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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.26

 ライヴハウスからベース教室の鈴木先生に「スターリンのライヴで警備が足りない。チケットはソールアウトしているし、誰か手伝ってもらえないか?」と連絡があったそうだ。
「ウッチー! ライヴハウスが緊急事態らしいから、バンドのメンバーとか友だちを集めて、これから呼び出して応援に行っておいで!」
 家でテレビを観ていたら、鈴木先生から電話があった。
「でも鈴木さん…、スターリンって、ステージで全裸になったりシッコとかをしたりするバンドなんでしょ! 豚の内臓とか、頭とかも投げつけるらしいし…」
 スターリンというバンドは知っていたがレコードは聴いたことがなかった。ただ音楽雑誌でステージから客におしっこをかけたり、豚の臓物や汚物をまき散らしたりする記事は読んだことがあったのでとしぶった。
「プロのライヴを観るのも勉強だよ!ライヴハウスにもお世話になっていたよね。メンバーを集めて、しっかり働いてこなきゃ…」
 鈴木先生から諭され、渋々承諾した。
 セイジくん、ゲンちゃん、ショウイチ、友だちのバンドメンバーも加えて連絡をとり、とりあえずスタジオに集合した。
「みんな安心していいからね。ライヴハウスにさっき電話をしたら、今回のライヴでは“汚物は会場に撒かない”って契約になっているそうだから…。いろんなところでトラブって最近は牛乳くらいしか撒いてないみたいだよ。おしっこも臓物もないから、安心してがんばって働きなさい!」
 集まった警備要員のボクらに鈴木さんが言った。
「鈴木さんは行かんとですか?」
 ショウイチがたずねた。
「オレはまだここで仕事だもん。キミたちのように若くもないし、パンクってうるさいし、それに牛乳を飲むとお腹が痛くなるんだよ。さぁ!がんばってね。ロック少年たち、くれぐれもケガをしないように!」
 ライヴハウスへあらためて警備要員の人数を連絡した鈴木先生が、手を振って送り出してくれた。

 ひさしぶりのライヴハウスだった。着いたときはもうスターリンのセッティングが始まっていて、スタッフの人が機材チェックをしていた。
「あっ! キ○○イの人やん!」とゲンちゃんがその人を指差して大きな声で言ったので、みんながあわてた。きっと聞こえていたと思うが、その人は黙々と作業を続けた。ライヴハウスの人がINUというバンドの町田町蔵(町田康)だと教えてくれた。スターリンのスタッフとして同行して来ていたその人はキレイな顔をしていた。
(そもそもキ○○イの人やないし、確かに映画“爆裂都市【Burst City】での役名は“キ○○イ弟”だったけど…。【18年後に芥川賞を受賞します!】)

 開演の時間が近づくと、ライヴハウスはガラの悪いパンクスたちですし詰め状態になった。密度は亜無亜危異の時よりも倍くらい濃いようだった。
 予定時間通りに始まったライヴは、最初から押し合いへし合い状態で、最前列で警備をしていて何度も命の危険を感じた。興奮した客がステージに上がろうとするたびに数人かがりで引き戻し、逆に観客へ飛び込むヴォーカルの遠藤ミチロウさんを何度もステージに押し戻した。
 スターリンの曲は「吐き気がするほどロマンチックだぜ!」というサビの曲(ロマンチスト)しか知らなかった。他はどの曲も同じに聞こえるので、ステージの床に貼られたセットリストを見ても、どこのどの曲を演っているのか? あと何曲残っているのか? あとどのくらいガマンすればよいのか? さっぱり分からなかった。最前列で何回も何度も押しつぶされそうになり、横で警備していたショウイチとゲンちゃんに助けてもらった。おしっこをされたり、臓物をまき散らされることはなかったが、牛乳は何度かかけられた。汗と牛乳で身体も会場もグチャグチャだった。1時間くらいのステージだっただろうか…。やっと終わった時は、酸欠と脱水症状でみんな口をパクパクさせていた。

 後片付けをしていたら、遠藤ミチロウさんがスタッフ一人一人、そしてボクらにまで「お疲れさまでした! ありがとうございました」とていねいに挨拶してくれた。
 満員だったし、警備はとてもハードだったので、少しはバイト代がもらえるのかと期待していたが、「お疲れさま!」と言って、警備要員のボクらにはコーラが1杯ずつ配られただけだった。
 一瞬で飲み干した。


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