例外なく人類はみんなバカ。

ビートたけしさんによる「バカ論」が売れている。

バカ。バカと言われたり、バカにされたりすると人は悔しいし怒る。だけど世の中は「バカ」で溢れていて、「バカにするされる」行為で溢れている。

実は「バカ」は日常になくてはならない要素であり、溢れかえる要素なのだ。

ビートたけしさんが「バカ論」の中で何を書いているのは全く分からない。読んでいないから。

そこで、ビートたけしさんが書いた「バカ論」を読む前に、自分なりに「バカ論」を書くのは面白いと思ったので書いてみる。

初めに言っておくと、

人間というのはバカな生き物だ。例外なくすべての人類はバカな生き物だ。

これを前提に書き進めることにする。

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「バカ」は2つのバカに分かれる。楽天バカと悲観バカである。

楽天バカと悲観バカは1人の人間の中に同居していて、その比率は人により異なる。

楽天バカと悲観バカの比率が4:6の人もいれば、8:2の人もいるってわけだ。

さて、楽天バカと悲観バカとはいったい何なのか。ザックリ解説するとこうなる。

楽天バカとは、自己批判能力が欠如しているバカ/常に”明るい”バカ/常に”楽しい”バカ/常に”前ばかり見てる”バカ のことである。

悲観バカとは、自己批判ばかりしているバカ/常に”暗い”バカ/常に”悲しい”バカ/常に”不機嫌な”バカ のことである。

お分かりいただけただろうか。

人間には楽天バカも悲観バカも同居していて、どちらもバカな要素であり、そしてそのバカな要素の比率によって、その人の大まかな”性格”が決まっているのだ。

そして今の時代は…というか、人類は今までそうだったのかもしれないが、「楽天バカ」の方が生きやすい。「楽天バカになろう!」みたいな本やセミナーは流行るし、「楽天バカ」の方が好かれやすい傾向にある。

だけど、言うまでもなく「楽天バカ」はバカなのだ。そしてそのバカさを「悲観バカ」はよくわかっているから「悲観バカ」は「悲観バカ」になるのだ。

ま、「悲観バカ」は「悲観バカ」で、悲観ばっかしてても人生つまんねーだろって点で「バカ」なんだけどね。


要するに、人間は「バカ」なのです。バカな人間しかいないのです。


「楽天バカ」と「悲観バカ」。

この2つを軸にして「バカ」について論じていきたいと思います。

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かわっちょ

エッセイ〜Heart〜

エッセイです。Heartには「心」「思いやり」「心臓」「愛する」「興味関心」「勇気」「惚れる」「勇者」…とかいろんな意味があるそう。 (2017年2月~)有料もあります
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