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小倉竪町ロックンロール・ハイスクール vol.19

 1月1日、家族との新年の挨拶はそこそこに、でもお年玉だけはちゃんともらってから、ライヴハウスへ向かった。
 元日のステージは、大晦日の夜から元日の夜まで延々とライヴが続くイヴェントの一環だった。人気バンドは一番盛り上がる新年を迎える頃か、エンディングに近い時間帯の出演で、ボクらのバンドは午後イチくらいの予定だった。
 ライヴハウスの出演も4回目ともなると、すっかりミュージシャン気取りだった。スタッフの方々や共演者に「おはようございます! おめでとうございます!」と挨拶をして、勝手知ったる様子で楽屋へ行き、準備をした。
 2・30人くらいの観客はいたものの、前夜から長時間におよぶライヴ疲れのせいかまったりとした雰囲気で、ライヴ途中でもお客さんの出入りが多かった。そんな状況で、うちのバンドはいつものレパートリーを淡々と練習のように演奏してステージを終えた。
 楽器を手早く片付けてからはフロアへ行き、チケットの営業を始めた。
「オレらさっき演ったんやけど観てくれた? どうやった? 今度また5日にライヴ演るちゃけど…」
 同年代もしくは歳下と思われるお客さんに声をかけた。
 その間も演奏は続いていたが興味を引くようなバンドはいなかった。
 ライヴハウスと言うよりは、ただのロックでうるさい薄暗い喫茶店のようだった。ライヴの緊張感はなく、真剣にステージを見ている人は少なかった。
 そんなだらけた空気を下関から来たパンクバンドが一変させた。

 “白”と書いて“KURO”と読ませる。
 この日に体験した、彼らのステージは衝撃的だった。
 髪の毛を逆立てた黒っぽい格好をした3人がずかずかとステージに現れた。ドラマーが座り、ギタリストとベーシストがシールドケーブルをアンプに突っ込んだかと思うと、いきなり激しい演奏が始まった。
 金髪のギタリストは大きく腕を振り回しながら、ギターを殴りつけるようにかき鳴らした。
 長身のベーシストは大股で立ち、正面を見据えて、右手を忙しく動かしていた。
 ドラマーは激しくビートを刻み、ドラムセットをグラグラと前後に大きく揺らした。
 大音量で激しくも単調に繰り返されるビートに唖然としていたら、客席から男が飛び出してきた。サングラスをかけたその男は、ステージに上がりマイクをつかむと、身体をくねらせながら叫び始めた。何を歌っているのかさっぱり分からない。

(何なん? あのバンド…)
 突然始まった張り詰めた演奏に、みんな固唾を呑んでステージに注目した。激しい演奏は1回もブレイクを取ることもなく続いたが、(たぶん)6曲目の途中でヴォーカリストがマイクスタンドを蹴り倒していなくなった。
 演奏が終わると、今度はギタリストが何度もステージにギターを叩きつけ始め、ネックをへし折った。
 ベーシストは平然とその横をすり抜けてステージを降りて行った。
 ドラマーはスティックとスネアドラムを客席に投げつけて、後に続いた。
 観客は拍手することも忘れて、誰もいなくなったステージを呆然と見ていた。
「何やったんアレ…?」
「なんか白目むいとったよ!」
「怖っ…」
 セイジくん、ショウイチ、ゲンちゃんも衝撃を受けていた。
「あの人たちが演りよったの、フリクションの曲なんよ…」
 チケットを売るために話しかけていた女の子が教えてくれた。
「あれがパンクか…。オレたちにあれはできんな…」
 白(KURO)のステージを観て素直に思った。

「おい! オレたち、アイツらと一緒に演るみたいばい!」
 ライヴハウスの人から渡されたスケジュール表を見ていたショウイチが駆けよって来た。5日と22日も白(KURO)とブッキングされていた。
「あんな凶悪なヤツらと一緒に演らないけんのか…」
 ゲンちゃんが思わずつぶやき、みんなは下を向いた。
 見るからに凶暴そうなパンクスが街を歩いているのを見かけたら、目を逸らして絶対に声はかけるようなことはしない。正面から歩いてきたら、道を空けてすれ違った瞬間に早歩きで距離を取るだろう。
「対バンなんやし、挨拶とかしとった方がいいんやろか?」
 セイジくんの発言に、みんな顔を見合わせた。
「ドアを開けた瞬間、いきなり殴られたりせんかね?」
「さすがにそれはないやろ? たぶん…」
 ボクが言うと、セイジくんが答えた。
「わからんぞ…。あれは正気とは思えん」
 ゲンちゃんも心配していた。
 とは言え、次回以降のライヴで対バンすることは決定事項なので、まだ楽屋にいるはずの白(KURO)のメンバーに4人で挨拶に行くことにした。
 恐る恐るノックをすると「ハァ〜イ」と明るい声がした。
 ステージを降りた彼らは愛嬌のあるパンクスだった。
「5日と22日に一緒に演ることになったノイズです」
 意を決したショウイチが代表で挨拶をした。
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
 楽器やその残骸の後片付けをしていたメンバー全員はその手を止め、ていねいに挨拶してくれた。
 演奏途中でいなくなったヴォーカリストも戻っていた
「高校生?」と訊かれたので「高2です」と答えたら、ヴォーカルが「同じやね」と言ったので驚いた。
 楽屋を出る時も「お先します!」と言うと、さっきまで白目をむいてベースを弾いていた人がニコニコ笑って「お疲れさまで~す!」と明るく挨拶してくれた。

「俺らはパンクじゃない!」
 白(KURO)のライヴを体験した後で、うちのバンドは素速く方針転換した。
 ルースターズの大江さんも、「ロックバンドは常に最新型へと進化せないけん」とか言っていた気がする。
「ジョン・ライドンが雑誌のインタビューで、“俺たちはダンスバンドだ”ち言いよったけん、俺らもそれでいいやん!」とショウイチが主張した。
「ライヴで誰も踊ってくれんのに、ダンスバンドはないやろ!」
 3人でその主張を速攻で却下し、今後はパンクバンドではなく“ビートバンド”と名乗ることにした。

 話が飛んでしまうが、この4か月くらい後に竪町スタジオ主催のイヴェントで観た白(KURO)のライヴは思い出深い。
 5バンドが出演したが、急に決まったイヴェントだったので集客が悪く、観客はまばらで出演者とスタッフの方が多いような状態だった。
 白(KURO)の演奏が始まった時もステージの前にいるのは数人しかいない。演奏はいつものようにフリクションの曲から始まったが、あまりに客がいなかったせいなのか、それとも誰かが何かをやったのか、ヴォーカリストが1曲目で吹き出してしまった。演奏は途中で止まり、最初から演り直したが、すっかり和やかな雰囲気になってしまった会場に、メンバーは苦笑いだった。
 ライヴ後にスタッフから聞いた話だと、ステージが始まる直前までガンプラの話で盛り上がっていたらしい。
 白(KURO)はその後、暴力的なステージ、暴走族とのケンカ、観客の暴徒化等々、数々の逸話で全国的に知られるようになったらしいが、そのような話が本当かは知らないし、そうなってからのライヴも観てもいない。
 ボクの知っている白(KURO)は、観客に向かってギターやスネアを投げ入れても「大丈夫だった?」と後でお客さんのところへ行っていたし、ステージを降りると気さくに冗談を言うような愛嬌のあるミュージシャンだった。


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