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「観る将」が観た第17回朝日杯本戦 準決勝・決勝

2月10日に第17回朝日杯将棋オープンの準決勝と決勝が有楽町朝日ホールで行われました。


午前中に行われた準決勝は、藤井竜王名人vs糸谷哲郎八段と、永瀬拓矢九段vs西田拓也五段の顔合わせとなりました。本稿では藤井竜王名人の対局に注目していきたいと思います。

準決勝 藤井聡太竜王名人 vs 糸谷哲郎八段

前回優勝で本戦から登場の藤井竜王名人は、1回戦で斎藤(慎)八段、2回戦で増田(康)七段を降して勝ち上がりました。前回ベスト4の糸谷八段は、1回戦で井田四段、2回戦で久保九段を破っています。

糸谷八段が雁木袖飛車

振り駒で後手となった糸谷八段が角道を止めて雁木に組み袖飛車に構えると、藤井竜王名人は少し時間を使って3筋から仕掛けます。糸谷八段は7筋の歩を交換して飛車の横利きで3筋の歩を支え、藤井竜王名人が飛車取りに▲6六角と出ると、△6五飛と寄ってかわします。

糸谷八段の馬

藤井竜王名人が一手一手慎重に時間を使って飛車を3筋に寄せると、糸谷八段も少し考えてから飛車を角と刺し違え、△8八角と打ち込みます。藤井竜王名人は香を上がってかわし、糸谷八段が△6六角成と馬を作ると、▲3五銀と繰り出します。糸谷八段は4筋の歩を伸ばし、藤井竜王名人が7筋に歩を垂らすと、将来の飛車の打ち込みに備えて△3一歩と先受けします。

藤井竜王名人の竜

藤井竜王名人が少考して7筋の歩を成り捨て、銀頭に▲7三歩と打ち直すと、糸谷八段は桂で取ります。藤井竜王名人は王手銀香取りに▲7一飛と打ち込み、糸谷八段が△6二玉と上がって銀を支えると、▲9一飛成と香を取って竜を作ります。糸谷八段が△6五桂と跳ねると、次に竜香両取りがあるので、藤井竜王名人は▲9二竜と引きますが、AIの評価値は糸谷八段の60%と少し傾いてきました。

3筋の桂を巡る攻防

糸谷八段は1筋の香取りに△5五角と飛び出し、藤井竜王名人が▲3六飛と浮いて馬に当てると、△8四馬と自陣に引き付けます。藤井竜王名人は▲3七桂と跳ねて角成を防ぎ、糸谷八段が△7三馬と引いて3筋の桂を馬と角の利きで狙うと、▲2六銀と桂に紐を付けて辛抱します。

2枚馬対2枚竜

糸谷八段が△8八角成と2枚目の馬を作ると、1分将棋に突入した藤井竜王名人は飛車をいったん7筋に回し、歩で受けさせてから9筋に転回します。糸谷八段は馬で香を取り、藤井竜王名人が▲9三飛成と2枚目の竜を作ると、△8八馬と戻します。AIの評価値はほぼ互角に戻っています。

藤井竜王名人の攻防の角

藤井竜王名人が▲7七桂とぶつけて桂交換すると、糸谷八段は△7七同馬と銀を食いちぎり、△8一銀打と竜を捕獲します。藤井竜王名人は馬取りに▲6五桂と打ち、糸谷八段が△8五桂と王手すると、▲7八玉とかわします。糸谷八段が△5五馬と出ると、藤井竜王名人は▲9五角と自陣の玉頭を守りつつ王手します。AIの評価値は藤井竜王名人の60%と逆転模様です。

糸谷八段が連続詰めろの攻勢

糸谷八段が香で合い駒すると、藤井竜王名人は▲8一竜と銀を食いちぎり、もう1枚の竜を▲8三竜と寄って後手玉に迫ります。糸谷八段は△9八飛と王手し、藤井竜王名人が玉を6筋に上がってかわすと、△6五馬と寄って詰めろを掛けます。藤井竜王名人は7筋に歩を打って玉の逃げ場を作り、糸谷八段が△9九竜と詰めろを続けると、▲6八玉と引いて逃れます。

糸谷八段の勝負手

糸谷八段は金取りに△6六桂と打ち、藤井竜王名人が▲8四竜と香を取ると、△5八桂成~△6九金と連続王手で迫り、△9七竜と勝負手を放ちます。素人目には先手が竜を引く手が開き王手かつ馬取りの痛烈な一撃に見えますが、後手が根元の角を取って先手玉を詰ませる狙いを秘めています。

両王手の切り返し

藤井竜王は開き王手ではなく▲8二竜と両王手を掛け、糸谷八段が△5三玉とかわすと、▲5二竜を金を食いちぎり、中盤に後手の角成を妨げる防波堤となった桂を▲4五桂と跳ね、そのまま珍しい都詰め(玉が5五の地点で詰む形)に討ち取りました。

準決勝のまとめ

本局は糸谷八段が袖飛車から飛角交換して先に馬を作る作戦を見せ、藤井竜王名人は序盤から時間を使い2枚の歩を犠牲に竜を作って対抗しました。先手の竜よりも後手の馬の方が働きが良く、形勢は糸谷八段にわずかに傾きましたが、藤井竜王名人は辛抱して差を縮めました。糸谷八段は馬を切って踏み込みましたが、藤井竜王名人は攻防の角を打って凌ぎ、糸谷八段の次の一手問題に出てきそうな勝負手を見破り、鮮やかな即詰みに討ち取りました。

