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最強の男の来店

その男は、突然やってきた。


店の自動ドアが開いた瞬間から、その男は他の客とは明らかに一線を画していた。

レジをしていた私の所へ、どんどん近づいてくる。

彼が一歩ずつ私に前進するごとに、より彼について様々な情報を得ることが出来た。

身長は170センチぐらい、

体重は80キロほどの、

メガネをかけた、

どこにでもいる男だった。

しかし、彼のあまりの迫力に3メートルあったと言われても今なら信じざるを得ない。


何故なら、彼は最強の男だったからだ。


彼は、レアルマドリードのユニホームを着て、バルセロナのキャップを被っていた。

気づいた瞬間、足の震えが止まらなかった。

立っているのがやっとだった。

夢だったんじゃないかと今でも思っている。


彼は服における最強の掛け算をしてきたのだ。

まさか服装でレアルマドリード×バルセロナの
クラシコをする奴がいるとは思わなかった。

着る時に彼は何も思わなかったのだろうか?

家に洗濯してない服がもうそれしか無かったのだろうか?

恐る恐るパンツの方を見た。

普通のアロハパンツだった。

これには何でだよ、と思った。

ここまできたら何か強そうなパンツ履けよと思った。

アロハパンツによって彼に対しての恐怖心は少しなくなった。

レジの前に立った彼に慌てて、

『いっ、いらっしゃいませ!ご注文お決まりですか?』

緊張して、声が上擦ってしまった。

合唱コンクールだったらソプラノに配置されるくらい高い声だったと思う。

十秒ほどメニュー表を眺めたその男は二人の間の沈黙を破るように言った。

『倍のビッグマックを二つ下さい。』

一瞬の沈黙が再び二人の間を走る。

倍のビッグマックを二つ?

彼の言葉が僕の頭の中でループする。

外では雨が降っていた。

注文を待っているお客さんが何人かいた。

子供が床にオレンジジュースを溢し、それに対応をしているスタッフ。

すいませんと何度も謝る母親。

騒がしくなる店内。

しかしそんな事は今の僕にはどうでも良かった。

その言葉を受け入れようとするにつれて僕の鼓動がどんどん早くなっていった。


倍のビッグマック。それはこの店の中で間違いなく最も強いオーダーだった。

しかも二個。

何故二個?

一人で食べるのだろうか?

家で愛する誰かと食べるのだろうか?

怖い人に焼きそばパン買ってこいよみたいな感じにパシられているのだろうか?

頭の中を高速で回転させていた。

忘れていたが、その男は決して大きい人では無い。

身長170センチ。レアルマドリードのユニホームを着て、バルセロナのキャップをかぶった少し小太りの服装を除けば至って普通の男だった。

しかし僕は、確信した。

この男は、間違いなく最強だ。

レアルマドリード、バルセロナ、倍のビッグマック。

文字に書き起こしてみると信じられないくらい威圧感のある言葉達だ。

人は見た目を変えるだけでこんなにも最強になれるのか。

何か大切なことを彼から教わったような気がした。

彼の方に再び目をやった。

一万円札で払おうとしているようだ。

お金まで最強なのか。

一体この男はどこまで最強なのだろうか。

もう俄然僕は彼の虜だった。

彼と仲良くなってもっともっと彼の最強すぎる所を一番近くで見ていたい。

心からそう思った。


しかし、僕は彼に伝えなければならないことがあった。

その言葉は恐らく彼との別れを意味していた。

出来れば彼にはこのまま最強の男として、僕の前を去って欲しかった。

しかし、それは一店員として難しかった。

既に一万円札はトレーに置かれていた。

彼の後ろには三人ほど注文するのを待っているお客さんがいる。

時間が迫っていた。

魅力的な時間はいつだって過ぎるのが早い。

頭の中で言葉を整理する。

額にはひどく汗をかいていた。

もう長い間水を飲んでいないことを思い出した。

ツバを飲み込む。

その男の目を見た。

太陽のように丸く暖かい目をしていた。

言わなきゃ、この人に。

レアルマドリードのユニホームを着て、

バルセロナのキャップを被って、

倍のビッグマックを二個頼もうとしている最強の男に。

拳を強く握り大きく息を吸う。

簡潔に。分かりやすく。出来るだけ傷つけないように。彼の未来がずっと明るいことで溢れますように。ずっとこの人が最強でいられるように。

そう強く願いながら僕は言った。

『大変申し訳ありません。倍のバーガーは夜マック限定なので、只今の時間は販売しておりません。』

外ではまだ雨が降っていた。


バルセロナのキャップ。強い。
レアルマドリードのユニホーム。強い。
倍のビッグマック。強い。
でんぢゃらすじーさんの最強さん。マジで強い。







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