉頭を補強します。永瀬王座は31分の熟考で残り1時間を切り、5筋の歩を伸ばして銀に当てます。藤井竜王名人も23分考えて残り1時間を切り、▲5二角成と金を食いちぎり、飛車取りに金を打って攻め掛かります。

藤井竜王名人の"と金"攻め

永瀬王座が飛車を6筋にかわすと、藤井竜王名人は金交換して後手陣を薄くし、取った金を打って後手の飛車を9筋に追い、4筋に"と金"を作って王手します。永瀬王座が玉を2筋にかわすと藤井竜王名人は取られそうな銀で5筋の歩を取ります。AIの評価値は藤井竜王名人の63%となっていますが、ABEMAでは渡辺(明)九段が「後手玉の寄せは時間が掛かるので先手もまだまだ大変」と解説しています。

桂の援軍

永瀬王座が19分の考慮で8筋の桂頭に歩を打つと、藤井竜王名人は17分考えて2筋の銀頭を歩で叩いて1筋に引かせ、1筋の歩を突き捨ててから4筋に桂を跳ねて援軍を送ります。永瀬王座は8筋の桂を取り、藤井竜王名人が玉を4筋に上がって早逃げすると、9筋の香も取って駒得を重ねます。AIの評価値はほぼ互角に戻っています。

香捨てからの王手金取り

藤井竜王名人が4筋の"と金"の下に歩を打って攻めに厚みを加えると、永瀬王座は9分考えて残り6分となり、△2六香とタダ捨てして飛車を吊り上げ、飛車の横利きがなくなった下段に王手金取りの角を打ちます。藤井竜王名人が香で合い駒すると、永瀬王座は△3四桂と先手玉の脱出路を塞ぎつつ飛車に当てます。藤井竜王名人も残り5分となり、"と金"を3筋に寄せて王手し、交換した桂を打って飛車を捕獲しますが、AIの評価値は永瀬王座の59%と逆転模様です。

両者とも1分将棋に突入

お互いに飛車を取り合い、1分将棋に突入した永瀬王座が1筋の銀を上がって玉の退路を作ると、藤井竜王名人は飛車を後手陣に打ち込みます。永瀬王座が玉を1筋に上がって早逃げすると、藤井竜王名人も1分将棋となり、"と金"を3筋に寄せます。永瀬王座が角で金を取って馬を作ると、藤井竜王名人は2筋の歩を突き捨ててから歩を垂らします。永瀬王座は3筋に歩を打って先手の飛車の横利きを止め、藤井竜王名人が飛車を引いて竜を作ると、金を打って竜に当てます。

白熱の終盤戦

藤井竜王名人は"と金"で金を剥がし、再度2筋に"と金"を作りますが、永瀬王座は△2九角と王手します。藤井竜王名人が玉を上がってかわすと、永瀬王座は角で6筋の銀を取って2枚目の馬を作ります。藤井竜王名人が自玉の腹に金を打って馬に当てると、永瀬王座は竜と"と金"の両取りに銀を打ちます。一手毎に評価値が大きく揺れ動く、白熱の終盤戦となっています。

永瀬王座の自陣飛車

藤井竜王名人が竜を馬の利きにかわして交換すると、永瀬王座は自陣に金を埋めて守ります。藤井竜王名人は3筋に角を打って王手し、永瀬王座が桂で合い駒すると、金を4筋に寄せて援軍を送ります。永瀬王座は自陣に飛車を打って角に当て、藤井竜王名人が金で3筋の銀を剥がしてから金交換する代わりに、飛車と角を取り合います。

負けない将棋

永瀬王座は王手香取りに角を打ち、藤井竜王名人が銀で合い駒すると、1筋の香を取って馬を作ります。藤井竜王名人は3筋に金を打って攻め続けますが、永瀬王座は自陣に金を打って負けない将棋を貫きます。藤井竜王名人は"と金"を引いて攻めをつなぎますが、永瀬王座は4筋に王手で香を打って反撃し、先手陣に飛車を打って詰めろを掛けます。

大駒の寄せ

藤井竜王名人は連続王手で銀と桂を入手し、自陣に桂を打って粘りますが、永瀬王座は馬で桂を食いちぎって詰めろを続けます。藤井竜王名人が銀を打って詰めろを逃れると、永瀬王座は竜も切って銀で王手します。先手玉には即詰みが生じており、藤井竜王名人は一つ大きなため息をつき、飲み物を口にしてから投了を告げました。

まとめ

本局は永瀬王座が趣向を見せましたが、藤井竜王名人は好所に角を据えてからはペースを掴んだかに見えました。藤井竜王名人は角切りの強襲から後手陣を薄くしましたが、永瀬王座はじっと駒得を重ねてチャンスを待ちました。攻め駒が少ない藤井竜王名人は"と金"を作って攻め続けましたが、永瀬王座は自陣に金駒や飛車を投じて受け切ると、大駒を使って反撃し寄せ切りました。
先勝した永瀬王座は次局に向け、「少し日にちがありますのでしっかり準備して、先後も決まりましたので挑みたいと思います」と話しました。先手番を落とした藤井竜王名人は「早くも厳しい状況になってしまいましたが、できる限り良い状態で対局に臨み、熱戦にできるよう頑張りたいと思います」と話しており、正念場となる第二局での巻き返しに期待したいと思います。

本稿は王座戦の棋譜利用ガイドライン(https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#ouza)に従っています。
第71期王座戦五番勝負第一局、主催:日本経済新聞社、日本将棋連盟

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