決勝 藤井聡太竜王名人 vs 永瀬拓矢九段

決勝は藤井竜王名人と、準決勝で西田五段を相入玉模様の将棋で破った永瀬九段の顔合わせとなりました。

永瀬九段の矢倉

振り駒で先手となった永瀬九段が意表を突く矢倉を選択すると、藤井竜王名人は中住まいに構えます。永瀬九段は3筋から仕掛け、藤井竜王名人が8筋を継ぎ歩で攻めると、▲8八歩と受けてから▲8六銀と歩を取ります。永瀬九段が飛先の歩を交換すると、藤井竜王名人は△1三角と覗いて飛車を追い返し、△3三桂と跳ねます。

藤井竜王名人が飛車を転回

永瀬九段は▲8七歩と銀を支え、藤井竜王名人が△2五歩と打って飛車の転回を目指すと、1筋の歩を突いて後手の端角を狙います。藤井竜王名人が12分の熟考で飛車を2筋に回すと、永瀬九段はノータイムで1筋の歩をぶつけます。藤井竜王名人が2筋の歩を伸ばすと、永瀬九段は▲2二歩と飛頭を叩きます。

飛車の取り合い

藤井竜王名人は更に時間を使って同飛と応じ、永瀬九段が1筋の歩を取り込んで角に当てると、△3六角と銀を食いちぎり、△2七歩成と飛び込みます。永瀬九段が飛頭に歩を連打し、飛車を取り合ってから▲2一飛と打ち込むと、藤井竜王名人は△3一飛と合わせます。

永瀬九段の竜

永瀬九段が▲3三角成と桂を食いちぎり、▲2八飛成と"と金"を取って竜を作ると、藤井竜王は△2七歩と竜頭を叩きます。永瀬九段は竜を3筋に寄せ、藤井竜王名人が△1五歩と打つと、初めて手を止めて9分程考え、銀取りに▲4五桂と打ちます。藤井竜王名人が早くも1分将棋に突入して△4四銀とかわすと、永瀬九段は▲3三歩と追撃します。AIの評価値はほぼ互角ですが、30分近く残している永瀬九段が持ち時間で大きくリードしています。

藤井竜王名人の攻勢

藤井竜王名人は金を2筋にかわし、永瀬九段が金取りに▲2七竜と歩を取ると、△2三歩と防ぎます。永瀬九段は▲3七桂と跳ねて4筋の桂を支え、藤井竜王名人が△6五桂と跳ねて攻勢に転じると、20分の長考で▲6六歩と催促します。藤井竜王名人は竜取りに△4九角と打ち込み、永瀬九段が▲1八竜とかわすと、桂取りに△3六銀と打ちます。

桂で金駒を削る攻め合い

永瀬九段も1分将棋となり▲6五歩と桂を取ると、藤井竜王名人も△3七銀不成と桂を取ります。永瀬九段が銀取りに▲5五桂と打つと、藤井竜王名人も金の両取りに△6六桂と打ち返します。永瀬九段が銀桂交換してから▲5七金とかわすと、藤井竜王名人は△7八桂成と金桂交換してから△7六角成と馬を作ります。

藤井竜王名人の馬

永瀬九段が6筋の歩を取り込み、金取りに▲7三角と打ち込むと、藤井竜王名人は△5四馬と引き付けて金に紐を付けます。永瀬九段が金頭を歩の連打で吊り上げ、馬金両取りに▲6五銀と打つと、藤井竜王名人は△4五馬と桂を取って竜に当てます。これまでずっとほぼ互角を維持してきたAIの評価値は、永瀬九段の61%とわずかに傾いてきました。

永瀬九段の受け

永瀬九段は▲1五竜と走り、藤井竜王名人が△4八銀不成と潜って金に当てると、▲6四桂と王手してから▲4五竜と馬と刺し違え、自玉を間接的に睨む脅威を取り除きます。藤井竜王名人は取れる竜を取らずに△5七銀成と金を取って詰めろを掛け、永瀬九段が▲7六銀と玉頭に迫る金を取って逃れると、△3三玉と早逃げします。

鮮やかな即詰み

自玉の安全を確保した永瀬九段は▲5二桂成と後手玉に迫り、藤井竜王名人が△4二桂と先受けすると、▲6五竜と取られそうだった竜を逃がします。藤井竜王名人は△6七歩と垂らして詰めろを掛け、永瀬九段が▲7七銀と引いて受けると、△6五歩と銀にぶつけて下駄を預けます。永瀬九段は▲4二成銀と桂を取り、▲5一角打と王手し、そのまま即詰みに討ち取りました。

決勝のまとめ

本局は永瀬九段がこの日のために温めていたと思われる矢倉の研究をぶつけ、藤井竜王名人は小刻みに時間を使ってバランスを保ちましたが、持ち時間に大差が付く展開となりました。永瀬九段は研究を外れてから残していた時間を投じて優位に立ち、藤井竜王名人が軽視していた竜を走って馬を取る好手で自玉の安全を確保し、反撃に転じて寄せ切りました。
永瀬九段は王座戦での屈辱を晴らし、嬉しい朝日杯初優勝を飾りました。終局後のインタビューでは、「自信になるかなと思います」と嬉しそうな笑顔を見せており、今後も驚異的な勢いで勝ち続ける藤井竜王名人との好勝負を期待したいと思います。

朝日杯将棋オープン戦は、朝日新聞社と日本将棋連盟が主催しています。
本稿は「朝日杯将棋オープン戦における棋譜利用ガイドライン」に従っています。 (https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html#asahi_cup)

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